第17話 頼りになるのは他店の店長
タカは小野屋で毎日頑張って働いている。だが、タカは店長ではない。ただの住み込み店員だ。それもこちらの世界に来てから一年も経っていない新参者である。出来ることには限界がある。
それなのに問題が一つ解決したら、次の問題が湧いてくる。小野屋の倉庫の脇でお兄ちゃんドラゴンは、朝から竈門の神様と火の調節の練習、というか町の住民たちが持ち込んでくる色々なものを焼いている。
昼過ぎには山に帰っていく。まだ子供だ。一人前のドラゴンになるために、知らなければならないことが沢山あるそうだ。
「お父様みたいになりたい」
恥ずかしそうに打ち明けてくれたお兄ちゃんドラゴンの可愛らしさに、心を撃ち抜かれたのはタカだけではない。
最初はまぁ、なんというか、色々と面白かった。一瞬で燃え尽きたり、生焼けだったり、炭になってしまったり、半分だけ焦げたり、様々な傑作品の連続だった。
竈門の神様の愛情あふれる鷹揚な特訓は、隣で聞いているタカも感動した。竈門の神様は何度も繰り返して同じことを言った。
「次はどうしようか考えてみようか。そうだね。ほらやってご覧、大丈夫」
何度失敗しても、竈門の神様は怒らなかった。
「そりゃあね。竈門の神様だからね。どんな料理上手も最初は全員初心者だよ」
怒らない理由を聞いたタカに、竈門の神様は優しい声で教えてくれた。
「そうですね」
失敗は成功の母であるというのは、タカが離れた機械世界の発明家エジソンの言葉だ。竈門の神様の言葉に、同じものを感じた。
証拠の一つを、タカは小野屋のカウンターに飾っている。炭化したトウモロコシだ。タカにとっては思い出深い品だ。
「これは見事だねぇ」
練習を始めたばかりの頃だ。真っ黒な炭になったトウモロコシにお兄ちゃんドラゴンはすっかりしょげていた。
「がっかりしなくて良いよ。ほら、美味しくは焼けなかったけれど、これはこれで綺麗だよ」
竈門の神様の言葉通り、トウモロコシは粒の一つ一つまで完璧に炭になっていた。
「綺麗だからお店に飾りたいな。俺貰っていい?」
タカの言葉に半泣きだったお兄ちゃんドラゴンは笑顔になってくれた。
色々会って今は、色々なものをほぼ問題なく焼けるようになっている。食材を持ち込む意味も変わってきた。最初は練習で、上手く焼けたら御の字だった。今はうまく火加減できる。町の住民たちのかなりは、お兄ちゃんドラゴンを無料のガスバーナー扱いにしているように、タカには思えてならなかった。
お兄ちゃんドラゴンが気にしていないようだが、タカにはあまり良くないことのように思える。
「最近上手に出来るようになったから、ちゃんとそれは仕事みたいにしないといけないと思うんですよ。確かに最初の練習で色々無駄にした分がありますし、それでも付き合ってくれた恩があるのもわかってるんですけど」
本日のタカの相談相手は、小人の店長だ。
小野屋の店長はいつまで経っても帰ってくる気配が毛筋一つほどもない。
「本来、渡人局の仕事は、渡人の方が、周囲と揉め事を起こさずに暮らせるようにという調節役なのですが。随分と楽をさせてもらっていますねぇ」
実は兼任で、そちらで忙しいから助かると青行灯は多分笑っていた。
タカの頼りは、会ったこともない不在の小野屋の店長ではない。実在する経験豊富な小人の店長である。
「ドラゴンとしては子供ですけど、今の働きは一人前じゃないですか。竈門の神様が見守ってくださっているというのはありますよ。でも、立派に色々焼けますし」
小人の店長は白く長い髭を、指でしごきながら話を聞いてくれた。
「お兄ちゃんは気にしていない、というより、皆が褒めてくれるから喜んでいますけど。お駄賃程度の福は払ってもらってもいいと思うんですよ。どうぞ」
「なるほどねぇ。どうぞ」
タカと小人の店長が話す時は、タカの手作り糸電話がタカの腰と小人の店長の喉を守ってくれる。一昔前の無線みたいな会話になってしまうが、べんりなものは便利だ。
「食材は持ちよりなんで、本当に少しの気持ちくらいでいいから、お願いしたいんです。どうぞ」
「そうだねぇ。頑張っているものねぇ。可愛らしいねぇ。どうぞ」
小人の店長の身長は、タカの掌より少し高いくらいだ。万が一、小人の店長が、お兄ちゃんドラゴンに踏まれたら一瞬であの世行きになってしまうだろう。そんな相手を可愛いと思える小人の店長をタカは尊敬している。住み込み店員のタカに店を丸投げしている小野屋の店長とは、雲泥の差だ。
「あれだね。お代がどうのというと難しくなるだろうね。皆勝手なことを言うだろうし。お代は決めなくて良いんじゃないかい。そもそも皆、自分で焼けば良いものをわざわざ持ってきているんだろ。子供の小遣い程度でいいですよって、断っておけばいいんじゃないかい。どうぞ」
「ありがとうございます。どうぞ」
タカがなんとなく考えていたことを、小人の店長は言葉にしてくれた。
「小遣いで妹の赤ちゃんドラゴンにプレゼントとかしてくれたら、可愛らしいだろうねぇ。嬉しいねぇ。どうぞ」
「あとは、いま屋根もなにもないのを、何とかならないかと思うんです。朝から雨ならそもそも町には飛んでこないから良いんですけど。どうそ」
お兄ちゃんドラゴンは、少し大きくなったので、小野屋に入るのが難しくなってきた。雨宿りもさせてあげられない。お兄ちゃんドラゴン自身は、僕は濡れても大丈夫と言うのだが、もうちょっと寒くなってきたら風邪を引いてしまうかも知れない。
「まぁ、あれだなぁ。それなら屋根を作ってやることになるけど。店になりやしないかい? 裏には店を出せないからね。店は通りに面してないといけないという決まりがあるんだよ。どうぞ」
「そうなんですか。知りませんでした。ありがとうございます。どうぞ」
「まぁ、ほら。タカさんはここで暮らしてまだ間がないからね。知らないのも無理はないさ。空き地があるから、絶対に無理というわけではないさ。順番に解決していったらよいだけだ。どうぞ」
慌てなくて良いと、小人の店長に言われている気がした。
「でも、それだと裏で焼いてるのって問題になりませんか。どうぞ」
「んー、そこはほら、小野屋で売っているって解釈になってるはずだ。どうぞ」
小人の店長のいたずらっぽい声に、タカはなんとなく、何かを察した。
「一応、あれだ、青行灯に一言断っておいたらよいだろうさ。どうぞ」
このあたりが大人の駆け引きというか、経験豊富な店長の余裕のような気がする。タカにはないものだ。
「渡人局の青行灯さんですよね? どうぞ」
「そうそう。町の商店の登録とか、あの空き地をあのお兄ちゃんドラゴンのドッスン場にする許可とかは、
「なるほど。どうぞ」
青行灯の仕事について少しわかったタカだが、聞き慣れない言葉もあった。
「あの、ドッスン場ってなんですか?どうぞ 」
「ほら、朝、ドッスンと着地してるじゃないか。あれで痛くないというのだから、ドラゴンというのは本当に頑丈だ。どうぞ」
感心したように言う小人の店長に、お兄ちゃんドラゴンの豪快な着陸を思い出し、タカは笑ってしまった。
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