第27話 小野屋の店長

「おはよう」

男がいた。


 タカの父親だ。

「お前ここではタカと名乗ってるのか。良いセンスだ。あの伝説の小野篁おののたかむらに何とかあやかろうと、しかしまぁなんとも恐れ多いってなことで、タカの音だけお借りしたんだが、お前そこを選ぶとは、さすがは父さんと母さんの息子、センスが良い。最高だ。ところでお前は元気か。元気そうだが」

「あぁ」

いつも通りの父親に、タカは唖然とするしかなかった。口から生まれたに違いない父親その人が、タカの眼の前にいる。


「お前が元気で何よりだ。そちらにおられるのは? あぁ、ビニール傘の付喪神様、なんともお珍しい。あとで色々お聞かせいただいても? 息子がお世話になっていたようで、ありがとうございます。あ、た、じゃない、タカだったな、タカ、タカ、タカだ。うん。覚えた。タカ、父さん火鉢に火を起こしたんだ。一緒にどうだ。少し早いが朝晩寒いからな、どうだ、温かいだろう。餅でも焼くか。あ、手長足長そっちじゃない。実はな、新しく仕入れてきたんだ。こっちを食べよう。なんだ? 良いじゃないか、試食だよ試食。店で売る以上は、ちゃんと味見しないとなぁ」


 吸血鬼の父親は本当に無口だったのだなと、タカはしみじみと喋りまくる父を眺めていた。吸血鬼の父親がこの町にいた間に喋った言葉すべてを合わせても、タカの父親が今喋った言葉の半分にもならないだろう。三分の一にも満たないかも知れない。

「父さん」

「ん、なんだ? タカ。お前、餅二個にする? 三個がいいか。デカくなったもんなぁ。元気そうで何よりだ。こっちの食べ物は旨いだろう。そちらの付喪神様も是非、どうぞ。何個くらい召し上がります? 黄粉でよいですかね。磯辺風にも出来ますが」

「あぁ、ありがとうごぜえやす」

ビニール傘の相棒が後ずさった。


 タカにも気持ちはよく分かる。初対面の相手であっても遠慮なし、良く言えば親しみやすい、悪く言えば図々しい笑顔満載の父親は押しが強い。ビニール傘の相棒に不審人物扱いされている男は、どこからどう見ても、何をどう聞いても、間違いなくタカの父親、厨二病をこじらせもはや不治の病とした男だ。


「父さん。何でここにいるの」

「何でってお前、そりゃ、店長だからな。母さん、お前のお祖母ちゃんだな、から引き継いで、お祖母ちゃんは偉かった。ほら、機械世界じゃ、三代目はとか言うじゃないか。そのジンクスを乗り越えて、立派なもんだ。で、四代目の父さんとしては、お前がこのまま五代目に収まってくれれば最高なんだが。懐かしかったろう? お前、小さい頃この店に遊びに連れてきてやってたじゃないか。お祖母ちゃんって言えなくて、ばっちゃっちって可愛かったなぁ」

「は? 」

立て続けに飛び出す見に覚えのない話に、タカはついていけない。

「どうした、タカ」

小さな火鉢の前に収まった父親が、不思議そうにタカを見上げていた。


「父さん、あの、俺、全く何がなんだかわかんないんだけど」

父親が首を傾げた。

「ふうん? まぁ、まず餅を焼いて食ってから考えようか。腹が減っては戦は出来ぬと言うからな。手長足長、大根あるか? 大根おろしと醤油でも旨いからなぁ」


 父親が竈門のほうに消えていった。

「あぁ、竈門の神様、お久しぶりです。息子が世話になってありがとうございました。そうそう、嫁さんがね、しっかり台所を教えておいてくれたからね。若いのに包丁使いが様になってるって、いやそんな、嬉しいですね。嫁さんに竈門の神様がタカを褒めて下さったと言っときますよ。ところで、鬼おろしがどこにあるかご存知で」

姿が見えなくらいで、タカの父親の気配が消えることはない。

 

「タカ、あの、人間の父親ってあんなに喋るものなんですかい? ほら、吸血鬼の旦那が、だんまりだったもんで、世の父親っつうのはあんな感じで、静かなもんかと思ってたんすけど」

タカには、ビニール傘の相棒の気持ちもよく分かる。


「多分、世の中の父親ってのはきっと、俺の父親の半分とか三分の一くらいだと思うよ。話す量は」

吸血鬼の父親は本当に物静かで、いるのかいないのかわからないくらいだった。だからずっと、小野屋の倉庫で昼間過ごしていたのに、誰も気づかなかったのだ。タカの父親は逆だ。隣の部屋にいても、そこにいるとわかってしまう。


「それにしても、ねぇ、本当に父さんが店長? 」

古参の店員の手長足長と震々が、タカの顔を覗き込んできた。三人の言いたいことはわかる。

「俺、母さん似なんだ」


 納得した三人に手伝ってもらいながら、タカが火鉢で餅を焼いていると、父親が戻ってきた。

「ほおーら、用意は完璧だ」

黄粉と醤油と焼き海苔と大根おろしと醤油が並んだ盆は、家で餅を食べるときと同じだ。


「どうだ、焼けたか? 」

なぜ、父親が店長なのかとか、タカには聞きたいことが沢山あった。

「さぁ、食べよう食べよう。お、餅も焼けてきた、焼けてきた。いいねぇ」


 家にいるときと同じ、よく笑いよく喋る父親を見ていると、なんだか気が抜けてくる。

「まいっか」

タカの腹の虫も騒いでいて、ゆっくり喋るどころではなさそうだ。


「何はともあれ、一番は腹ごしらえだ。いただきます」

「いただきます」

「いただきやす」

タカは、黄粉をまぶした餅を一口齧った。

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