第8話:おやすみなさいませ、現世の聖人殿

左からドナルド、魔女様、おれの順で横並びで座り深い眠りに落ちた城塞隊長のことを見ていた。

おれ自身は何度も昏睡魔法を掛けられているが、こうして目の前で瞬間的に眠りに落ちる様は異様であり驚きがあった。

それから最初に口を開いたのはドナルドで。

「あの、実は……私もリョウスケの言葉を聞き、胸中が夢や希望に溢れる様な気分になってました。しかし、グレッグの言い分も分かる気がします」

彼の声は少し震えて聞こえた。

【言語理解】が他者に対して何かしらの影響があり、それがポジティブな心象で嫌な思いでなければ、おれとしても救われる思いがするけれど。

「リョウスケのギフトは周囲への影響力がかなり強力だね。そう言う効果を秘めていると分かっている私たちですら、激しく心を揺さぶられてしまうのだから。何も知らないでリョウスケの言葉を聞いてる奴らは、私らよりも強い衝動を受けてる筈だよ」

やはり魔女様はこの宴の場を、おれのギフトの実験場に見立てていた様だ。

「魔女様?ギフトの特殊効果の発動に関してですけど、他者に影響を及ぼす際に魔力的な感知は出来ないのですか?」

ギフトとは制御出来ないが他者へは魔力で干渉している……と言うのがおれの解釈だが、果たして魔女様はどう見てるのか。


「ギフトの他者への干渉は魔力によるものだよ。ただ、リョウスケに関しては私では魔力感知出来ない。アンタの場合は時空間魔力で干渉してるだろうからね。ああ、そうか、だからこそ効果てき面なんだよ。アンタ以外は時空間魔力が殆ど無いから抵抗力が無いんだ」

これは腑に落ちる解析だった。

そして改めて【言語理解】は……いや、おれという存在はチート過ぎるよなと思い至る。

「ギフトとは神から与えられし能力で、制御不能だと白夜から習いました。しかしギフトを育てる事は出来そうだよな、と考えてます。これに関して魔女様はどう考えますか?」

テーブル席だが横並びで座っているので、まるでカウンターバーで飲んでる様な感覚だった。

「ギフトは育つけど、具体的な育て方は分からないね。それこそ持って生まれた才能なのかな?と思う。もしくは個人の成長に準ずる……いや、待てよ。もしかしてギフトとは深層魔力に宿っているのか?」

「ギフトの他者への影響が魔力に寄るものだとしたら、深層魔力に宿っていても不思議は無いと思います。そうであれば、ギフトを意図的に育てる事も可能では無いですか?」

「うーん、意図的にギフトを育てる、か。深層魔力の蓄積がギフトの成長に繋がってそうな感じはするけど、これを意図的に蓄積するってのが難しくてね。深層魔力への干渉はなんとかなりそうだけど……」

魔女様にしては珍しく言葉を濁していた。

魔法学の最先端にいるであろう彼女を以ってしてこの有様なのだから、深層魔力もギフトと同様に神の領域と言えるのかも知れない。


「――そうなると、もしかしたら臓器と似た様な感じかも知れませんね」

それは思わず口をついて出た。

いつも通り確信は無く、幾つかギフトや深層魔力や臓器には幾つか似た点があるかもな、と思ったのだ。

「臓器って心臓とか胃の事を言ってるのかい?」

「ええ、はい……そうです。心臓は自分の身体の中にありますけど、自分の意志で動かしたり止めたり出来ないですよね?胃も同じで、自分の意志で物を食べる事は出来るけど、自分の意志で消化したりそれを止めたりは出来ないです。これはギフトとほぼ同じ条件だと思いませんか?個人が有しているけれど思い通りに制御出来ない、と言う点では全く同じと言っても良いくらいです」

おれは魔女様の横顔を見ながら話していたが、彼女が目を見開き驚く様が見て取れた。

「それは……確かにそうだね。しかし、ギフトは全く別物に成長を遂げる時がある。心臓や臓器は強くなったり弱ったりはあっても別物へ変化する事は無いだろう?」

「確かにその点に関しては全く別物と言えます。あの、少し話を変わりますけど、ギフトとは……ギフトが宿るのが先なのか能力値が成長して習得するのが先なのか分かりますか?これは卵が先か鶏が先かって因果性の問題と似てるんですけど……。能力値がある一定の数値に達するとギフトが発動するのか、能力値に因果関係は無く何らかの要素でギフトが顕現し能力値に影響があるのか。おれは前者の可能性があるのでは?と考えてます。そうなると身体能力や属性魔力などを向上させることで、ギフトが増えたり改変したり出来たりするのかも知れません。要するにこれに寄り、ある程度意図的に望みのギフトを獲得できるのでは?と言うことなのですが」

魔女様は最早おれの方へ身体を向けて会話に臨んでいた。

ドナルドに至っては魔女様の後方側に椅子をずらして聞き耳を立てている。


「いや、能力値の上昇とギフトとの因果関係は否定出来ないが、それが全てでは無いと思う。先天的に強力なギフトを秘めて生まれて来る者もいるからね」

魔女様は興奮の面持ちだった。

おれの弁舌に対し否定的な言葉を投げ返してくるが、楽しくて仕方なさそうな雰囲気が滲み出ている。

「先天的に有してるギフトですか……。ああ、そうか、もしかしたら裏パラメーターがあるのかも知れませんね。天啓の石板で能力値が表示されますが、あの能力値って戦闘に関係あるものばかりでした。実際はアレ以外にも測定出来ているけれど敢えて表示して無い可能性があります。何故表示しないのか、隠すのかと言うと……恐らくそれはギフトの育成や改変に直結する様な能力値や指標だからでは無いでしょうか?そう、だから、何かしら条件を満たせば、天啓の石板は更なるアップデートをする可能性がありますね」

自分でも驚くほどすらすらと言葉が湧き出て来る感じだった。

魔女様もドナルドも呆気に取られていた。

「――おい、ドナルド?今、リョウスケのギフトに飲み込まれた感覚があっただろう?明確に、強烈に。【言語理解】は本当にヤバいギフトだよ。聖人エステルがリョウスケと全く同じ能力だったら、そりゃ世界から戦争が無くなるわってさ、冗談では無く、本気でそう思うよ私は」

「先ほど魔女様はリョウスケの論説に異論を投げ掛けてましたが、私などは反論の余地無しと言いますか、彼の言葉を信じる他無い様な気持ちになってました。しかしギフトの効果はさて置き……今リョウスケが語ってくれた事は、過去聞いたどの論説よりも真実味があると言いますか、得心がいくといいますか……いや、この感覚すらも彼のギフトの影響なのかも知れませんけれども」


この二人への影響力を鑑みて思うことは、魔女様が出会った当初の好戦的な感じが薄まったのは、おれとの対話を重ねたからでは?と、言うことだ。

聖人エステルがどの様な人物だったか詳細は分からないが、おれと同様に明らかに戦闘向きでは無い能力値やギフトであった場合、誰と話すにしても争いを避ける様な言論になると思う。

その行く着く先に世界平和があったというだけの話なのではないだろうか?

それを考えると、魔女様が今後の目標を魔獣や亜人種狩りへシフトしたのは、おれが中二脳で語り掛け続けた結果の可能性があるのか……。

要するに魔女様の恨み辛みを塗り替える程の修正力が、おれのギフトには備わっているのだ。

(もしかして、おれが世界征服を本気で望んで生活を送れば、魔女様は世界征服を目指し始めるのか?)

古代の聖人エステルが【言語理解】を以て世界平和を成したのなら、今の世でおれが【言語理解】を以て世界制覇を為す事も……事実上は不可能では無いはず。


色々と思うところがあり更なる探求を……と思っていたが、ここでキーリーが再び宿酒場へ顔を出した。

彼女はおどおどとしつつおれたちのテーブルへ近づき「――ま、魔女様、私どもの方で宿舎にて魔女様用の寝間を用意致しましたので、就寝の際は是非そちらでお寛ぎ下さい、ませ」と、うやうやしく頭を垂れた。

魔女様もまだこの場で喋りたそうな感じもあったが、心優しき彼女はキーリーの申し出を素直に受け取り、席をたった。

「――明日は朝からオークの森に向かうから、起きたら直ぐ発てる様に、宜しく」

そう告げると、魔女様はキーリーに連れられて宿酒場から出て行った。

ドナルドと二人残され、おれは彼とは腹を割ってじっくりと話したい……と思っていたが、流石に今日はもう寝ようということとなり、酒場の奥の寝所(床に雑魚寝)で身体を休める事にした。

酔いはかなり回っているので、横になったらすぐに寝落ちそうになったが、寝る寸前にドナルドが「トリス街に戻ったら、リョウスケに会わせたい人物が沢山います。私は彼らと貴方がどの様な話をするのか楽しみで仕方ないです。今日はもう寝ますが、トリス街では夜通し話す機会も多々あると、心しておいてください。では、おやすみなさいませ、現世げんせいの聖人殿――」

彼はそう告げると、すぐに健やかな寝息をかいていた。

それに釣られて、おれもすぐに寝――。


第18章

宿酒場にて宴

END

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