第14話 実りの秋へ
夕日が沈み、夜空に星が瞬き始めた。まだほのかに明るい夜空に黒く大きな翼が広がった。吸血鬼が父親の言葉に頷いたのが見えた。
「是非またいらしてください」
「いずれまた。息子をよろしくおねがいします」
「はい」
保安官のジョーと吸血鬼の父親の静かな声が、タカの耳にまで届いた。
背から黒い翼を生やした吸血鬼の父親は、蝙蝠に変化すると大きく羽ばたいて風を捉えて浮かび上がった。黒い羽は町の上を一度大きく旋回すると、彼方に沈んだ太陽を追いかけるように優雅に飛んでいった。
出発前、息子は元気にしていると城で待っている妻に伝えることができますと言って、穏やかに微笑む吸血鬼の父親は少し嬉しそうにしていた。恥ずかしそうにしながらも、吸血鬼は誇らしげだった。
瞬く間に夜の闇に溶けた父親を、吸血鬼は静かに見送っていた。きっと彼の目には地平線の向こうに消えていく父親の姿が見えるのだろう。
「行ってきます」
「あぁ」
「行ってらっしゃい」
闇に溶け夜の見回りに出る吸血鬼を、保安官のジョーと猫又の姐さんが送り出した。
「吸血鬼の親父さん、これから夜通し飛んで帰るなんて、凄いっすねぇ」
ビニール傘の相棒の言うとおりだ。
「太陽を追いかけるように飛べば、ずっと夜のままだから問題ないって、凄いよねぇ」
息子が何日もかけた行程がひとっ飛びだというのだから、本当に吸血鬼の父親は凄いと思う。
僕はまだ、父ほど速くは飛べませんからと吸血鬼は言っていたが、卑下する雰囲気がなくて、タカはちょっと安心した。
「もうちょっと、温まってから帰ろうか」
「そうっすね」
居酒屋の中の空気は温かい。
「お、タカ、こっち来な。ほら、おでんが旨いぞ」
「はい」
番傘の親分の声に誘われて、タカは席についた。
「ほれ」
温かいおでんは、懐かしい母親のおでんによく似た味がした。
「旨いっすねぇー」
ビニール傘の相棒は上機嫌だ。
「温まりますね」
タカがこちらの世界に来てから季節が一つ過ぎた。また一つ次の季節へと移り変わろうとしている。
「これから寒くなるからな。ますます旨くなるぞ」
「そうですね」
タカもそろそろ冬支度を始めようかと、大根を口に含みながら思う。古物屋の家守の旦那が言っていた、大きめの火鉢を見せてもらいに行きたい。あと、タカは火鉢を使ったこともないから、誰かに教えて貰わないといけない。
「ここは冬、雪は降るんですか」
「雪かい? 雪女たちは山向こうだねぇ。こちらまではめったに来ないよ。こちらに来るのは山嵐さ」
タカの質問に答えてくれたのはろくろ首だ。
「山は遠いんだけどねぇ。風は届くから冬は冷える。火鉢で餅を炙って食べるのが、これまた絶品でねぇ」
ろくろ首の吐く煙管の煙が、楽しげに揺れている。
「タカ、店でもやりましょうや。ほら、家守の旦那が火鉢を取りに来いって」
「そうだね」
ビニール傘の相棒はやる気なようだが、素材がビニールだ。火は少々危ないのではないだろうか。
少しずつ寒くなっていく秋だが、タカは温かい気持ちで家路についた。塗り壁に挨拶をして、竈門の神様にお休みを言って、布団に潜り込む。こちらに来てから当たり前になったタカの変わらない一日が、また一つ過ぎていく。
翌朝、いつも通り目を覚ましたタカは、店の目の前に居座る客に驚いた。
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