第5話 転生者、異世界にて覚醒す

 あれは、夢では無かったのですか――。


 自室のベットで目が覚めて、まず初めにそう思った。毒を盛られたのにも関わらず生きていたのだ。それもそのはず。


 ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオは、異世界転生者なのだから。


 昨日の夕食での一件。意識が途絶えた後。


 ヴァルロゼッタは暗い空間にいくつもの映像が流れる窓のある部屋にいた。勿論これは、現実ではないことがすぐに分かった。


 ああ、これはわたくしの前世の記憶――。見覚えのある光景に急に懐かしさを覚え目頭を熱くさせる。すると自分の中に『霧ヶ矢佳奈子』の記憶と人格が溶け込んだ。そんな感覚だった。

 

 これこそがジーク・ロゴスの言っていた“覚醒”ということなのだろうか。


 随分と想像していた転生と違っていた。どうやら、赤ん坊や物心ついた時から『霧ヶ矢佳奈子』として自我が芽生えるわけではないようだ。


 感覚としては『ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオ』に『霧ヶ矢佳奈子』の記憶が紐づけされていくようなそんな感覚だった。


 思い返せば、なぜ自分が異世界転生者であると気づかなかったのか自己嫌悪におちいる。


 体力測定や魔力測定で常人ならざる記録を出して、“このぐらい普通ですよね?”と周りの空気を読まなかったり。


 上級魔術を使用し。やり過ぎて、教師たちを驚かせた。


 何食わぬ顔で自分だけ複数の魔術を同時に使ったり、運動神経は先輩達の舌を巻かせ、剣術は騎士団員をも圧倒した。


 どこに出しても恥ずかしくない無自覚系主人公ムーブで黒歴史製造機と化していた過去の自分を思い出し、顔が紅くなる。


 恐らく自分の身体は、チートスキルやらで色々強化されているのだ。とは言え、不確定要素が多すぎますね――。何ができて、何ができないのかしっかり把握しておきたかった。


 もしかしたらステータスなんて言ってみたら、ゲームみたいに案外簡単に表示できるのかも知れませんね――。後で試してみようと思う。

 

 あれ、まだ何か忘れているような――?


『――それにしてもやってくれたなあのじいさん神様!確かに“自信に満ちた強い人間”になりたいとは言ったがじゃない!』


 ヴァルロゼッタは断片的に記憶に残っている転生の神に、心の中で毒づく。


 自分の希望に沿うような形でチートスキルが付与されたという事は理解できた。実際、身体能力や魔力、魔術、剣術の才能は規格外な位になっていた。


 が。精神の脆弱さは生前と比べてもあまり変化が無いようにも思える。


 おそらく、いくら転生得点と言っても本人の心の中までは、直接どうこう出来ないのだ。


 “ぴったりじゃ!!”ジーク・ロゴスの言葉を思い返す。


 つまりあの老人の思惑は恐らくこうだと推測する。転生得点でチートスキルを与えて王国の姫君にしてやるから、王位継承争いでその心を鍛えてになりなさい、ほっほっほ。というわけだ。


「どう受け取れば、そうなるのですか!?」

 

 天井に向かって叫ぶ。


 一息ついて。


「ふふふ……、良いでしょう。このヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオ、必ず生き残って強い人間になると誓いましょう……!」


 一人ベット上でそう不敵に微笑む。



※※※


 

 あれから2年と8ヶ月。


 かつてはやる気だったヴァルロゼッタも、霧ヶ矢佳奈子の部分が色濃く出始め、今では前世のようにため息をつく事も増えてきた。


 それもこれも原因は……。


 大陸歴1553年。夏の1月。

 ライブラン魔術騎士学院。中庭横通路。

 現在、十四歳。

 

 未だ少女の面影を残しつつも大人びたヴァルロゼッタは、これまで累計81回にわたる暗殺未遂の被害を受けていた。


 王位後継者の中でもその数、ダントツである。


 その理由は明白で悪目立ちしてしまうからだ。これは、異世界転生者あるが故の宿命なのかもしれない。いくら気を付けようとも、やることなすことが人の注目を集めてしまう。


 所謂いわゆる、“また、何かしちゃいました?”的なアレである。


 それを人気取りと邪推するやからがいるおかげで、暗殺被害には日常的に事欠かなかった。


「……」


 ふと、これまでの被害が脳裏をよぎる。


 闇討ちされたり、猛毒を盛られたり、ひどい時には母親に変装し、寸分違わぬ姿と仕草で近いてきては、心臓を刃物で一突きされかけたこともあった。


 その時はあまりに見事な変装だったので、“貴方はルパンですか!”と素っ頓狂すっとんきょうなことを言ってから、自慢の魔術をお見舞いしてやった。


 当の暗殺者は意味を理解できず、ほうけ顔になって宙に舞っていったのが印象に残っている。


「はぁ……」


 このままでは、いけない――。思い出しては、また、ため息がこぼれる。


「ヴァルロゼッタお姉さま、どうかなされまして?」


 そう心配そうに顔を覗き込んで来るのは、後ろを付いて歩いていた、腹違いの妹で第七皇女のオルゼリア・ベル・クインスィスだ。


「……いえ、何でもありません」


 そもそも、貴方たちが原因なのですが――。と、はっきり言いたかったが前世でつちかった、事なかれ精神が邪魔をして言葉を濁した。何を隠そう、ヴァルロゼッタの命を最初に狙ってきたのは、第四王妃とその娘であるオルゼリアなのだ。


 このオルゼリア。最初こそ第四王妃に言いくるめられて、ヴァルロゼッタの事を目の敵にしてきたが、何度目かの暗殺事件の時に巻き込んでしまい、やむを得ずかばって助けたことがあった。


 それがきっかけとなり、今では何かとつけては、“ヴァルロゼッタお姉さま”と、懐かれるようになってしまっていた。


 幸いそれ以降、第四王妃から刺客を送り込まれることは無くなったが、これはこれで悩みの種だ。


「そう、ですか……」


 オルゼリアは頼ってもらえないことが分かると少し寂しそうな顔をした。それを見て少し心が痛む。


 本当は心優しい子なのだろう。暗殺の件も第四王妃にそそのかされていただけだという事がはっきりと理解できた。


「……」


 頭の両脇に束ねられている髪がシュンとしなだれると。まるで子犬を見ているような気持ちになる。


「――そ、そうですオルゼリア!わたくし、最近お菓子作りに夢中になっていまして今日の放課後にその味見をして欲しいのですけど」


 思い出したかの様に、わざとらしく手を叩く。


「本当ですか!私、昼食は抜いてお姉さまのご期待に添えるようにがんばりますわ!!」


「……」


 この様に純粋な性格だからこそ、第四王妃にずっと騙されていたのだろう、というのが簡単に想像できた。実家の駄犬ポメラニアン彷彿ほうふつとさせる。


 このままではいけませんよオルゼリア。貴方は疑うことを知りなさい――。


「――いえ、お昼はお食べ下さい。途中で、空腹で倒れられても困るので……」


「なんと勿体ない気遣い!私、今日の感動を日誌に書き記しますわ!!」


「は、はあ……」


 また空気を読んでしまった――。どうやら人の顔色を気にしてしまう性格は、一度死んだぐらいでは治らないのだとしみじみ感じてしまう。


……。


……。


……。


  中庭横の通路を移動していくと、眼の前の生徒達は端へと寄って自然と道が拓けた。学園長の意向で学院内では生徒・教師同士、家柄によって区別することは校則で禁止されているのだが、ヴァルロゼッタは美しく整った容姿と彼女の放つ孤高の雰囲気只のコミュ障のお陰で、なかなか近寄りがたい高嶺の花となってしまっていた。


 それにここ3年程。自発的に学院内では、オルゼリアやごく一部の友人以外との接触は極力避けるようにしていた。


 もし、親密になろうものなら暗殺の被害に巻き込んでしまうかもしれないという危険性があったからだ。


 そういった経緯もあって、憧れと畏怖の対象と位置付けられてしまい。生徒達からは“鋳薔薇いばらの姫”などと呼ばれて一目置かれてしまっていた。


 そんな羨望せんぼうの眼差しを向ける生徒の中から、一人の生徒が躍り出るのを、ヴァルロゼッタは見逃さない。


「またですか」


 小さくため息をつく。


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