第19章:魂魄結紮

第1話:オークの森へ

ぺしぺしと頬を叩かれ意識が拓いた。

薄っすらと目を開けると、ザーフィラの顔があった。

そして彼女は「――おい、リョウスケ起きろ。出立するぞ」と、寝覚めに鋭い声を放ってきた。

それでも尚、呆けた顔をしていたからか追撃でパンパンと頬を叩かれる。

先ほどとは違い、今回は優しさが欠片も無い。

「ちょ、ちょっと待って!起きたから!すぐ準備するから!」

すぐに身体を起こし彼女を押し退けようとしたが、まるで岩の様な体幹でびくともしない。

仕方なくおれの方から距離を取った。

ドナルドはまだ深い眠りの中にあり、その周囲にはカン砦の兵士たちが雑魚寝をしていた。

その光景を見て、漸く昨夜の記憶が鮮明に蘇ってきた次第だ。

「魔女様が今からオークの森に行くってよ。リョウスケは着の身着のまま来てくれれば良いって言ってた」

そう言うザーフィラの格好は昨日とは異なっていた。

革製のブレストアーマーに指先の出たグローブを装着している。

革鎧だが、心臓辺りは金属製の素材を組込んでいるみたいだ。

ブーツも昨日の物と比べると、しっかりとした革製で膝下辺りまで保護してあった。

その上で左右の腰元にはそれぞれ曲刀を携えている。

クセの強い黒髪は後ろで束ねてあるので、さながら侍の様な佇まいだった。


「今日は物々しい格好だね。今からオーク討伐に行くってこと?」

聞くまでも無い事だったが、寝てる間に脱いだであろうブーツを履きながら尋ねてみた。

「周囲に人が居ない状況下で、魔導具と魂魄結紮させたいらしい。成功しても失敗してもオークどもが襲って来る可能性が高いから、取りあえずの装備を砦の兵士から借りたんだよ」

普段から人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているが、今朝の彼女は殊更それが強く感じる。

まるで殺気を放ってる様な……と言って過言無いくらいだ。

酷く喉が渇いていたので、近くにあった水瓶から手酌で水を掬い喉を潤した。

どれ程睡眠が取れたのか分からなかったが、腹は空いておらず二日酔いでも無かった。

おれの準備が整うと、ザーフィラはまるで殴り込みにでも行くような感じで荒っぽく外へ出て行ってしまった。

その後を追い、おれも早足で宿酒場から外へ出る。


空は薄暗いが東の空は光が射し始めていたので日の出前と言った頃か。

息が白くなるほどでは無いが、肌寒い。

店前には荷馬車が用意してあり、荷台には魔女様がローブに包まり座っていた。

ザーフィラは操縦席に飛び乗りいつでも出立出来る態勢だった。

日が出て無い薄暗い状況では、ファンタジー世界が殊更幻想的に目に映る。

荷台の後ろに着くと魔女様が「今日は荷物が無いから、荷台に乗って良いよ」と告げて来た。

そう言われ荷台に乗り込む。

颯爽と飛び乗りたい所だったが、おれの運動神経で無茶をすると怪我をしかねないので、車輪に足を掛けよじ登る様な感じになってしまった。

おれが魔女様の対面に腰掛けると、ザーフィラは緩やかに馬車を走らせ出した。

「あれ?ソフィアはどうするんですか?」

操縦席のザーフィラにも届く様に、大声で尋ねてみる。

すると魔女様は「ソフィアは頬を抓っても起きないから置いて来たよ」と、口許に意地悪な笑みを浮かべていた。

そう言われてみればソフィアは、昨日集落を出立する際も眠気眼を擦りながらだったので、寝起きが良さそうでは無い。


魔女様はフードを目深に被ったままだったが顔をこちらに向けていたので、引き続き語り掛ける事にした。

「このままオークの森へ出掛けて、またカン砦へ戻って来るんですか?」

「ああ、私たちのお宝を預けてるからね。そこでソフィアとドナルドたちをを拾ってトリス街に向かうよ」

「オークの森の近くで、ザーフィラは魂魄結紮をするんですか?」

おれは話しながら周囲へと目を向けていた。

荷馬車はカン砦を出るとすぐに道を外れて、進路を西方へと向けている。

「ひと気の無い所で魔力結紮したいんだ。過去に魔力暴走を起して周囲の人々を巻き込んだ事例があるからね。一応結界の中でやって貰うし私も最善は尽くすけどさ、絶対に失敗しないとは言い切れないから」

「もし魔力暴走してしまった場合、当事者はどうなってしまうんです?」

この場合当事者とはザーフィラの事だが、なんとなく名前を出すのは避けてしまった。

「魔力暴走を引き起こしたら、狂って周りにいる奴らに襲い掛かるか、増大する魔力を抑えられ無くて爆発する……と聞いた事があるよ。まあ、そうなる前に私がと魔導具との魔力的な繋がりを遮断するから、問題は起きないと思うけど、ね」

おれに乗じて魔女様も固有名詞を出さなかった。

しかし、おれたちの会話はザーフィラの耳に届いていると思う。


「危険を冒してまで魔力結紮をする意義は、強大な能力やギフトが得られるため……ですよね?」

「人それぞれだと思うけどさ、純粋に能力やらギフトの為に魂魄結紮すると言うよりは、何か目的や使命を果たすための手段として魔導具を選び魂魄結紮するべきだと、私は考えている。知っての通り私には目的があるし、ザーフィラにも果たすべき使命があるってことだよ」

ここで漸くザーフィラの名前が出て来た。

魔女様の言い方だとザーフィラの使命とは、この地で多民族国家を興すのとは別の道である様に聞こえた。

彼女もドナルドも同じ仲間として一つの目標に向かっているものだと思っていたが、必ずしもそうでは無いと言うことか。

戸惑い……とまではいかなかったが言葉を返さずにいると、魔女様的に何か察するところがあったのか更に話しを続けてくれた。

「――人それぞれだと言っただろう?ウリヤ人のあの子が、何故イセリアの地にいるのか考えれば、自ずとその目標なり使命なりは知れるさ。興味があるなら直接本人に聞いてみる事だね。お前なら、言葉の力で現状を打破出来る解決策を産み出せるかもしれないし」

この時おれは操縦席へ目を向けていたが「言葉の力」と聞き、魔女様へと視線を戻した。

昨夜グレッグが寝落ちたあとに少し話したが、この件に関してはもう少し相互理解を深めて置くべきだろうと思っていた。


「そういえば白夜は、おれと宮廷で働く若者たちと会話させたいと言ってましたね」

あの時はおれ自身が【言語理解】の特別な能力に気が付いて無かった。

しかし白夜……大先生は何かしらの気付きを得ていたのだと思う。

「素性も得体も知れないお前を王都宮廷に連れて行こうとしてたんだからさ、アイツなりに何か思うところはあったんだろうさ」

「魔女様は、初めておれを見た時に何かあると思ったんですか?ササラ人の外見以外に異質な事ってあるのかどうか知りたくて」

「最初にお前を見た時は、なんだこのササラ人は全く魔力が無いのか?気持ち悪いヤツだな、って感じたよ」

魔女様は毒を吐く時は大抵口許に笑みを浮かべているが、今は至って真顔で冷静な口調だった。

要するに冗談では無くて本気でそう感じたと言うことか……。

「それで、白夜と一戦交えてから魔力感知でおれの魔力を探った感じですか?」

「あ、いや、お前に対する魔力感知は馬車から降りた時からしてたよ。白夜とかサイラスの魔力感知はサイカ宿に居た頃からしてたんだけどさ、お前はこの目で見るまで存在すら気が付かなかったんだよ。今思うとさ、あの時に私が興奮状態にあったのは、お前という存在を見つけてしまったからかも知れない。この世に私の魔力感知に引っ掛からない存在があるなんて信じられない……って言う悦びなんだけどさ?こう言う感覚わかるかな?」

いや、その悦びに関しては分からなくも無い様な気がするけど。

そんな事よりも驚いたのは、白夜とサイラスとの魔法戦の片手間で、魔力感知やらなんやらしてたって事だ。

確かに空中魔法陣が沢山浮かんでいた記憶はあるけれど。

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