第16話 頑張れ新米お兄ちゃん

 タカは大いに反省していた。竈門の神様は神様だ。タカも相手は神様だとわかっていたつもりだった。タカは十分に竈門の神様を敬っていたつもりだったが、全然足りていなかった。


「反省してる」

タカの言葉に、ビニール傘の相棒が首を傾げる。

「どうしたんっすか」

「いや、竈門の神様って凄いなぁって思って。俺、尊敬が足りなかった」

タカの眼の前、小野屋の裏の倉庫脇で、先日わざわざ謝りに来てくれた母ドラゴンの息子、つまりは小野屋のカウンターを焦がしたドラゴンが、竈門の神様の特訓を受けている。


「そうだそうだ、お兄ちゃん、上手に出来るようになったなぁ」

「はい! 」

今、小野屋の敷地に来る住民は増えた。ただし目的は小野屋での買い物ではない。倉庫脇で練習しているお兄ちゃんドラゴンの応援である。

「お兄ちゃん、頑張れよ! 」

「はい! 」

倉庫裏には、万が一用に水をたたえた手桶が並んでいる。手桶の殆どが、ご近所だからと言いながら、家の近い遠いに関わらず町の住民たちが持ち寄ってきてくれたものだ。練習用に薪を持ってきてくれたり、何かあったほうがわかりよいだろうと、肉や魚や野菜を担いできてくれたり、小野屋裏の倉庫脇は持ち寄りのバーベキューハウス状態だ。火力は張り切るお兄ちゃんドラゴンだ。師匠の竈門の神様が手を貸すことも少しずつ減り、上達を皆で喜んでいる。


 なんだかんだと全員楽しんでいるし、見ているタカも幸せな気持ちになれる。良いことではあるのだが、小野屋の商売が何なのか、住み込み店員タカにはわからなくなりつつある。


 妹ドラゴンの卵がかえったのは春だそうだ。お兄ちゃんになって有頂天のドラゴンは、小野屋の竈門の神様に弟子入りすると決まったときに宣言した。

「僕はお兄ちゃんです! 僕はお兄ちゃんになりました! お兄ちゃんって呼んでください! 」

母親に比べたら小さなドラゴンだ。それでも小型車並である。大きい。ただ、町の住民たちは母親ドラゴンを見た後だ。それも妹が生まれたばかりだと聞いた直後だ。綺羅綺羅した目で宣言したドラゴンの子供に、俺のほうが年上だから、お兄ちゃんなんて駄目だと言う者がいるだろうか。いるわけがない。


 竈門の神様は、本当に凄かった。お母さんドラゴンの子育ての悩みを聞き、相談にのった。それだけではない。町の住民たちも巻き込んだ。

「竈門の神様、なんていうか、台所の神様って感じで思ってたけど。ほら、大変だねって、相談聞くだけじゃなくてさ。じゃあどうするって考えて、そのために行動するって、全員に出来るわけじゃないし、それも町の皆で一緒にって出来るのって凄いよなぁ」


 お兄ちゃんドラゴンは今や町の人気者だ。毎朝、山から町までお兄ちゃんドラゴンは元気いっぱいに飛んでくる。まだ静かに上手に着地できない彼のために、保安官ジョーの指揮のもと、町の住民たちは、空き地に石を並べて滑走路のような目印を作った。


 お兄ちゃんドラゴンは、空き地から毎朝、商店街のど真ん中を町の住民たちと挨拶を交わしながらやってくる。タカは町の住民になって日が浅く知り合いも限られているから知らなかったが、最初は色々な声も少しはあったらしい。


 だが、毎朝元気いっぱいに挨拶をされて誰がお兄ちゃんドラゴンを嫌いになれるだろうか。


 今日はお兄ちゃんドラゴンは、誰かが差し入れてくれたとうもろこしを焼いている。香ばしい香りが店まで漂ってきた。

「美味しそうだな」

手長足長が手にしているのは、お茶の入った大きなやかんだ。先程まで震々が冷やしていた。震々は塩と醤油を手にしている。


「行こうか」

タカは表玄関を全部閉めた。この美味しそうな香りは、店の裏から漂っているのだ。客がまっさきに向かうのは店の裏だ。表を開けている意味はない。

「良い匂いっすねぇ。幸せな匂いっすねぇ」

ビニール傘の相棒の声が弾んでいた。

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