第28話 小野屋四代目店長

「おや、小野屋の店長お帰り。久しぶりだねぇ。今回の仕入れは随分長かったじゃないか」

「おや、家守やもりの旦那、お久しぶりです。いえねぇ。ちょっと息子に店番頼んだもんだから、まぁ夫婦水入らずで出掛けてたんで」

タカの父親が小野屋の店長だというのは本当なのだろう。町の人たちと、普通に挨拶を交わしている。


「あらぁ、良いわねぇ」

「簪の付喪神様、あいかわらず光り輝いてお美しい」

「あらやだ、小野屋の店長、そういうことは、家の人に言うもんだよ」

「ははは。肝に銘じます」

「それにしてもやだねぇ。店長、タカさんが、息子さんだったなんて、言っといてくれよ。水っぽいじゃないか。可愛らしい小さなぼんのときに連れてきてくれて以来だから、わからなかったじゃないかい」


 突然聞こえてきた自分の話題に、タカは耳を澄ませた。

「いやぁ、そうしたかったのは山々だったんですけどね。ほら、息子もあのとおり、図体がでかくなったんで。抱いて連れてくるってのが出来なくなってしまったんですよ。しっかり育ってくれて嬉しい限りだが、親としては何というか、ちょっとさみしいもんですねぇ。あの頃は、可愛らしかったでしょ、ほら」

「あらまぁ、良いじゃないかい。贅沢な悩みだよ。一人前にしっかり店番してたよ。安心しな、四代目。五代目は頼もしそうだよ」

「おやそうですかい。櫛の付喪神様までありがとうございます」

タカも、自分が褒めてもらえるのは嬉しい。ただ、自分が全く覚えていないことで、父親とご近所が盛り上がっているというのが落ち着かない。


「あの頃は可愛らしかったからねぇ。面影がねぇ。付喪神のわたしらでもわからないくらい、全然ないってのがあれだねぇ。本当に可愛らしかったのにねぇ」

綺羅綺羅と輝く簪の付喪神は、女性の髪を飾っていたはずだ。美女を見慣れているはずの簪の付喪神が、タカも覚えていな幼い頃を、可愛いらしかったと繰り返してくれるのは何やら面映おもはゆい。だが、面影が無いと言われているということは、結局褒められていない気もする。


「ただねぇ。いつまで経っても可愛いむすめと一緒にうちの店に来てくれないんだよ。あんた、ちゃんとそこは似ないように育てなきゃ」

櫛の付喪神の言葉に、タカは父親と揃って肩をすくめてしまった。

「いやまぁ、ほら、そこはかえるの子はかえるってやつで」

そういえば、タカは両親の馴れ初めを聞いていない。


 毎日恒例の朝の掃除は、小野屋の四代目店長であるタカの父親の登場で、いつもよりも騒がしく長引いていた。

「タカの親父さんが店長だったんすねぇ」

「そうみたい、だよね」

「おまけに、タカは小さいころに、こっちにきたことがあると」

「全くなにも覚えてないんだけど」


 タカはビニール傘の相棒と、タカも覚えていない頃のタカの話で盛り上がる父親とご近所さんたちを眺めていた。

「なんか不思議な気がする。俺、覚えてないのに」


 いつもよりも遅い時間に始まった朝の掃除は、普段の数倍の時間と会話のあとに何とか終わった。


 掃除が終われば、小野屋の中でのんびり客が来るのを待つ。


 普段タカは、静かな店内で小人の店長に頼まれた上りや暖簾を作ったり、古物商の家守の旦那に頼まれた細工の修理や清掃をしたり、手先の器用さを生かして小遣い稼ぎをしていた。


「器用なもんだな」

「まぁね」

「そういやお前は、工作が好きだったもんなぁ」

「うん」

なんで自分は吸血鬼の父親みたいになっているんだろうか。タカは自分で自分が不思議でならない。


「まぁ、お前も本当に小さい頃だったからなぁ。仕方ないなぁ。そっかぁ。ばっちゃんち、ばっちゃんちって、行きたがってたが、よく考えたらほとんど赤ん坊だったもんなぁ。覚えてないかぁ」

父親は茶をすすりながら、感慨に浸っていた。


 のんびりと寛いでいる父親は、店に馴染んでいる。店長なのだから当然なのだが、タカはなんだかおちつかない。

「小さかったもんなぁ。目を話した隙に、あそこの出入り口から這い出ようとして頭つかえてたから、あんときゃ焦ったなぁ」

父親が見ているのは、機械世界の猫用扉によくに似た出入り口だ。


「父さん、そんなに小さかった頃のことなんて、覚えてないよ普通」

「それはそうだろうが、残念がったっていいじゃないか」

確かに父親の言う通りだ。


「父さん、そもそも俺、何でこっちにいるの。で父さんも、母さんは」

タカは、渡人局の青行燈には自在に行き来するには適性が必要と聞かされていた。

「え、そりゃお前、ちょっと俺の仕事手伝ってみるかって言ったら、うんって言ったからな」

「え」

タカには全く見に覚えがない。

「なに驚いてんだお前は。母さんは家だぞ。チケットとれたって喜んでたし。仕事もあるしな」


 仕事よりも推しが優先の母親を、誰よりも理解している父親らしい。


「父さんの母さん、つまりはお前の祖母さんの祖父さんがな、行商人だったんだが、多分、その人がこちらで商売を始めた最初なんだ。かの小野篁おののたかむら様ではないぞ。恐れ多いし時代も違う。お前の祖母さんから聞いたのは、あれだなぁ。ほれ、行商人だろ。行く先々で商売をして家に返ってくるのが基本だ。祖父さんが年に数回長めの行商に出て、少し珍しいものを持って返ってくることがあったそうだ。で、そのうちに祖父さんの商売をお前の祖母さんの父さんが継ぐだろ。お前にとっちゃ曾祖父さんだ。お前が生まれる前に死んじまったからなぁ」


 曽祖父は、タカが古びた写真で見たことがある人だ。

「そしたらやっぱり年に数回、長めの行商に出て、少し珍しいものを持って返ってくる。父さんにとっては祖父さんだから、少しだけ覚えているよ。面白い人だった。烏天狗の仕込む酒は最高なんだが一度に沢山仕込めないんだとか、河童は美味しい水が湧いているところを知ってるんだが、人間がたどり着けないところでなんとも惜しいとか、色々変なことを言う面白い祖父さんだと思っていたら、結局それは本当だったんだからなぁ」


 タカがこちらの世界にきていなかったら、子供だましの話だと思っただろう。こちらの世界に来たから知っている。全部本当だ。


「お前の祖母さん、父さんの母さんが四代目を継いだんだが、ほら、子供だった父さんをあちらで育ててくれたから。それに父さんの父さんはこちらに来れる人じゃなくてな。だから、引退したはずの三代目お前の曽祖父さんが小野屋の店番をして、四代目の祖母さんがあちらの商品をこちらにおろしていたんだ。で父さんが店を継いだときにはお前の祖母さんがこちらで店番だ。だから小さい頃、お前が遊びに行っていたお祖母ちゃんの家はここ、小野屋だ。小野というのは祖母さんの旧姓だしな」

「そうだったんだ」

「そうか、お前は知らないか。そんなもんか」

「母さんの旧姓なら知ってるけど」

「まぁそういうもんかもなぁ」

「で、どうして俺はこっちにいるのさ」

タカの質問に、ビニール傘の相棒と手長足長と震々とが身を乗り出した。

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