第4話 夫婦愛は万世界共通
小野屋の制服は、絶対にあの店とわかる濃い原色で、別の店にそっくりな縦縞デザインだ。
「見覚えありすぎるんだよな」
タカがいた世界のコンビニエンスストアの制服を真似たとしか思えない。
「ぜんぜん違うけど」
色とデザインをごちゃまぜにしただけで、全く違うものに見えてしまうから不思議だ。
早朝、タカは自分が掃き清めた小野屋の前の通りを眺めた。なかなかに悪くない掃除っぷりだと自画自賛する。平屋だが天井が高い小野屋の店内は、手長足長や浮遊できる震々が先に掃除をする。三人の掃除が終わってから、タカとビニール傘の相棒が手が届く範囲を掃除する。
タカが知る付喪神以外にも、きっともっとずっと沢山神様はいる。こちらの世界にきてから、タカは掃除をいい加減にしたことはない。綺麗にしたら運がよくなりそうだし、不潔にしていたら祟られそうだ。こちらの世界では御不浄と呼ばれるトイレの掃除にも、手を抜いたことはない。永遠の難治性重症厨二病患者の父親が、トイレと風呂場の掃除は手を抜くなと言っていた。父親の言うとおりにしていると思うと、タカの治ったはずの厨二病が疼く。だが、真面目に生きることは悪いことではない。
店の玄関は店の顔だ。店を建てた職人の遊び心が満載の扉の細工は、この世界ならではのものだ。二メートル弱の人間サイズの引き戸の上には、空を飛ぶ客用の小窓がある。五メートルはありそうな大型の引き戸もあるし、元いた世界では猫が出入りしていたような出入り口もある。それぞれの絡繰りにこだわりをかんじる。
今日の仕上げにタカは、扉の上に小枝を飾った。ご近所の小人の店の店主からの贈り物だ。タカが工作したのぼり旗を気に入ってくれた。
「お礼だ。小野屋のタカ。これを店に置いてごらん。良いことがありますようにというおまじないさ」
小人の店主は、それ以上はおまじないについて教えてくれなかったけれど、タカはとても期待している。摩訶不思議な住人たちの世界のおまじないだ。ただのまやかしのはずがない。
「今日はどんなお客さんがくるかな」
こちらの世界には、様々な住人がいる。店もそれに合わせて様々だ。そのせいか、店内に客がぎっしりなんて、タカはこちらに来てから一度も経験していない。
大欠伸をしたタカの目に、空を飛ぶ洗濯物が映った。
「あれ、誰かの」
洗濯物といいかけてタカは止めた。油断してはいけない。ここは何でもありの世界だ。洗濯物は、明確に意思をもって小野屋に向かってきている。やはりあれは誰か、だ。
「ありゃ、一反木綿の旦那っすね」
ビニール傘の相棒の言葉が終わるか終わらないかの頃、長い布は飛ぶお客様用の小窓から店内に滑り込んできた。
「いらっしゃいませ」
タカは声をかけた。
「なにかお探しでしょうか。お手伝いいたしましょうか」
やはり洗濯物ではなかった大きな布、一反木綿は店内をひらひらと漂っている。
「ありがとう。少し見て回りたいから、後ほどお願いしよう」
店の床に反響した深く渋い男の声に、タカは思わず聞き惚れた。
客が店内を漂っている間、タカは棚の掃除を始めた。細かいところの掃除は、人間のタカが得意にしている。タカの視界の隅に、先程の一反木綿が店の床に打ち捨てられている、ではなく倒れているのが見えた。
「お客様、どうなさいました」
別にタカも、一反木綿が床に倒れるほど困っていることくらい見ればわかる。他になんと言ったらよいか、わからなかっただけだ。
「いや、お恥ずかしい」
美声は何を言わせても美声だ。
「お手伝いできることはありますか」
いい声ですねと口から飛び出そうになった野次馬根性丸出しの言葉を、タカは理性で飲み込んだ。
「いや、恥ずかしながら、妻に贈り物をと思ってね」
照れた美声も素晴らしい。
「奥様に贈り物ですか、素敵ですね」
単身赴任の父親は、あれこれと一風変わった土産を家で待つ母親とタカのために持ってきてくれた。土産話も色々聞かせてくれて楽しかった。
「一反木綿の旦那、贈り物にも色々ありやす。何をお考えで」
ビニール傘の相棒も、随分と店番に慣れた。
「妻の体を洗うのに、どの洗剤が良いだろうか」
美声の爆弾発言だ。
床に倒れたビニール傘の相棒を、手長足長が即座に回収した。付喪神としてまだ若いビニール傘には、少々刺激の強い話だ。
タカは頭に浮かんだ洋画のお色気シーンを慌てて頭から追い出した。客は一反木綿だ。ならば妻も布だろう。人間のお色気入浴シーンとは違うはずだ。
「失礼ですが、奥様もお客様と同じでいらっしゃいますか」
追い出そうとするのに、タカの頭の中では泡風呂を楽しむ美女が白い布で豊かな胸元を洗う光景が消えない。
「あぁ、妻は絹だよ。素晴らしいだろう」
タカの妄想は一瞬で消えた。
「素晴らしいですね」
眼の前の布のお客様の美の基準はわからないから、タカは、基本に忠実に褒め言葉をオウム返しした。
「妻が友人の猫又姐さんから、ここには色々あると聞いたらしくてねぇ。せがまれたんだが、何が良いかわからなくてね。これだから男は無粋でいけない」
美声で割増されているのだろうが、妻のために買い物をする一反木綿はとても男前だ。
「奥様のためのお買い物ですか、素敵ですね。よろしければお手伝いさせていただきましょうか」
他人というか他布ご夫婦のお手伝いが出来るなんてちょっと嬉しい。そのついでに、タカにも良いことがないかという下心もちょこっとはあるがそれはそれだ。
「奥様が絹でいらっしゃるのなら、このあたりの洗剤がお勧めです」
タカは棚の一角にあるおしゃれ着洗いの洗剤を指した。
「洗い方は後ろに書いてありますよ」
家で使っていたのと同じ洗剤を見つけて、タカは少し懐かしい気持ちになった。
「ふろーらるぶーけ、とは何かな」
「香りのことですね。花の香りなのでしょうが、あいにく私は使ったことがないので、多分しか申し上げられませんけれど」
タカの家にあったのは、無香のものだった。
花の香りっていうけど、私の好きな花とは違うのよ。香料の技術とか色々理由があるでしょうから、全員が好きな香りなんて、作り出せないからそんなものよね。そう言いながら母は無香の洗剤で服をあらって、何やらをイメージした香水を使っていた。永遠の乙女心を自称していた母の香水の原案となったキャラクターを知った日、タカは母が腐女子であることを知って驚かない自分に驚いた。今となっては懐かしい思い出だ。
「無香でしたら、香水などでお好きな香りを身につける事ができます。まずはこちらで使い心地を確認なさってはいかがでしょう」
帰れない実家のことを考えても仕方ないのだ。両親のことが気にはなるけれど、タカはこちらで生きていかねばならない。
「なるほど、それなら妻への贈り物が増えるね。ありがとう、素晴らしい提案だ」
愛妻家で美声の持ち主の一反木綿は、上機嫌で飛んでいった。
「ありがとう。良い買い物をさせてもらった。また来るよ」
「はい」
どうせなら、奥さんと一緒に来てほしいなと思いながら、タカは飛んでいく布を見送った。
両親は元気だろうか。家にあったのと同じ洗剤を見たせいか湧いてきた感傷的な気分にタカは蓋をした。考えたって帰れないものは帰れないのだ。両親には、タカはどこか遠くで就職して地元に帰ってこないだけだとでも思ってもらうしかない。
久しぶりに見た見慣れた洗剤をタカは棚に戻した。
「あれ、なんで、こんなところにこれが」
「そりゃ、そこが洗剤置き場だからじゃないっすか」
ようやく復活したビニール傘の相棒はさも当然と言わんばかりの声音だ。
「いやそういう意味じゃなくてさ」
ファンタジー満載なこの世界に、機械世界の工業製品があるんだという疑問を、タカは飲み込んだ。
今まで気づいていなかった。中途半端にコンビニ寄りな小野屋の店内には、この世界の品物と一緒にタカが知る当たり前の商品が当然のように並べてあった。
「なんか、色々、どうなってんだここ」
「小野篁さんは機械世界でも名が知られていると聞きましたが」
渡人局の青行灯の声が、タカの耳の奥にはまだ残っている。
「なぁ、相棒」
「なんすか」
「小野篁って知ってるか」
「誰っすかそれ」
「いや、知らないならいいよ」
タカは、もしかしたらまだ小野篁が生きていて、仕入れとかをしているのかもしれないと思った自分が恥ずかしかった。相手は平安時代の人間だ。タカも厨二病の遺伝子を受け継いでいる。とっくに卒業したつもりだが、根深いものがあるに違いない。
「これ、在庫みたいから、しばらく店番頼めるかな」
タカの頼みに、手長足長は揃って頷いてくれた。
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