第11話 保安官見習い

「お見事」

明るくなった店に、猫又姐さんの声に続いて拍手が響く。

「よくやった」

拍手の主は、沈黙を守り気配を消していた保安官のジョーだ。


「ありがとうございます。ろくろ首のお陰です」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ。あたいは少々目眩ましで手伝っただけさ」

吸血鬼は店の客たちの拍手喝采に包まれ、あちこちから降り注ぐ激励の言葉に、照れながらも嬉しそうだった。

「ありがとうございます」

礼を言う吸血鬼を見るジョーの目は優しい。先輩保安官のジョーは、保安官見習いの成長が嬉しいのだろう。

「ありがとう。立派だったよ」

タカの言葉に吸血鬼が笑顔になる。


「さて、後は火の車に任せよう」

保安官のジョーの言葉が終わるか終わらないかのうちに、居酒屋の前の道が明るくなった。店先には、平安時代の絵巻物に描かれていた牛車に良く似た乗り物が、炎に包まれたまま平然と立っていた。牛車を牽く牛が繋がれていない。


 タカにもあれが火の車だとわかった。


 ジョーは無頼者ならずものの一人を片方の肩に担ぎ、もう片方の腕で抱えた。吸血鬼も軽々と残りの一人を小脇に抱えている。見るからに力持ちのジョーはともかく、細身の吸血鬼も怪力だ。二人は火の車と二言三言言葉をかわし、三人を預けると居酒屋に戻ってきた。


「あの人たちは」

タカの記憶は曖昧だが、確か火の車は悪事を犯した亡者を地獄に運ぶ乗り物のはずだ。

「悪さした分が帳消しになるまで誰かのところで働くんだ。人手が足りていないところは多いからな。炭鉱の敷次郎しきじろうも製鉄の一本だたらも常に人手不足だ。川渡しの河獺かわうそも人手が欲しいといっていたから、貰い手は沢山あるよ」

タカは、ジョーの返事に安堵した。地獄に連れて行かれるわけではないらしい。


 タカはこちらの世界で暮らすようになって日が浅い。無頼者ならずものたちが何をやってきたのかタカは知らない。犯した罪と罰の重さが釣り合うのかは分からないが、悪さを埋め合わせる分だけ働くというなら、妥当なのだろう。

「一つ目入道の他にも近くの町の保安官たちに知らせておこう」

「はい」

ジョーの言葉に吸血鬼が返事をした。鬼火たちが吸血鬼の周りに集まっていく。


 吸血鬼の引き締まった顔に、タカは少し感動した。タカは今、保安官見習いが一人前の保安官になっていく場に立ち会っているのだ。


「俺たちも頑張ろうな」

タカはビニール傘の相棒に声をかけた。

「はい」

誰がなんと言おうと、ビニール傘の相棒はタカの大事な相棒だ。


「番傘の親分もありがとうございました」

「おうよ。まぁ、落とし前はつけといてやったからな」

ビニール傘の相棒と番傘の親分の会話に、タカは首を傾げた。

「親分、落とし前ってなんですか」

店の中に笑いが広がる。


「そういや、小野屋のタカさんは渡人とじんだったな。いや、すまねぇ笑っちまって」

番傘の親分が、閉じていた傘を広げてご機嫌そうにくるりと回った。

「俺は付喪神だ。雨具はたいてい俺の眷属けんぞくだ。あいつらは今後どんな雨具をつかっても、雨が降る度にずぶ濡れってわけさ」

付喪神は神様だ。タカは自分が八百万の神々を信仰する国の生まれであることに感謝した。心の何処かで全てのものに神が宿ると信じているから、知らずに無礼を働く羽目にはなっていない、と思っている。


「あんたが気にすることじゃないよ」

猫又姐さんの優しい声は、ジョーに向けられたものだ。

難しい顔をしたジョーがいた。

「お前も俺も渡人(とじん)だがな。渡人(とじん)の中には変なやつもいる。こちらの世界に来ただけで、自分が何か特別になったような気がするらしい」

「はぁ」

タカは気のない相槌を打った。異世界へ移動したと言うと格好よく聞こえるが、ただの片道切符だ。小野篁は平安時代に朝廷と冥府を行き来していた伝説がある。小野篁という偉人を知るタカにとって、片道なんて、平々凡々の極めつけのただの凡人という証拠でしか無い。


「タカはそんなことはなさそうだな。安心だ」

ジョーの眉間の皺が浅くなった。

「日本の伝説に、この世とあの世を毎日自由に行き来していた人がいるんですよ」

「それは凄いな」

「でしょ。そんな天才が居たと知ってますからね。片道なんて、自慢にもならないですよ。自慢するだけみっともないです」

「そうだな。俺も会ったことのない先祖がシャーマンだったからな。風の歌、星の声を聞いていたと聞かされて育った」

「格好いいですね」

「だろう。憧れたさ、俺も。絶対敵わねぇからなぁ。先祖には」

ジョーの眉間から皺が消えた。


「あいつらの言うとおり、ここには電気はないさ。電気がないこの世界を馬鹿にするくせに、自分で発電機を作ったりもしない。出来ないのさ。出来る誰かがやってくれたことに乗っかってただけのくせに、それが自分の手柄みたいに威張りやがって、情けない」

ジョーの眉間には、消えたはずの皺がまた刻まれた。


「あぁ、そうか。だから嫌だったんだ」

タカの胸に、ジョーの言葉がストンと落ちた。

「何がっすか」

ビニール傘の相棒が、タカを不思議そうに見上げていた。

「自分じゃなにもしないし出来もしない連中に、仲間扱いされて嫌だったんだ。実際、同じ渡人とじんだし」

ジョー以外で、タカが初めて会う渡人とじんだった。少しはわかりあえるかという期待が完全に無駄だったことも、タカの胸に引っかかっている。


「タカはあんな連中とは違いますよ。僕を助けてくれましたし」

吸血鬼の背中からは、いつの間にかあの蝙蝠のような翼は消えていた。

「ありがとう。そう言ってくれて俺も嬉しい。確かに、なかなか強烈な出会いだったな」

「もう、止めてくださいよ」

鼻をつまんで見せたタカに、吸血鬼が苦笑した。


 空の星が一瞬陰った。

「あれ? 」

気づいたのはタカだけではなかったらしい。ジョーも窓の外を見ていた。


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