第2話:精霊魔法の観点から
「――あの、そもそも灼焔の魔女が何故そこまで強いのか、聞いてもいいですか?」
魔女様がエルフの血を濃く引く森の民だから、イセリア人よりも魔力が高いとか魔法の適正があると言うのは聞かずとも理解は出来る。
しかし森の民やエルフに近しい存在と言うだけでイセリア人を圧倒出来るなら、現在のイセリア人の繁栄は無いのでは?とも思うのだ。
「精霊魔法だけだったら、白夜とサイラスを圧倒する事は出来なかったよ。けど、今の私は神聖魔法が熟練の域に達しているし、ササラの召喚呪法も扱える様になっているからね。要するに様々な魔法や呪法やらを、私なりに統合して上手く機能する様にしてるんだよ」
話ながら魔女様は目深に被ったフードを取った。
丁度朝日が昇り始めた頃で、目に眩い陽光が彼女の赤色の髪を美しく照らしていた。
「つまり、複数種の魔法や呪法を体得してる者の方が精霊魔法だけしか扱えない者より優位に立てる、と言うことですか?」
「いや、それは少し違う。ただ様々な魔法を体得すれば良いと言う訳じゃない。異なる系統の魔法の特徴や長所を取り入れて、自分なりの魔法を創り上げるんだよ。自分の特性に合った魔法を創ると言った方が良いかもしれない。既存の万人に向けの魔法では向き不向きが必ずあるし、乗り越えられない壁にぶち当たるからね。それがさ?自分が好きな様に創り上げた魔法なら、その制限や制約がある程度無くなる訳さ。過去に精霊魔法と神聖魔法を扱う魔法使いの事例は幾つか残っているけど、ササラの召喚呪法まで体得したのは私が初めてだろうから、この領域に踏み込んだ魔法使いは史上初になるだろうね、恐らく」
今までにも白夜やソフィアから魔法の話を幾度と無く聞いていて、精霊魔法と神聖魔法の違いについては考えた事があった。
しかしまだ具体的な差異は理解に及ばない。
成り行きでも灼焔の魔女の弟子となったのだから、最低限各魔法の違いなどは知っておくべきだと思った。
「――では、魔女様が考える、精霊魔法と神聖魔法と召喚呪法の違いとは何ですか?」
「それを答えるには、精霊魔法の観点から話す必要がある事を理解して欲しい。これが何故だか分かるかい?」
「えーっと、それは……恐らくですけど、それぞれの魔法で理論や様式は異なるけど、実際やってる事は同じ、みたいなことですか?精霊魔法の観点で話す理由は……うーん、魔女様が一番馴染みの深い魔法だから。あ、いや、一番正解に近しいからか、精霊魔法が!」
思わず大きな声を上げてしまった。
おれの反応を見て魔女様は嬉しそうに微笑んでいた。
「察しの良い弟子を持つと師匠は楽でいいね。お前の言う通り、それぞれの魔法が提唱してる理論や様式は全く異なる。けど実際に体得してみた結果、根本的には精霊魔法の理論や様式に当てはめる事が出来るんだよ」
「以前ソフィアに精霊魔法と神聖魔法の違いについて話した時に、呼称や様式は違えどやってる事は同じ様な気がすると感じた事がありました。しかしソフィアは精霊魔法には精通して無かったので具体的な答えが得られなかったのです」
「基本的に様々な魔法を研究したり体得する人間は殆どいないからね。どの魔法も幼少期から取り組んで、死ぬまで一つの道を歩むのが常道なんだよ。私やお前みたいな長命種は例外中の例外だから」
それを考えると、その点だけでもおれが魔女様の弟子となった価値はあると言えようか。
「では、改めて精霊魔法の観点からご教授願います」
本来であれば正座をして聞きたい講義だが、流石に走る荷馬車の荷台で正座は自殺行為なので、その心持ちだけに留めることにした。
魔女様は軽く喉を鳴らすと、勿体付けずに話し始めた。
「まず精霊魔法とは、表層魔力と流動魔力を大気に溢れるマナと結実させ、対象物の状態や状況を変化させるもの。次に神聖魔法とは特殊な呼吸法ヤーマにより大気に溢れるエーテル
淀みも迷いも感じられない話し方だった。
魔女様はおれの反応をつぶさに観察しているので、理解度を推し量りつつ語り掛けてくれていると思う。
「では、神聖魔法も実際には表層や流動や深層魔力を使っていると言うこと、ですよね?」
「精霊も神聖も魔法を発動する時に使用するのは表層と流動魔力だけなんだよ。ちなみに表層魔力とは身体に取り込んだばかりのマナで、流動魔力とは表層から深層へ移り変わろうとしてる最中の魔力を指しているんだけどね。一般的には如何にして流動魔力を上手く活用出来るかが、魔法使いの優劣を左右すると言って過言無い。この理由は、各層の魔力量を比較すると明確でね。個人差は多少あるけれど、表層魔力は全体魔力量の一割程度しか無いけど流動魔力は全体の三割もあるんだよ。それゆえに弟子入りして師匠の下でする修行は、その大部分が流動魔力への干渉や活用方法に割かれる」
表層と流動の魔力を足しても四割程度しか無いと言うことは、残りの六割は深層魔力と言うことになるのか。
「では先日の白夜と魔女様の魔法戦は、表層と流動魔力だけしか扱え無い者と深層魔力も扱える者との戦いだったと言うことですか?」
「まあ、そうだけどさ、私はあの時……深層魔力には干渉して無いよ。正直な話、私もまだ深層魔力は上手く扱え無いんだ。制御出来ないから手加減が難しい。あの時に深層魔力に干渉した魔法を放っていたら、恐らく集落と周辺の森も根こそぎ焼いてしまっていたと思う。それは出来ないから、神聖魔法の呼吸法ヤーマで爆発的にマナを増幅させてから、精霊魔法を発動させた訳さ。これを口で言うのは簡単だけどね、精霊魔法しか知らないヤツらからすれば非常識な威力に感じただろうし、何故あれほど圧倒されてしまうのか理解出来なかっただろうさ」
つくづく、我が師匠ながら化け物じみていると思わざるを得ない。
長命種だから、エルフの血を引いているからだけでは片付けられない凄味を、魔女様からは強く感じる。
「その呼吸法で魔力を増幅させていたとは言え、深層魔力に干渉しなくても圧倒出来たと言うことは、基本的に魔女様は全体魔力量が多いと言うことになりますよね?それは端的にエルフの血を引いているからですか?それとも様々な魔法を体得したからですか?」
「その両方とも当てはまると思う。後はサラマンダーとイフリートを取り込んだからかな。精霊種の魔獣ってさ、純粋な単一魔力だから。ササラの
「え?それって……ササラ人は全員深層魔力に干渉出来ると言うことですか?」
「いや、これがさあ……そんな単純な話じゃあ無いんだよ。綜呑呪法ってのはね、精霊種を体内に取り込むだけの呪法だからね。精霊種は取り込まれる前までは大気のマナを喰らって生きてる訳だけど、取り込まれてからは餌を求めて体内で一番膨大な深層魔力に喰らい憑くんだ。そこに喰らい憑かせてから精霊種と深層魔力を馴染ませるのが、この魔紋ってことになる」
そう言うと魔女様はローブを捲り上げ右足の太腿あたりにある赤色の魔紋を見せてくれた。
白く美しい内腿に描かれた雄々しい火蜥蜴だ。
仄かに輝きを放ち僅かに蠢く様子は、取り込まれてはいるが未だ魔女様の身体の中で生きているのだと感じさせてくれる。
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