第2話 追放

 この町に来たのは、とある人物を探す為だ。


 その者は、“賢者”と呼ばれているらしいが、今の所そういった見た目の人物はいなかった。


 賢者。数年に一度、王都で行われる“選別試合”の優勝者に与えられる称号の一つだ。本来であれば彼らは、エルダーランド国王直下の配属となり、国の為に活動をしている。


 が、“噂”によると、この町に居るとされる賢者は変わり者で、国王から許可を得て独立行動が許された特殊な立場にあると言う。


 王都にいた頃でも、そんな人物が居るとは聞いたことが無い。


 あの話は本当なのでしょうか――?本当であって欲しい。


 ヴァルロゼッタが冒険者となったのは、単に自由になりたいと言うだけでは無かった。

 

 チートスキルを完全に制御する為の方法の模索。これも今回の旅の目的の一つなのだ。


 賢者は、各地に飛んでは、国立の図書館にも無いような文献を読み漁り、魔術に関する膨大な知識の蓄積と研究をしているらしい。


 であれば、自分も知り得ない情報を持っている可能性は十分に有り得る。


 ……。


 真相を確かめたいとはやる気持ちを押えながら、受付待ちの列に並ぶ。新しい町へ来たのならば、先ずは冒険者登録が基本なのだ。 


 丁度、狼のような風貌の亜人が要件を終えるところだった。


 如何にも荒くれ者という顔つきで、すれ違い様にその鋭い眼光を一瞥いちべつした。


「すみません……、」


 入れ替わりに受付に要件を告げようとする。


 優しそうな雰囲気の受付が平和そうな口調で対応してくれた。


「お疲れ様です~。あらあら?見ないお顔ですね~」

 

 人当たりの良い美人。髪は柔らかそうなプラチナブロンド、片側をシュシュで結んでいる。


 このギルドの看板娘と言った所か。


「――ああー!?もしかしてぇ!!!?冒険者登録ですか?冒険者登録ですよねぇ!?!?!?」


「……!?――え……、ええ。冒険者登録をお願いしたいのですが……」


 おっとりとした第一印象だったが、


 急にテンションが高くなって、驚いた。


 人懐っこそうに彼女は、ヴァルロゼッタが冒険者志望であると察すると、食い気味に目をぱぁっと輝かせながら受付口から身を乗り出す。


 その大きな胸に、机の上の筆記用具などが押し上げられ散らばってゆく。


 ち、近い――。

 

 胸の名札には、受付ファルシア・ヴァン・アインシュタットと書いてある。血縁者なのだろうか。この町の領主と同じ家門だった。


 最近では、没落した貴族が小遣い稼ぎにギルドを運営するということを耳に挟んだ覚えがあった。この受付の彼女もそうなのかもしれないと、察する。


「わぁ~、万年人材不足で困っているので大歓迎ですよぉ~!しかも女の子!銀髪!!可愛い~!!!旅の方です!?滞在期間の希望は!?短期?長期?いっそのこと永住って事も……!?――ん~。はっ!ここは住み込み!住み込みで行きましょう!!今なら二階の客室に空きがあるのですぐに提供できますよ!?好きなだけ泊まっちゃってください!!さあ!!!」


「え、ちょぉ……!」


 一体何なのですか、この方は――? ヴァルロゼッタは、ぐいぐいとせまる受付の態度に困惑する。


 興奮気味にあれよあれよと一人で話を膨らませていくので、追いつけていなかった。


「今なら朝昼晩の三食付き、通常の半額で提供しちゃいます!どうですかぁ!?」


 気付いたら手を握られている。


「……」


 今まで様々なギルドをにされてきたが、対照的にいきなりここまで歓迎されたのは初めての事だった。


 と、言うよりも逆に怖いくらいの歓迎で、何か裏があるのではと勘ぐってしまう自分がいた。


 しかし、元々この町には長く滞在していかったので、このお得?な提案を断る理由も無かった。


「――と、取り敢えず数か月程は……、長期滞在で……、お願いします」


 余りの純粋な眼差しに、気圧されて視線を逸らす。


 こういう手合いには弱かった。


「わー!やった!!嬉しー!!!――この町が気に入ったら、永住しても良いんですからね!?」


 それはもっと偉い人が決める事なのでは――?と思わなくも無かった。


「……。考えておきます……」


 何はともあれ。たまにはこれくらい簡単に話が進むのも悪くない。


 ……。


 ……。


 言われるがままに契約書の類の記入を終えると、冒険者登録完了まで時間があるということなので、少し歩き疲れたこともあり、集会場の机を借りて休むことにした。


 どうしても見た目で浮いてしまうので、人目につかないように隅の日陰になっている席を選んだ。


 我ながら生前の小心者感が抜けないことに、少し自虐的になり微笑しながら、年季の入った木製の椅子に腰を下ろす。


 すると間もなくして、ヴァルロゼッタの席の方に真っ直ぐ、どかどかと中性的で綺麗な顔立ちの青年が向かってくる。


「?」


 服装からして、彼もどこかの貴族の息子だろうか。それにしては所々に補修した跡が見られ、気にはなった。見るからに没落貴族感がかもし出されている。

 

 この青年もギルドの関係者なのかもしれない……。でもこの方……、何処かで見掛けたような――?


「――貴様、ここでは見ない顔だな」


 どうやら、顔見知りでは無かった様だ。それよりも、“貴様”ですか――。


 開口一番。初対面にしてこの高圧的な態度は、まさに典型的ステレオタイプな貴族そのものだ。先ほどの人当たりの良い受付とは大違い(あっちの方が貴族としては珍しいが……)。


 一瞬。噂の賢者ではないかとも期待もしたが、多分コレは違うだろう。というか違って欲しい……。


 ともあれ、それとは別になんとなく嫌な予感がして身構えてしまう。


 この流れって――。


 大体どのギルドに入っても毎回起こる通過儀礼ログインボーナスのようなものだ。


 ヴァルロゼッタは、持ち前の整った顔にバランスの良い体型も相まって、実に異性を引き付けやすい容姿をしているで、軟派の類には事欠かなかった。


 あるいは、血の気の多い荒くれものが新人相手に上下関係を教え込むと言った感じの恒例行事アレだろう。どちらにしろ、ヴァルロゼッタはこういった輩の対応には慣れているのだ。


「初めまして、わたくしは、冒険者のロゼッタと言うものです、以後よろしくお願いいたします」


 非の打ち所の無い愛想笑い。変に悪目立ちすることは出来るだけは避けたいので、先ずは友好的に対処することにした。


 無理に事を大きくする理由は無いのだ。嵐が過ぎて行ってくれると言うのなら、暴言の一つや二つ、喜んで聞き流すつもりだ。


 ヴァルロゼッタは、腐ってもこの国の第三皇女。ありとあらゆる社交術は叩き込まれてきた。このような手合いの相手は、修羅場と言うにはほど遠い。


 さて、どうでしょうか――?青年はヴァルロゼッタの態度など気にも留めずに、まるで、つまらない物を見るような冷たい視線を向けてくる。


 青年は心底興味がなさそうに言う。


「ふん。そんなことはどうでも良い。――貴様はのだからな!」


「へぇ……!?」


 思ってもいない言葉に虚を突かれた。


 追放……、だと……!?まさかの開幕追放宣言。


 一日でギルドを追い出されたことはあったが、町に来て一時間も経たずに追放されたことはなかった。


 それに。これまで、数々のギルドでをしてしまい追い出されて来たが、していないうちに追放となっては納得がいかない。


「――待ってください!それは何かの間違いではないでしょうか?わたくし、今日このギルドに来たばかりなのですよ!?」


 流石に異議申し立てをしないわけにはいかない。


 思わず声を荒げてしまう。


「そんなの見ればわかるわ」


「それでしたら、何故……」


 確かに、“異世界転生者”と“追放”の二つは切っても切り離せない関係なのは仕方がない。


 最初の頃は、異世界転生者であるならば、ギルド追放後のざまぁイベントの一つでも経験してみたいものだと、馬鹿な妄想をしていたことがあった。


 だがしかし、まさかギルド追放がライフワークになるなどと夢にも思っていなかったのだ。


 しかも、追放の理由は至極まっとうな訴えで、ざまぁ展開などおこがましい。十割でヴァルロセッタが悪い場合しかなかった。つまりは、言い逃れの出来ない事実の元、納得して追放されてきたのである。


 それが今回は、全く身に覚えが無いのだ。


「決まっている。俺に迷惑がかかるからだ!」


 決まっているのですか……。青年は至極当然のように言う。


「そんな……。迷惑って、まだ、わたくし何もしていませんが……?」


「何かされてからでは、遅いだろうが!貴様は馬鹿なのか?」


「なっ……!?」


 この方、初対面ですのに好き勝手言ってくれますね――。


 完全に人を見下した物言いに、慈悲深く温厚なヴァルロゼッタでも流石に腹が立ってくる。


「分かったらささと出て行け、その方がだぞ?――どうした??出口はあっちだ」


 青年は白々しく、出入り口の扉の方を指さす。 


「いいえ。その様な理不尽な物言い聞き入れるわけには行きません!――納得のできないのでここには居させて貰いますから!!」


 自分勝手な言動に、こちらも意地になる。少しむくれてそっぽを向いた。


「ちっ」


 悪態を突きたいのはこちらの方だ。


「では、言うが――、」


 青年は急に神妙な面持ちとなり、ヴァルロゼッタの目を見つめ顔を近づける。ほのかに香水のいい香りがした。


『え、ちょ近……///』


 間違いなく顔だけでいえば好みのタイプ(もう少し幼ければ完璧……)で不覚にも赤面してしまう。


「――貴様、だろ?」


「え――?」


 瞬間。


 血の気は一斉に引き、紅くなっていた顔は青白く凍りついた。瞬く間に青年の言葉は、頭の中で反芻はんすうされ。延々に時間が引き延ばされていくような感覚に支配されていく。


 コノ方ハ今、ナント言ッタノデショウ――?


 青年の言葉の意味を、ヴァルロゼッタは理解したくなかった。


 有り得ない――。


 有り得て良いはずが無いことが起こったのだ。この青年は、の存在を認識している。


「ひゅう~~~」


 あまりのショックに血の気が引いて、意識が遠のいていった。

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