第3部 序章
あちらの世界、こちらの世界①
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「――やっと、こちらと意識が繫がったようだね。おはよう、オーヴァン。ああ、失礼。いまはリョウスケと呼ばないと駄目か」
突然頭の中に声が響いてきた。
声の主はこちらの意識の啓きが分かっているみたいだ。
「まだ本来の自分を取り戻せない様だね。宮田遼輔の身体はキミの魂魄と相性が良いから、元の記憶を取り戻すのに時間が掛かるかもしれない。まだ短期間だから問題ないと思っていたけれど」
男性のようであり、女性のようでもある声で話し方だった。
中性的で優しく穏やかで心が落ち着く雰囲気が伝わってくる。
「あらら、本当に記憶が戻らない様だね。これは初めてのケースだ。やはり転移は転生よりも難しい。しかし千年の付き合いがあるわたしの事は、忘れないで欲しかったな。あと、そろそろちゃんと起きて欲しい」
その存在はそう告げると、恐らくおれの精神に干渉してきた。
この瞬間、強制的に目が開く。
そして目の前には――エサルハドンがいた。
何者かは分からないが、その顔と名前は記憶にあった。
おれは木製のしっかりとした造りの椅子にだらりと腰掛けていた。
エサルハドンはおれの目の前に立ち、こちらの様子を興味深そうな目で見ている。
声と同様に見た目で性別は分からないが、大きな瞳と口が印象的で、その背中には大小四枚の白き翼が生えている様に見えた。
薄布一枚纏っているだけなのに性別が分らないのは奇妙に感じる。
「あらためて、おはよう、リョウスケ。まだ戸惑いがあると思うが、話を進めようと思う。強制干渉日、という言葉を覚えているかな?」
そう問われ分からないと答えようとしたが、すぐに理解が宿った。
「プレイヤーが作成したキャラクターに、ペナルティなく強制的に干渉出来る日のことだ。たしか、十日目と百日目に設定した、いや設定しなければならない、はず」
「部分的に記憶が戻っている様だね。わたしと会話してる内に色々と思い出してくると思う」
そう言うとエサルハドンは、おれの対面に同じ様な木の椅子を出現させ腰掛けた。
「ああ、そうか。白夜の滅殺魔法の時は緊急干渉だったんだな。要するにあの干渉がなければ、おれはあの時点で死んでいた訳だ。――ん?それと、数日前にも会話した記憶?があるような……導入テストとかなんとかと」
「そうそう。さすがに百年掛けて作り上げた宮田遼輔の身体をあっさりと失うわけにはいかなかったから、緊急干渉するしか無かった。すぐにバレてしまってゲームマスターからは手痛いペナルティを受けたけれど、これは致し方ない。しかしそれによりキミの存在はゲームマスターと他のプレイヤーから興味を惹いてね、特別に導入テストの機会を与えてもらった訳さ」
向き合って対話しているが、頭に直接響いてくるような感じがあった。
そして今漸く、エサルハドンが何者なのかはっきりと思い出した。
彼は有翼人シンエイラでイセリアの神担当のプレイヤーだ。
「なあ、エサルハドン?キミの描いた導入シナリオだと、おれは白夜と王都に向かうはずだっただろう?そこから先はおれの自由に生きる、と言う話だったと記憶してるが」
「そうそう、その通り。けどね、その前にシャムシ・アダドから横槍が入ってしまったんだ。灼焔は排除したつもりだったのにさ、まさか生きて舞い戻ってくるとは思いもしなかったよ。あのタイミングで、しかもめちゃくちゃ強くなってるから、今の白夜ではまるで相手にならなかった」
確か、シャムシ・アダドとはエルフの神担当のプレイヤーだった筈だ。
エサルハドンとはゲームの中でも私生活においてもライバル関係にある、と聞いた覚えがある。
予定は大幅に狂ってしまったらしいが、エサルハドンは困っている様子は見せなかった。
むしろ楽しそうにすら見える。
やはり神(=プレイヤー)からすれば、何が起ころうともゲームで遊んでいる感覚なのだろう。
「それで、おれはこのまま灼焔と同行してていいのか?それとも、なんとか逃げ出して白夜と合流すべき?」
「ああ、いや、当分は灼焔と一緒で良いよ。いずれキミの能力が向上した時に、灼焔を殺すか支配下に置いてくれたらなんの問題もないから。むしろ今は灼焔の庇護下にある方が良いかもしれないし。どちらにせよこの場での記憶はアチラには持ち込め無いから、なる様にしかならないのだけれど」
そう……灼焔の魔女がエルフの神シャムシ・アダドの管轄下にあるなら、イセリア人の神エサルハドンからすれば、敵陣営のキャラクターの一人でしかない。
「灼焔の魔女か。魔導具と魂魄結紮前からあそこまで強いキャラクターは、おれも初めてだよ。過去には数多の英雄たちと関係を築いてきたけどね」
「今の灼焔は魂魄結紮なしの状態では史上最強かもしれない。残念ながら基本性能ではアーサーやオーヴァンを超えてる。ササラ人の神が灼焔に
「灼焔の魔女ってエルフの神シャムシ・アダドのキャラクターでいいんだよな?」
「灼焔は、今はエルフの神が利用権を得た元NPCだよ。召喚された異世界人や生成したホムンクルスでは無くて、ゲーム内で自然発生した存在だ。本来、森の民シンアや山岳の民ドラドの様な混血種族はゲームマスターの管轄だけど、灼焔はエルフの血が濃いし能力が極めて高いから、エルフの神が利用権を買い取ったんだ。相当な高値だったと聞いているけど」
エサルハドンと会話している内に、徐々に記憶が蘇ってきた。
しかしまだまだ完全とは言えず、いくつか疑問あった。
「おれは何故、ササラ人の容姿なんだっけ?」
「それはキミが最後は日本人の宮田遼輔として異世界転移したい、と言い出したからだよ。覚えてない?ササラの神からさ、ササラ人のパーツを超高額で売って貰ってキミと私で組み上げたんだよ。パーツ組みからパラメーター調整を繰り返して、完成までに百年近く掛かったんだけど、まだ思い出せないかな?この百年でホムンクルスを生成する方が楽だよ?と何度提案したことか」
「ああ、思い出した!身体能力とかも時間を掛けて調整した記憶があるけど、なぜバランスの悪い能力値なんだっけ?」
「言っておくけど、バランスが悪いのはキミの趣味だから。キミは魂魄力が強すぎて、パラメーターに割り当てるボーナス値が高すぎてね。いきなり強いと面白くないから、と言って敢えてバランスの悪いパラメーターに設定していたよ。ちなみにパラメーター設定はキミの独断だから。わたしはそんな設定では役に立たないから駄目だと何度も幾度も数限りなく、まるで呼吸をする様に説得し続けたけど、キミは全く聞く耳持たずだった」
ああ、思い出した。
パラメーターのバランスが悪すぎると、作り上げたササラ人の身体が崩壊してしまうから最初からやり直しになる……それで宮田遼輔の身体を作り上げるのに百年も費やしてしまったんだ。
「おれに与えられた時間はあと百と七十七年だっけ?」
「ああ、そうだよ。一般的なイセリア人だと三名分の寿命だけどね。次の大戦にキミの魂魄の最全盛がくる様に何百年も掛けてスケジュール調整していたのにさあ。これで最後にしたいとか、もう一度【言語理解】の所有者になりたいとか、キミは我儘ばかり言うから……」
会話をする度に失っていた記憶が蘇ってくる。
おれは千年ほど前にエサルハドンにより、この世界へ召喚されたのだ。
そして、千年の時を掛けてプレイヤーとキャラクターの垣根を越えて仲良くなったことも思い出した。
「いやいや、それは語弊があるな。最後はおれの好きにすれば良いと、先に言い出したのはキミの方だった筈だ。八百二十三年間もおれは他のどのキャラクターよりもイセリア人の為に尽くして来たから、と幾度と無く感謝されていた記憶もちゃんとあるからな」
「オーヴァン……いや、リョウスケ覚えているかい?キミは召喚した当初から特別な存在だった。前回のエルフとの戦争はキミのお陰で勝つ事が出来たし、その後もイセリアの発展のために尽力してくれたからね。以前もこの話をしたが、キミの魂魄が過去十二度の転生の内で、わたしが特に愛したキャラクターはエステルとアーサーとオーヴァンだった。彼らが特別だと感じたのは、他のプレイヤーたちも彼らの人生を注視していたことだよ。そんなキャラクターは過去に前例が無いんだ。それだけ……わたしは勿論だが、他のプレイヤーたちもキミには感謝しているし、最後の人生は思う存分楽しんで欲しいと思っている」
時折、エサルハドンがおれの事をオーヴァンと呼称するのは……リョウスケとして転移するまで二百年近くも、おれをオーヴァンと呼んでいたからだ。
おれにしてもリョウスケと呼ばれるよりも、オーヴァンと呼ばれた方がしっくりとくる。
「他のプレイヤーたちからも感謝されているとは思わなかったよ。でも、思えば聖王アーサーの時は明らかに異常だったと記憶している。他のプレイヤーが、おれのために干渉してくるなんて前代未聞だっただろう?何度か危機的状況を救われたし、多くの魔導具を融通してくれた」
「ふふふ、そうそう!正直な話、それが無ければアーサーはイセリア全土制圧は果たせなかったと思うし。あの時は堅物で有名なゲームマスターもアーサーに肩入れしていたからね。まあそれは後々大きな問題になったんだけどさ。結果イセリア人が大陸で最大の版図を誇る種族となった訳だから、わたし的には良いことばかりだったよ。キミの人生は、確実に他のどのキャラクターよりもエキサイティングでスリリングだから、干渉も鑑賞も堪らなく楽しいんだ」
千年に及ぶ記憶はあまりにも膨大なので、これは恐らくエサルハドンが断片的に記憶を蘇らせてくれているのだろう。
「――ところで、そろそろ原住の民の活動が活発化する頃だったよな?」
「ああ、うん、そうそう。ゲームマスターが敷いた北方防護結界が切れるのが百年後くらいだから、それと同時に大陸規模の大戦争が始まると思う」
「現状イセリアは多くの国に分かれて争っているみたいだけど、あと百年で上手く纏めれるのかい?」
「いやあ、これがまた難しくてね。現状イセリアの独り勝ち状態だからさ、他のプレイヤーからめちゃくちゃ敵視されているんだよ。最悪、他の種族連合とイセリア人の戦いになりかねない状況なんだ」
他の種族の戦力や文明文化レベルなどの記憶は戻って無いが、流石にその状況は不味いのは分かる。
「現状イセリアの最高戦力たるレイエイ王国はウリヤに飲み込まれそうだし、次点のサリィズ王国は灼焔の魔女にめちゃくちゃにされそうってところか。ヴァンダル同盟連合が上手く纏まれば良い戦力になるとは思うけどな。西方のゴーラ王国はどうなってるんだい?」
「ゴーラ王国は殲滅卿オーヴァンに手痛くやられてから、魔法研究に精を出す様になってね。それまで尚武の国って言うか武力一辺倒な国民性だったんだけど、殲滅卿のお陰で上手く修正出来たんだよ。現状はイセリアの中で四番手の勢力だけど……百年後はかなりの強国になっていると思う。地理的に他のプレイヤーからの干渉を受けにくいからね、わたしとしても色々と仕込み易いからさ」
要するに現状最強であるレイエイ王国やサリィズ王国を捨て駒にして、密かにゴーラ王国を育て上げる算段か。
それを考慮すると、他プレイヤーから注目されるおれをサリィズ王国に投じたのも、エサルハドンの思惑が反映されてある筈だ。
実際に現世最強の魔法使いである灼焔を見事釣り上げているのだから、伊達に独り勝ち状態を築き上げている訳では無いという事か。
殲滅卿をゴーラ王国修正のためだけに送り込んでいたとなると、流石に策士過ぎて怖くなってくるが……。
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