第23話 行き違い
「あれ」
ドラゴン一家が住む洞窟から戻ってきた翌朝だ。タカは小野屋のカウンターの奥に積み上げられている蜜柑の箱に首を傾げていた。
どこからみても蜜柑だ。それもタカが夏の始めまで暮らしていた機械世界で見慣れていたダンボールの蜜柑の箱だ。それも一つではない。五つも積み上がっている。小野屋はいつから果物屋になったのだろうか。
「これ、どうしたの」
少なくとも昨日、出発するまでは無かった。昨夜は少し遅く、暗くなってから帰ってきたから、カウンターの裏までよく見ていなかったから、いつからあったのかわからない。
「店長でも来たんすかねぇ」
ビニール傘の相棒の言葉に、手長足長と震々が揃ってうなずいた。
「本当に」
「えっ冗談っしょ」
驚くタカとビニール傘の相棒だが、手長足長も震々も大真面目だ。
「しかし、五箱もってことは」
タカの耳元で、懐かしい声が聞こえた気がした。
「あら、お裾分けしましょうね」
箱を開けて中の蜜柑が傷んでいないか確認する母親の姿が見えた気がした。
母親は元気にしているだろうか。物悲しい気持ちになりかけたが、タカは母親の人となりをよく知っている。元気に決まっている。最近は老眼を言い訳に、様々なチケットの手配をタカに丸投げしていた。推しへの情熱を糧に、今頃自分で予約しているだろう。永遠の厨二病を患う人は少なくないことをタカは母親の交友関係で学んでいる。同病の友人たちと元気にしているに違いない。
タカは考えても仕方ないことを頭から追い出した。
「あれだな。お裾分けにしようか」
「そうっすね」
「店のみんなの分は一箱で良いよね」
タカが開けた箱の中には、思った通り艶々の美味しそうな蜜柑が並んでいた。
猫又姐さんの居酒屋に一箱持っていき、お兄ちゃんドラゴンにもご家族用にに頑張って一箱持って帰ってもらうことにして、世話になっている小人の店長を始めとした商店街の店長達にも配って歩いたら、蜜柑はあっという間に無くなってしまった。
「美味しいね。これ」
蜜柑を頬張りながら、タカはふと倉庫のことを思い出した。
「店長が来たってことは、在庫補充してくれてるよね」
タカの言葉に手長足長が頷く。
「ちょっと見てくる」
小野屋の倉庫の中には真新しい段ボール箱が並んでいた。
「なんでわざわざよりによって、俺がいない日にくるかなぁ」
タカの愚痴を聞くのは積み上げられたダンボール箱だけだ。
「住み込みバイトに任せきりってどうかと思うんだけど。俺が不真面目だったらどうすんだよ」
ダンボール箱は返事をしない。当たり前のことだ。それでもタカは、返事が帰ってこないことが虚しくて、唇を噛んだ。
「俺、なにやってんだろ」
タカは今、摩訶不思議な住民たちの暮らす小野屋の住み込みバイトだ。ふらりとやってくる客を相手に、真面目に商売をしている。だが、これで良いのかなんてわからない。
「店長も、帰ってきたなら挨拶くらいさせてくれてもいいじゃんか」
タカの愚痴に答える声はない。
倉庫から店に戻る途中、店の奥、タカたちの部屋をつなぐ廊下にも箱があった。ちょうど、タカが使っている部屋の前にも、出入りの邪魔にならない位置に箱がある。
「これ、俺の? 」
タカの言葉の言葉にうなずいた震々の制服は、昨日までのと違い、色落ちしてなかった。
「震々も新しい制服もらったんだ」
タカの言葉に震々は微笑むと、店に戻っていた。
箱の中には着替えがあった。今タカが着ている小野屋の制服の、長袖と上着があった。特にズボンは布地が少し分厚くあたたかそうだ。
「冬服か」
顔を合わせてもない店長だが、タカにここで働いてくれてよいと言ってくれている気がした。
「ここどんだけ寒いんだろ」
最初に見つけた上着の他にも、分厚い上着があった。裏は毛布のようになっている。何が何でも暖かくという気合が伝わってくる。
箱の一番底には、足元までおおう半纏のような服があった。
「これ部屋着か」
色合いも模様も、小野屋の制服とは違う。試しに袖を通したタカは叫んだ。
「これ着る布団か。最高じゃん」
「タカ、どうしやした大声で」
「あ、相棒、これ凄いよ。ほら、着る布団だ」
くるりと回ったタカの足元で、布団が畳を擦った。
「あ、
「かいまき? これのこと」
「そうっすよ。もうすぐ冬っすからねぇ。それどうしたんすか」
「箱に入ってた。制服の冬服も入ってたよ」
「これから寒くなりやすからねぇ。店長っすかね」
「多分ね」
タカのなかで店長の評価が急上昇した。タカが日中店にいなかった唯一の日を狙って店に来たことは、この際忘れよう。着る布団、
「あ、そうだ。古物商の家守の旦那に火鉢を見せてもらいにいかなきゃ」
「火鉢かぁ。俺、使い方知らないよ」
「誰か知ってやすよ」
「ま、そうだね」
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