第4話 皇女の食卓

 時折、悪夢を見た。全体的に霧のようなものでぼかされた。見たことないような建物、知らない文化を持つ世界にいる夢だ。


 目が覚めてみると、悪夢を見たという記憶しか残っておらず。何かを忘れたくない事を忘れてしまってような気がして、無性に虚しくなって、ヴァルロゼッタはいつも泣いていた。


 そんな時には、母親が何も言わずに優しく、まだ幼い彼女を抱きしめた。


 ここは魔術世界マギステラ。


 大気の成分にマナという毒性物質が含まれていているこの世界では、すべての動植物が生きていくために、マナを吸収し魔力へと変換する魔力炉と呼ばれる器官を有している。


 また、この世界のは魔力を転用して特異な超自然現象を引き起こす才能を持っていた。


 魔術師である。


 そして、魔術を深く学ぼうとする者は、都市部にある学校へ通い勉学に励んだ。


 ヴァルロゼッタの住むエルダーランド王国には、更に魔術師の中からより優秀な人材を選別する為に、国営の魔導騎士学校が創設されていた。


 卒業後は、数ある魔術師を指す称号の中でも最上級の称号“魔導騎士ナイトオブマギア”を与えられ騎士団に迎え入れられるのだった。


 大陸歴1550年。秋の二月。

 大陸メガリアの北東に位置するエルダーランド王国。


 その王位継承権第三位に当たるのが、皇女ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオだ。歳は十一歳になる。


 民には、慈悲深く、聡明そうめいで美しい。皇女になるべくして生まれたような存在などと持てはやされている。


 しかしそれはただ、憧れの存在である第一皇女のレインチェルトを模範もはんにしているだけで、人前に立つのが苦手で臆病な彼女は、表には出ず、将来は姉を補佐できるような存在になりたいとさえ思っていた。


 今は、王都のライブラン魔術騎士学院へと通い、魔術の才能と学問の研鑽けんさんに日々努めている。



 ※※※



 いつのもように国王である父を除いた、その他の家族が一堂に会する夕食の席での事だった。


 王国の紋章を掲げた壁に近い席から、第一王妃~第五王妃が向かい合い、それぞれの王妃の隣にその子供たちが座るという席順となっている。

 

 毎日のように、国一番の優秀な料理人の振舞う料理の数々が並んだ。


 これは、庶民からすれば一年に一度の御馳走のような品々だと、母に教わった。


 “それ程に私たちは尊いもので、だからこそ課せられた義務に応える気高さと責任感ノブリス・オブリージュが必要なのだ。”と、言うのがその後にいつも続く母親の口癖だった。


 そして、この場では他にも気にかけなければならないことが一つあった。


 一見皆、優雅に振舞っているように見えるが、その水面下では王位継承者の蹴落としあいが行われていて、夕食の席でもそれは例外ではないのだ。

 

 子供ながらに。ヴァルロゼッタもその事については理解していた。


 だから、食事の毒見も必ず事前にそれぞれの従者がしてくれていたのだ。


 しかし、万が一というのは起こってしまうもので。


 好物の温かい野菜のスープを一さじ口へと運んだ時の事だった。


「……!?」


 舌が微かに痺れる感じがしたと思えば、急激に喉が針に刺されたように痛みだす。ついには、意識が朦朧もうろうとなりガクッと体が前のめりなる。


 ヴァルロゼッタの身体は糸が切れたかのように、まだ中身が残っている食器達を押し退けて、テーブルに倒れた。


「どうしました!?ヴァルロゼッタ!!まあ、大変、誰か医者を!!!」


 母親がすぐさま異変に気付き医者を呼んだ。


 食事に毒を盛られたのだと、幼いながらも一瞬でその答えに辿り着いた。


 身体の底から焼けるように熱くなっていく。


 このままでは――。と、残った力を振り絞り、飲んだスープを吐き出した。


『毒殺なんてサイッテー!――あぁん……、勿体ない。こんな高そうなスープ、いったい私の夕食何日分なのよー!?!?』


 え!?誰なのですか――?


 こんな状況なのに不意に誰かが呑気なことを頭の中で叫んだ気がした。


「うう……」


 もう、駄目――。


 間もなくして意識の方は遠のいていく。


 最後に向かいの席に座る第四王妃とその娘の第七皇女が小さく笑むのが目に映った。


 ああ、そんな――。そこでヴァルロゼッタは力尽きた。

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