第24話 出発

 夜空に大きく羽を広げ、棺桶を背負って飛びたった吸血鬼を、タカは見送った。

「寂しくなるなぁ」

隣に立つ保安官のジョーの言葉に、タカがつられそうになったときだ。

「大袈裟ねぇ」

猫又姐さんの二股の尻尾が、たくましい背中を優しくつついた。

「暫くの間でしょ。きっと少し逞しくなって帰ってくるわよ」

「それはそうなんだが」

「それに毎晩の夜回りは今まで通りなんだから」

「まぁなぁ」


 猫又姐さんの言う通りだ。吸血鬼は、暫くドラゴンの一家が暮らす洞窟に泊まることになった。日暮れにお兄ちゃんドラゴンに飛び方を教えるためだ。夜になれば町に戻ってきて、今までと同じように夜回りをする。変わるのは昼間の寝床である棺桶の置き場所と夕方の過ごし方だ。


 タカは、吸血鬼から夕方の店の手伝いを引き継いだ。暫くの間だけとはいえ、タカにとっては慣れない仕事だ。少々緊張するはずなのだが、そうでもない。小野屋で働き始めたのは、この世界に関して何も知らない頃だった。ビニール傘の相棒に何から何まで頼りきりだったあの頃に比べたら、知らない仕事でもなんとかなりそうだと思える。


 吸血鬼は謙虚だった。

「体の作りが違うので、どこまで役に立てるかわからないのですが」

父親のドラゴンは是非にと、番傘の親分に伝言を託していた。

「体の作りは同じだが、私と息子では、大きさがあまりに違いすぎる」

番傘の親分が預かってきた父親のドラゴンの言葉には、説得力があった。

「古い知人と同じ種族だと言うならば、会ってみたいものだ」

もう一つ預かってきた言葉が、吸血鬼の背中を押したのかも知れない。


「父は若い頃、あちこち旅をしていたそうですから。もしかしたら知り合いかもしれません。そう思うと少し楽しみです」

初対面だったあの日、父上のような当たり前の吸血鬼になんかなりたくないと叫んでいたことが嘘のようだ。

「本当に知り合いだったら面白いね」

「はい」

猫又姐さんの居酒屋の手伝いを二人で一緒にしながら、あれこれと話をした。


「お兄ちゃんと赤ん坊と仲良くなれるといいっすねぇ」

赤ちゃんドラゴンに懐かれて、あーぼ、あーぼと呼ばれていたビニール傘の相棒はどこか懐かしそうだ。

「一緒に行きたかったんじゃないのか」

タカの言葉にビニール傘の相棒が、無い肩を竦めたように見えた。

「んー。そんな気もしますけど、あっしはタカの相棒っすよ。それにお兄ちゃんは飛ぶ練習です。赤ちゃんがあっしと一緒に遊んでたら、練習になりませんや」

ビニール傘の相棒の笑い声にタカの笑い声が重なる。

「それもそうか。お兄ちゃんも遊びたくなっちゃうだろうしね」

「そうっすよ。まだ子供っすよ。大きいから忘れがちっすけど。ドラゴンが幾つで一人前かなんてあっしは知りませんけど。まだまだ遊びたい年頃っすよ」

「そうだね」


 夜空には月と星が煌く。いくら目をこらしてももうタカの目には吸血鬼の姿は見えない。

「どんなだったか、聞くの楽しみだね」

「そうっすね。お兄ちゃんが上手になったら褒めてやんなきゃ」

「ドッスン広場はどうなるかな」

もとはただの空き地だった。お兄ちゃんドラゴンの豪快な着地が、空き地の命名由来だ。ドッスンと着地しなくなったら、広場の名前はどうなるのだろう。

「それは変わらんと思うぞ。ただの空き地だったからな。名前も結構気に入ってる奴が多いらしいから」

ジョーの言葉に猫又の姐さんがうなずいた。

「え、そうなんですか」

「あらだって、可愛らしいじゃない」

猫又姐さんの耳に、ジョーがなにかを囁いた。

「あら、もう」


 生まれてこの方、彼女などいないタカだ。結婚もしていない。それでもジョーが猫又姐さんになんと囁いたかくらい、予測はつく。タカの隣では、ビニール傘の相棒が棒立ちになっていた。いつだったか、ビニール傘の相棒は、一反木綿が小野屋に客として来たとき、妻の体を洗うと聞いただけでぶっ倒れていた。あの頃よりは随分と慣れたのかも知れない。


「そろそろ中に入ろうか」

「そうっすね」

タカにもビニール傘の相棒にも縁遠い光景だ。タカの羨ましいようなちょっと寂しいような気持ちは、きっとタカ一人だけのものではないだろう。

「温かいもの食べたいね」

「いいっすね」

ビニール傘の相棒がいてくれてよかったなと、タカは思った。

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