第13話 親子愛も万世界共通
「いらっしゃいま」
タカたち一行を見た吸血鬼の挨拶が途中で止まった。それはそうだろう。なにせ本日、タカは吸血鬼の父親同伴である。
正直失敗したとタカは思った。鬼火か誰かに、吸血鬼の父親を連れて行くと伝言を頼めばよかったと思ったが後の祭りだ。
「いらっしゃいませ」
タカが思っていたより、吸血鬼はしっかりしていた。当たり前だ。タカより年上なのだから。
「頑張っているようだな」
タカの頭の上から声がした。親子だからか、声がとても良く似ていた。
「はい」
久しぶりの再会のはずの親子の会話はそれで終わってしまった。
仕方がないからタカは、吸血鬼の父親とビニール傘の相棒に挟まれて座ることになった。なんだか落ち着かない。どうしたものかと、タカが柄にもなくモジモジしていると、眼の前に小皿が現れた。
「どうぞ」
吸血鬼が、タカも見たことのないくらい緊張して、こちらを見ていた。
「これは」
「あ、多分、息子さんからのお勧めの突き出し、えっと、一品料理だと思います」
タカの言葉に、吸血鬼が、というより店の客全員が頷いている。
「そうか、ではいただこう」
重々しく箸を手に取った父親吸血鬼が、蕪と柿の
「珍しいが、なかなかに良い味だ」
「おぉ~~~」
父親吸血鬼の言葉に、店全体が大きな安堵のため息に包まれた。これでは、無口な吸血鬼の父親は、ますます居心地が悪いだろう。
タカは、猫又姐さんに視線で助けを求めた。
猫又姐さんの居酒屋は、全員が仲間だという雰囲気満載の店だ。当然そこには店員も含まれる。猫又姐さんは、我らが店員のお父さんが来たのから歓待しなければと舞い上がっている客たちを宥めすかし、何とか店の一角に親子の席を確保した。
例のごとくプライバシーはない。疑問に思いながらもタカは、他の客と同様に、耳に全神経を集中しながら、料理を口にしていた。結局ヒトは好奇心には勝てないのだ。
「元気にしていたか」
「はい」
「頑張っているようだな」
「はい」
タカの耳に聞こえてくるのは、二人の
「お父様ですか」
保安官のジョーの声がした。外は黄昏時を過ぎて暗くなっている。そろそろ吸血鬼が保安官見習いとして夜回りに出る頃だ。ジョーが引き継ぎのために帰ってきたのだろう。あるいは、誰か二人を取り持ってくれというタカの心の叫びが、天に届いたのかも知れない。
「はい」
己の好奇心に降参したタカの耳に、吸血鬼の父親の声が飛び込んできた。
「息子さんは、若手の保安官見習いとして頑張ってくれています。妻の店も手伝ってくれていて、力になってくれています」
「そうですか。まだまだ若輩者ですから、ご迷惑をおかけしていなければ良いのですが」
職場の上司と父親の会話だ。保安官のジョーがいつになく格好よく見えた。どうやらタカだけではないらしい。猫又姐さんの尻尾が優雅に揺れている。
「お父様からしたらお若いでしょう。私はこの仕事に長く従事しておりますが、
「そうですか。それを聞いて安心しました」
吸血鬼の父親が初めてにっこりと笑った。それを見た吸血鬼こと見習い保安官も、先程までの緊張感はどこへやら、とても嬉しそうだ。
「これから息子さんは夜回りです。お食事を召し上がられましたら、ご一緒に、息子さんのお仕事ぶりを見学なさってはいかがでしょう」
ジョーの言葉が終わるか終わらないかのうちに、猫又姐さんが二人の前に食事を並べた。流石は夫婦、息がぴったりだ。
二人の吸血鬼は静かに食事をしたあと、夜の闇に蝙蝠に姿を変えて飛び立っていった。店の客全員で、夜空を飛んでいく二人を見送った。
「なんかいいですね」
言葉数は少ない父親だったが、息子のことを本当に心配していたのだろう。厳格な顔が、ジョーの言葉で優しい笑顔に変わったのが印象的だった。あの瞬間の笑顔は、タカに父親を思い出させた。話好きなタカの父親とは全く違う雰囲気の人、ではなく吸血鬼だが、確かに吸血鬼の父親だとタカも思った。
「タカ、あいつのお父さんを連れてきてくれてよかったよ」
ジョーも満足げだ。
「暫く前から誰かいるなって思ってたんだが。きっと息子を心配してずっと見守ってたんだろうな」
夜空を何かが横切るのを、タカも時々気づいていた。一般人のタカが気づくくらいだ。ジョーもずっと知っていのだろう。
「今日のお手柄は、俺の相棒ですよ」
タカは隣にいるビニール傘の相棒を指した。
「猫又姐さんの店に一緒に行こうって声をかけたのは相棒です。今がいい。真っ暗になったら、息子さんは夜回りに出るからって」
「そうか。それはありがとうございました」
「保安官のジョーにも、見習いの吸血鬼にも世話になってっから、お互い様っすよ。俺を大事にしてくれた祖父さんと祖母さんの息子たちは、全員戦争で死んじまってたから、俺にはどうしようもなかったんす。これで少しは祖父さんと祖母さんの供養になってたら、嬉しいっすねぇ」
「きっとなったよ」
ビニール傘の相棒が懐かしげにかたる老夫婦のことを、タカは知らない。でも、使い捨てられることの多いビニール傘を大切に使った二人だ。優しい人たちだろう。
「きっとどこかで喜んでくれてるよ」
「きっとそうっすよね」
人工の明かりがない街の夜空を満天の星が輝いていた。
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