第12話 夜の謎
「おはようございます」
「おはよう」
明るい声が行き交う商店街の朝の挨拶に、タカは思いっきり背伸びをした。例の
「そうそう、小野屋のタカさん」
古物屋の
「最近夜、誰か飛んでいるみたいでね。保安官のジョーのところの見習いでもないみたいだし。まぁ、飛ぶだけで何するわけでもないって話だけど。あんたも気をつけな。
「はい。ありがとうございます」
タカは、時々夜の空で星が一瞬陰るのを思い出した。やはりあれは誰かが飛んでいるらしい。一難去ってまた一難なのかと思うと気が重い。
「いいってことよ。あぁ、そうそう、大きめの火鉢が手に入ったんだ。そろそろ寒くなるからどうだい。置いといてやるから、今度うちの店に見においで。気に入ったら持って帰ると良い。重たいから一人で来るんじゃないよ」
「火鉢ですか。いいですね。ありがとうございます。また伺います」
夏は過ぎ今は秋だ。あちこちで冬支度が始まっている。タカにとってはこちらの世界で初めての冬だ。家守の旦那の気遣いが嬉しい。
数ヶ月前まで、機械世界にいて大学に通っていたのが夢物語のようだ。
「倉庫を片付けないとな」
先日、河童たちから米俵を預かって欲しいと頼まれた。小野屋にいる震々は冷気の調節が得意だ。米の保存に良いらしい。震々に確認したら、毎年のことだし、冬は店内の冷房が不要だから暇になるからちょうどよいと言われた。お礼に分けてくれるという米が今から楽しみだ。タカは生まれ育った機械世界のことを忘れたわけではない。ただ、こちらの世界での日々が日常になっていた。
夕方、少し早めに店を閉めたタカは小野屋の倉庫にいた。
「暗くなる前に少し片付けてから、猫又姐さんの店に行こう」
品出しのプロの手長足長の他にも、賑やかしにしかならなそうな、ビニール傘の相棒と震々も一緒だ。
片付けついでに掃除をしていたときだ。
「あれ」
天井の一角が妙に薄暗いことにタカは気づいた。
「あそこなんか暗くないか」
タカの言葉に、手長足長が二人がかりで最大限に伸び上がった。
「えっ」
タカの眼の前に、薄暗い角から突然、巨大な真っ黒いものが落ちてきた。
「えぇぇぇっ」
翼一枚だけで、タカの背丈を有に超える巨大な蝙蝠だった。
「驚かせてしまったようだね」
「蝙蝠が喋ったぁ! 」
タカは思いっきり叫んでから気づいた。ビニール傘の相棒と会話している自分が、なぜ蝙蝠が喋ったくらいで驚いているのだろう。
「すみません」
「おや」
勝手に落ち着いたタカに興味を持ったらしい。いつの間にか、蝙蝠が人型になっていた。真っ赤な瞳と口元の牙が、タカがよく知る誰かにそっくりだ。
「もしかして、保安官見習いの吸血鬼のお父さ、お父様ですか」
齢二百歳越えは確実な吸血鬼の父親だ。相手は数百歳か下手をしたら千年越えとかありえる。せいぜいタカの大学の先輩程度にしか見えなくても、外見で判断してはいけない。
「よくわかったね」
微笑む顔が、息子、タカがよく知る方の吸血鬼に似ていた。
「ところで、何をしているのかな」
臭いを嗅ぎまくっていたタカは、頭をかいた。
「何でもないです」
息子の方の吸血鬼と出会ったときの強烈な匂いがしないかと臭いを確かめていたのだ。吸血鬼の父親からは、あの臭いはしなかった。
「あの、失礼ですが、うちの倉庫で何を」
「暗くなるのを待っていた」
「そうですよね」
タカは当たり前のことを聞いてしまった自分に呆れた。相手は吸血鬼だ。
「あの、こちらへは」
「息子の様子を見に来た」
「そうですよね。ご心配されますよね」
タカは相槌を打ったつもりだったが、相手からの返事はなかった。世間一般の父親というのは、どうやら面倒くさい生き物らしい。タカの父親は重症厨二病患者で話し好きで色々と騒がしかったが、考え方によっては素直でとっつきやすかったのだろう。
「息子さん、頑張ってますよ」
そもそもタカがよく知る息子の方の吸血鬼も年齢不詳だ。タカの眼の前にいる吸血鬼は、年齢不詳な外見に何やら重々しい威厳も加わって、何を言っても失礼に当たりそうな気がする。
「結構以前からいらっしゃってませんか」
夜、音も無く何かが飛び、空が陰ることがあった。
「否定はしない」
否定の否定だから、肯定だ。タカの眼の前にいるのは、反抗期むき出しだったあの吸血鬼の父親だ。タカも呆れてしまいそうなくらい素直でない。
「なら、ときどき飛んでたのはあれ、旦那っすか」
「その通りとも言う」
ビニール傘の相棒の質問にも、回りくどい答えが帰ってきた。
「なら一緒に猫又姐さんの店に行きやしょう。息子さん、真っ暗になったら夜回りに出ちまうから、今がいいっすよ」
タカも驚くくらい、ビニール傘の相棒が積極的だ。年齢不詳の吸血鬼が、明らかに戸惑っている。
「あぁそうか」
普段、ビニール傘の相棒やタカが付き合いがある付喪神達は、全員百年以上は生きているはずだ。吸血鬼が年齢不詳であっても、どうということもないのだろう。
「行きましょう。ご案内しますよ」
タカの言葉に、吸血鬼が頷いた。欧州の貴族風の出で立ちで、なんとも格好良い。息子の方と初めて会ったときの強烈な印象とは違うが、これはこれで印象的だ。
「息子さん頑張ってますから、良かったら褒めてあげてください」
タカはの言葉には沈黙だけが返ってきた。
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