第7話 超長期反抗期厨二病

「で、吸血鬼のお前がなんでここにいる。そもそもどうやって来た」

保安官らしい威厳を背負ったジョーが、居酒屋の片隅で吸血鬼の尋問を始めた。居酒屋の客は尋問の観客になっている。最初はタカも、プライバシーがなくて良いのかと思った。だが、公衆の面前で平気で着替えようとした破廉恥はれんち吸血鬼も堂々と尋問を見物している住民たちも気にしていないから、タカも気にするのを止めた。


「家を出たかったんです。夜は歩いて、昼間は棺桶に隠れてずっと旅をしてきました」

「ほう。大した根性だ」

ジョーの言葉に、あちこちから賛同の囁きが続く。

「あ、ありがとうございます」

照れくさそうな反抗期吸血鬼に、尋問の厳しい雰囲気が和む。

「家出は褒められたもんじゃないがな」

「はい」

ジョーの言葉に反抗期吸血鬼がしおれる。


「それにしても、あの臭いは何だったんだ」

ジョーの言葉に、タカたち野次馬は身を乗り出した。

「海を渡るときに、クラーケンの胴に棺桶ごと入れてもらったので、そのせいだと思います」

海産物には独特の臭いがあるが、あれが怪異かいいとまぜこぜになったらあの臭いになるかと、タカも納得した。


「海! あんた海の向こうから来んかい」

「くらあけん? とやらはどこのもんだい」

「そりゃ、あれだよあれ、烏賊いかのでっかいのさ。でっかいの。沖の方にいるって聞くぜ」

クラーケンという単語に、野次馬達が騒がしくなった。騒ぎに驚いたのか、見開かれた反抗期吸血鬼の瞳は真っ赤だった。


 人としてはありえない色彩に、タカは相手が本当に人間ではないのだと痛感した。

「つまりは、とてつもなくでかい烏賊の胴体に、棺桶ごと入れてもらって海を渡ってきたと」

腕組みをするジョーの表情は、なんとも残念なものを見る目になっている。

「はい」

「吸血鬼ってのは、飛べるんじゃないのか。蝙蝠に変身して」

どこかがっかりしたようなジョーの声音は、タカの気持ちそのもでもあった。ジョーが夢想していた吸血鬼像は、今、ガラガラと音を立てて崩れつつあるに違いない。この反抗期吸血鬼に残念な思いを抱いているのは、タカ一人ではない。


「海の上で朝になっては隠れるところがありませんし。僕は父ほど早くは飛べませんので」

「そうか」

何だ飛べるんだとちょっと嬉しくなった自分に、タカは呆れた。ジョーも嬉しそうだから、きっと同じことを考えているだろう。


「家出ってことは、お前は親に自分がここにいるってことを知らせてないな」

「はい」

「で、宿もなにもないと」

「はい」

「仕事もないよな」

「はい」

「そもそもお前、吸血鬼ってことは誰かの血を吸うのか」

「いえ。普通に食事をします。血は特別なときだけです。前はたしか、二百年くらい前でした」


 反抗期吸血鬼が何気なく口にした言葉に、タカは唖然とした。二百年くらい前のことを知っているならば、二百歳を越えているはずだ。ということは、この反抗期吸血鬼の親は、百年単位の反抗期に付き合っていることになる。吸血鬼も大変だ。


「なら普通に飯食って仕事して寝る場所があれば、なんとかなるか」

首をひねったジョーに、猫又姐さんが微笑んだ。

「あんた、この子、夜がいいんなら、うちで働いてもらったら」

「よろしくお願いします! 」

叫ぶように答えた反抗期吸血鬼は、店の客たちの拍手喝采に受け入れられた。


「一つ条件がある」

重々しく響いたジョーの声に、店は一瞬で沈黙に包まれた。

「家族に手紙を書け。どうやって届けるかは青行灯に相談だが、無事だということは知らせてやれ」

手紙と口にするジョーに、タカは胸の内が熱くなった。ジョーは両親が戦死したと言っていた。ジョーは無事だという知らせを、受け取ることが出来なかったのだ。


「はい」

反抗期吸血鬼の返事が一瞬遅れたのは、タカの気の所為ではないだろう。父親のような普通の吸血鬼になりたくないと叫んでいた若造だ。タカが、反抗期や破廉恥に比べれば、普通のほうがよほどよいと思えるようになったのは、さほど昔ではない。


「良い返事だね。なら明日から働いてもらうよ」

「はい。よろしくお願いします」

また店内は拍手で満たされた。


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