あちらの世界、こちらの世界②
それはさて置き。
「――そう言われてみれば【言語理解】ってさ、所有者の性質を会話した相手に反映させる以外に何か付加効果はあったっけ?」
意識がリョウスケへ戻った時に、ここでの記憶は無くなっているとは思ったが、これは確認しておきたかった。
「そこは調整してあるよ。百年後の大戦に向けて、今はイセリア人を戦意喪失させてる場合では無いからね。キミと会話した相手はポジティブな加点を得られる様にした。さらに魔力抵抗の低い者は興奮状態になりやすいという特典つきだよ」
「ああ、なるほど。それってさ異性から好かれやすいとかもある?」
「うん、あるよ。キミ自身が興奮状態にある時は特に効果てき面だね。キミの子孫は百年後の大戦時に活躍してくれる筈だから、イセリアの神であるわたしとしては大いに子作りに励んで欲しい。灼焔との子はゲームマスターの管轄下に入ってしまうだろうから、出来ればソフィアとの間に子を儲けて欲しいんだ。アレの遺伝子はイセリア人の中でも超優良だからね。キーリーでも良いけどさ、そんなに焦らなくてもトリス街に行けばもっと良い出逢いがあるかもしれない――」
神……もしくはプレイヤーと呼ばれる者たちは本当にゲーム感覚なのだな、と思い至る瞬間だった。
いや、思い出したと言うべきか。
この感覚に当初(千年前)は随分と辟易としたものだが、今となっては最早どうでも良いとすら思っている。
「ん?ちょっと待てよ?その話から察するに、もしかしてエルフとササラのプレイヤーは裏で繋がっているのか?灼焔はおれに対して、ササラで種をばら撒けと言っていたけれど……」
「ああ、それは最早疑う余地無い。エルフとササラのプレイヤーは完全に繋がっているよ。ササラが今までエルフ管轄下の灼焔を匿っていたのは、明らかに将来を見据えたプレイヤーの意思を感じるから。百年後の大戦が始まったら、原住の民は北方からササラ人は南方から同時に攻めて、最初にイセリアとウリヤを叩くつもりなんだと思う。それを証拠にササラ人はかなりの戦力を保有してるにも関わらず、現状まで大規模な戦争を仕掛けて来てないからね。百年後まで手の内を明かす気は無いのだろう」
プレイヤーが直接的に担当種族に干渉するとペナルティーを受けるが、その意思や性質はそれぞれの担当種族に反映されやすいと聞いた事がある。
「あの、もしかしてササラ人から男子が生まれ難いのって、ペナルティーの影響だったりする?」
「ああ、うん、そうだと思う。ササラのプレイヤーが新たな魔法体系の構築したから、それの代償としてのペナルティなんじゃないかな?灼焔が召喚呪法を体得出来たのもさ、恐らくエルフとササラのプレイヤーが干渉したからだよ。それを考えると
過去に幾度か、プレイヤー(=神)が何者なのか尋ねた事があった。
このゲームの存在についても、幾度と無く。
しかしエサルハドンの答えはいつも同じで。
「キミの魂魄寿命が尽きても尚、わたしたちと共に有りたいと願うのであれば、その時は真実の全てを明かそう」と、全く同じ文言を告げるだけだった。
おれとしては、その言葉を信じて千年もの間イセリア人が繁栄するように(エサルハドンの思惑通りに)生きてきたのだ。
けれど前回殲滅卿オーヴァンとしての寿命が尽きた時に、これで一通りはやり尽くしたよな、という想いが胸に宿った。
満足感を得た……或いは燃え尽き症候群だったのかも知れないが。
一時的とは言え聖人エステルとして世界平和を実現し、聖王アーサーの時はイセリアの完全制覇を果し、殲滅卿オーヴァンとしては最強の魔法使いや兵法家としての人生を謳歌した。
他にも魔法も剣技も一流な妖精騎士として、大陸を股に掛ける大商人として、様々な未踏破地点に挑んだ冒険家として。
もうこれ以上の、イセリア人の繁栄のための人生は送れないだろうと、思ってしまったのだ。
「――ああ、思い出した。それで最後に、おれが愛したこの世界を、本来のおれ……宮田遼輔として楽しませてくれないか?と申し入れたんだった」
「そうそう、キミとわたしが愛した世界、でね。三十五歳という人生の半ばからのスタートでは十分に満喫出来ないだろうから、痛烈なペナルティを覚悟して【言語理解】と、【不朽不滅】を搭載したんだよ。しかし【不朽不滅】に関しては百七十七年間限定みたいな特殊設定を盛り込んだからか、これが転移時には上手く発動しなくてね。それであの時に強制干渉しなくてはならなくなった、という話さ。これの所為で他のプレイヤーにも、キミの存在と転移の件が早くもバレてしまった」
すでにこの件に関しての記憶は完全に蘇っていた。
ちなみにエサルハドンはこれまでも様々な件でペナルティを受けると明かして来たが、それがどの様なペナルティなのか具体的に明言する事は無かった。
恐らくそれを自身のキャラクターに伝える事も、ペナルティを受けるに値する行為になり得るのだろう。
「じゃあ、そろそろおれはお
そう聞くと、エサルハドンは珍しく困り顔を浮かべた。
笑顔でいることが当たり前の様な人物なので、この表情を見せるのは珍しい。
今回は全勢力から敵視されているらしいので、流石に困窮しているのかもしれない。
ゲーマーとしては、むしろその状態が楽しいのかも知れないが。
「ああ、うん、そうだね。名残惜しいけど、そろそろあちらへ戻った方が良いかもしれない。次の強制干渉日は九十日後になるよ。【不朽不滅】がちゃんと機能してるみたいだから、今後キミに対して緊急干渉する事は無くなると思う。けど、キミの事は日々注目しているから。他のプレイヤーも興味津々だしさ」
「あの赤い月から、こちらの様子を
「赤月が見えるのはプレイヤーから寵愛を受けているキャラクターだけなんだよ。それは即ちプレイヤーから注視されているキャラクターという事だからね」
それもこれも今ここでの記憶は元の世界には持ち込め無いから、戻ってしまえば謎の赤月となってしまう。
「戻る前にさ、所有ギフトの設定調整って出来るんだっけ?それもペナルティを喰らってしまうかな?」
「調整量によるけど、何か不具合でもあるのかな?」
「【言語理解】でさ、魔法陣や羅列した文字を読む時に
「えーっ!?【言語理解】をナーフするの?それはちょっと……わたし的には考えられない愚行だけど。全然納得出来ないし、意味も解らない。まあ、でも、キミらしいと言えばキミらしいのか。でも、そうすると能力値に分配しなければならないボーナス値が発生するけど、どの様に分配して欲しい?これはゲームのシステム上拒否は出来ないからね」
修正とは能力値の再分配が可能なだけで、単純なナーフは不可能という事か。
眩暈の改善は必要なメンテナンスとして処理されてしまうだろうから、ボーナス値への影響はないと思われる。
「うーん、そうだなあ……身体能力値が雑魚過ぎるから、全体的に微増するかな。あとは魔力制御が出来る程度の魔力的な能力の向上をお願いしたい。それ以外は……時空間魔力に回してくれるかな?」
「これ以上時空間魔力を上げると【不朽不滅】が活性化して、肉体の再構築が超再構築になって、怪我をしても瞬時に再構築してしまう……みたいな感じになるけど構わない?ザーフィラとの戦いの時に負った怪我程度なら、瞬きする間で完全に再構築してしまうと思うけど」
「いやあ……それは不味いな。これ以上早い再構築は凄いを通り越して不気味がられるだけだから。時空間魔力が駄目なら、余ったボーナス値を使って器用さか知覚力がらみのギフトを搭載出来ないか?」
「うーん、相変わらず変な選択をするなあ、キミは……。わたしなら筋力かいずれかの属性魔力に全振りするけどね。でも、まあ、分かったよ、じゃあギフトは適当に見繕って搭載しておくから。ああ、そろそろ、本当にお別れの時間が来てしまったみたいだ」
「あ、お別れの前にもうひとつお願いがあるんだけど、良いかな?」
世界が揺らぎ始める。
木製の椅子しかない、シンプルな世界が。
「え?まだあるのかい?あまり時間が無いから手短に頼むよ。他の能力の変更かな?まだ他に欲しいギフトがあったりする?」
「おれの能力値の変更じゃ無くてさ、天啓の石板なんだけど……アレ、もう少し使い勝手良くならない?誰でも使える様にイセリア語表示に出来ないのかな?」
「いや、それは無理だよ。技術的な問題では無くて、ペナルティが怖いからなんだけど」
「じゃあ、全ての言語に対応した翻訳機能付きにすれば?平等に全種族使い勝手が良くなるんだから、ペナルティが軽減するのでは?」
「いやあ、それはちょっと……エルフの神が絶対に拒否すると思うなあ。そもそもアイツが多大なるペナルティを受けて、エルフ語仕様にしたからね、天啓の石板ってさ」
どんどんと世界の歪みが酷くなってゆく。
このまま残された時間を翻訳機能の話しで無駄に費やすのは勿体なすぎる。
ここはひとつアプローチを変えてみるか――。
「じゃあギフトに説明文を表示して欲しい。今のままではギフトの効果が分かり難いから。エルフ語のままで良いから、せめてどの程度能力値に反映するかくらいは表示すべきだよ」
そう告げると、エサルハドンは露骨に気不味い表情を浮かべた。
何か裏があるのは明白だ。
「いやあ、実はさ、エルフが所有してる天啓の石板は……ギフト説明が表示される最新版らしいんだよ。しかもゲームマスターに申請を出さずに、極秘裏にバージョンアップしたらしいんだ。これは重大な違反にあたるから、ここぞと言う時の為に隠し玉で持っていたかったんだけど……」
「おれからすれば、今がここぞと言う時だと思うけどね。なあ、エサルハドン?天啓の石板の件を上手く取りなしてくれたら、次回の強制干渉日にキミからの命令もしくは要望を、ひとつだけ請け負うと約束するよ。殺人や罪に問われる事は御免被るがね」
時間的に猶予は無いので、ここは押しの一手だと思っていた。
そしてそれが功を奏したのか、エサルハドンの表情は明るく光り輝く。
「ああ、その約束をしてくれるなら、此度のキミの願いは叶うことだろう。では、今日はここまでだ」
「なあ、これって、もう目を閉じれば元の世界だっけ?いままで話していた記憶は全部綺麗さっぱり無くなるよな?」
「ああ、ここでの記憶の一切はあちら側へは持ち込めないよ。そういうシステムだからね……まあ、例外は無くもないけど」
「ふうん、例外、か。結局その例外ってのはペナルティの対象になるんだろう?どちらにせよ、今のおれには必要無いよ。何も分らない世界は、ただ生きてるだけで本当に楽しいからな。日々充実してるし、生きてるだけで丸儲けって正にこの事だと実感があるんだ。――じゃあまたな、エサルバトン。次は九十日後に、覚えてないと思うけど楽しみにしておくよ」
「うん、分かった、わたしも楽しみにしておく。あとそれとさ、キミにへのお願いはもう決まっていてね。今、ゲームマスターと共同で面白いシステムを構築中で……キミ……元の……から……召喚して――」
ここで意識は途切れ、エサルハドンの声は届かなくなった。
次の瞬間、光の世界から闇の世界へ墜とされた様な、そういう感覚だけが意識の中に残る。
第3部 序章
あちらの世界、こちらの世界
END
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