第26話 晩秋

 吸血鬼が指導した効果は、すぐに町の住民たちの知るところとなった。

「毎朝のドッスンが無くなってなんというか、静かでいいんだが。ねぇ」

古物商の家守の旦那は物足りないと言いたげだ。

「最近は、ドンとかトスンかしらね」

「上手になってねえ」

簪の付喪神と櫛の付喪神は、昔を懐かしんでいるようだ。


 タカを見て、大きくなったわねぇと繰り返していた母親の友人たちのようだ。タカの話題ではないのに、タカの居心地が悪い。


「はい。上手になりました」

お兄ちゃんドラゴンはご機嫌だ。

「吸血鬼の兄ちゃんが、風がくるからそれをちゃんと考えてねって教えてくれました」

「そうかいそうかい。よかったなぁ」

古物商の家守の旦那は、孫を見守る祖父のようだ。当然だが、見守られているお兄ちゃんドラゴンのほうが、何倍も大きい。

「はい」

小柄な祖父と大柄な孫のような微笑ましい光景だ。


 秋も深まり、山々は赤や黄色に鮮やかに染まった。お兄ちゃんドラゴンも、炎を随分と上手に操れるようになった。小野屋のタカと呼ばれることにタカも慣れた。もうすぐ冬になる。ドラゴンの一家は赤ん坊がまだ十分に飛べないから、今年はこの土地で冬越しをするそうだ。


 お兄ちゃんドラゴンは、着地がかなり上手になった。あとは経験だからと、吸血鬼は、猫又姐さんの居酒屋に戻ってきた。


 日暮れが早くなり、日々冷え込みが厳しくなるせいか、猫又姐さんの居酒屋は大忙しだ。タカは早めに店を閉めて、吸血鬼と一緒に猫又姐さんの居酒屋を手伝っている。


 忙しいが、猫又姐さんの美味しい賄い付きだし、小鉢に並べるような料理の作り方も教えてもらえる。手伝ってくれているのだから駄賃だと、福をもらっているのが少し申し訳ないくらいだ。


「自分の父親の若い頃か。そういや俺も聞いたことがないな」

タカの父親は、タカが物心付く前から単身赴任だった。共働きの世帯など珍しくないから、そんなものだと思っていた。父親は家では決して仕事の話をしない。タカが父親について知っているのは、今もしっかり厨二病だということだ。


「僕も詳しくは知りませんでしたし」

ドラゴンの父親の若い頃の知り合いというのは、吸血鬼の父親だった。

「父が若いころ旅をしていたことは聞いていました。父からではなく、父の旅仲間から、父との旅の話を聞くというのは不思議な気持ちです」

「そうだね」


 タカの脳裏によぎるのは、母親の若かりし頃のコスプレ姿だ。写真を見せてくれたのは母ではなく、並んでヒロインにコスプレをしていた母の友人だ。ヒーローに扮した母を指し、君のお母さんも格好良かったから、きっと君も格好よくなるよ、と励ましてくれたときの衝撃は忘れられない。何が原因で励ましてもらうようなことになったかをタカはすっかり忘れてしまっている。。


「ここよりも北にある僕の故郷からも遥か北にある地は、夜は太陽が昇らない極夜きょくやとなります。若い頃の父が、極夜の北の地をドラゴンと一緒に旅をしていたなんて、その頃の父にあってみたいですね。無理な話ですが」

「お兄ちゃんのお父さんに色々聞いた?」

「えぇ。雪原に舞う光の帯の美しさや、うすぐらい極夜の日中に炎に集う者たちと過ごしたりしたそうです。いつか僕も行ってみたいですね。父からも話を聞いてみたいですし」

「それは」

楽しそうだねと賛同しかけたタカの言葉が途中で止まった。タカの脳裏をよぎったのは、暫く前の吸血鬼父子の再会の場面だ。

「父は饒舌ではありませんので」

タカが何を思い出したのか、吸血鬼は察したらしい。

「饒舌じゃねぇってえと、あれっしょ、少し喋るってことっすよね。あの親父さんはなんというか、まぁ無口っていうんじゃないないんですかい」

「相棒、ちょっとそれは」

あまりに率直な、身も蓋もないビニール傘の相棒の言葉にタカは慌てた。


「そのとおりですね。母もよく父に、もう少しあなたの声を聞かせてほしいわと言っていますから」

吸血鬼は笑って、気にしていないようだった。

「そんなとき、親父さんはなんて返事なさるんでい」

まさか、ビニール傘の相棒が、タカも口にせずにいた疑問を声に出すとは思っていなかった。

「あぁ。程度ですよ。父ですから」

「親父さんらしいっすねぇ」

「母もあなたらしいと言っていますね」

タカは吸血鬼の母親には会ったことがない。それでもその光景が目に浮かぶようだった。


 猫又姐さんとジョーと一緒に店の片付けを終えたタカは、温かい気持ちで家路についた。塗り壁に挨拶をしてお礼の賄いを渡して、竈門の神様にお休みを言って、布団に潜り込む。起きたときにすぐ着るように布団の上に掻巻かいまきをかけておくことを忘れない。タカの部屋の火鉢は、竈門の神様が見張ってくれているから、寝ている間も安心だ。


 翌朝、いつも通り目を覚ましたタカは、当たり前のように店に居た人物に仰天した。

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