第25話 朝と夜と

「お兄ちゃんのお家に、お客さんがお泊りにきました」

翌朝、開口一番に嬉しそうにお兄ちゃんドラゴンが報告してくれた。

「そうなんだ。お客さん吸血鬼とは仲良くなれたかな」

「これからです。お客さんは夜に来てお父さんとお母さんにご挨拶をして、今は箱の中で寝てます」

「そうか。夜は寝る時間だね」

「はい。お父さんとお母さんが、今日寝る前に挨拶しようねって。楽しみです」

「そいつは良かった」

「はい」


 タカとビニール傘の相棒の言葉に、お兄ちゃんドラゴンは嬉しそうに飛びはねた。ドッスン広場で、子供ではあるがドラゴンが飛び跳ね、ドスンドスンと朝からかなり騒がしい。

「おや、おはよう。お兄ちゃん、今日も元気だね」

「はい。おはようございます」

朝から騒々しく飛び跳ねるお兄ちゃんを、通りがかった住民は気にしていないようだ。


「ドッスン広場はドッスン広場のままっしょね」

保安官のジョーが言ったとおり、元気いっぱいのお兄ちゃんドラゴンは、そのままで町の住民たちに愛されている。

「今日はね。大八車の付喪神様がもってきてくれた薩摩芋があるよ」

「さつまいも」

「焼くと甘くて美味しくなる芋だよ。焼き方を竈門の神様に教えてもらおうね」

「はい」


 最近は火加減も上手になった。竈門の神様も嬉しそうだ。

「せっかくだから、家族みんなで食べるように持って帰ってみる」

「はい」

お兄ちゃんドラゴンは、小型車から普通乗用車と同じか少し大きいいかといった程度にまで成長した。さらに大きな両親にとっては、焼いた芋など一口だろう。逆に赤ちゃんドラゴンは食べられないかも知れない。それでも家族皆で、お兄ちゃんドラゴンが焼いた薩摩芋を食べるとおもうとなんだか微笑ましい。


「いこうか」

「はい」

お兄ちゃんドラゴンは、小野屋への道を、行き交う住民たちに挨拶しながら元気一杯歩いていく。

「大きくなっても可愛いもんすね」

「本当に」

夏の始め、初対面のときの騒動が遠い昔のように思える。

「大きくなったなぁ」

タカ自身は、少しくらいは成長したのだろうか。

「どうしやした」


 もう戻れない機械世界においてきたもののことなど考えても仕方ない。

「なんでもない」

タカに郷愁に浸っている暇はない。店のこともある。運び込んで放置している火鉢の置き場所も決めないといけない。

「店に戻らないとね。お兄ちゃんに先を越されるよ」

「本当っすね」

元気いっぱいに朝からご機嫌で歩いて行くお兄ちゃんドラゴンのあとを、タカとビニール傘の相棒は小走りで追いかけた。


 夕闇に町が溶けていく。鬼火たちが通りをふわふわと漂い、行き交う住民たちの足元を照らす夜になった。

「まだかな」

「タカ、気が早ぇえなぁ」

番傘の親分が笑い、ろくろ首の吐く煙管の煙が笑っているかのようにコロコロと猫又姐さんの店の天井を転がる。

「飛ぶのは日が暮れてからだ。せいぜい今飛び立ったくらいじゃないか、気がはやいぞ」

保安官のジョーが笑う。だがその目が先程から店の出入り口を見ていることを、タカは知っている。

「あらあら」

含み笑いをする猫又姐さんも、どうやら気づいているらしい。


「あ」

ビニール傘の相棒の声の直後に、店の扉が開いた。

「こんばんは」

照れくさそうに吸血鬼が現れた。

「おまえ、水臭いなぁ」

保安官のジョーが吸血鬼の肩を叩いた。

店の客たちが笑い、囃し立てる。

「こういうときは、ただいまって言うもんだ」

「そうよ」

優しく微笑む保安官のジョーと猫又の姐さんの夫婦に、吸血鬼が照れくさそうに笑った。


「ただいま」

「おかえり」

「おかえりなさい」

吸血鬼は夫婦の子供ではないけれど。家族にも似た三人の雰囲気が温かい。

「おう、どうだったよ。ドッスンの兄ちゃんは」

「ドラゴンの赤ん坊ってどんなんだい。やっぱり兄ちゃんをちっこくしたみたいなんかね」

次々と浴びせかけられる居酒屋の客たちの質問に、吸血鬼は笑顔で答えていた。ドラゴンの住む山で一日を過ごし町に帰ってきた吸血鬼は、どこか誇らしげに見えた。


「お兄ちゃんに会いやしたか」

「はい。タカが持たせてくれた薩摩芋を、お兄ちゃんが焼いてくれました。美味しかったです。ありがとうございました」

「どういたしまして。美味しく食べてもらえて嬉しいよ」


 保安官のジョーとの引き継ぎを澄ませた吸血鬼が、空に飛び立っていくのを、タカは見送った。

「明日、お兄ちゃんが来てくれるのが楽しみっすね」

「楽しみだね」


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