第7話:言葉に力が有り過ぎる

そして魔女様は「――じゃあ次は、リョウスケの意見を聞こうか」と言った。

ドナルドの素晴らしい考察の後に、おれなんかが何か言うことがあるのか?と本気で思ってしまう。

気持ちの入って無い会議で、いきなり上司から革新的な解決策を求められた時の様な気分だ。

しかしダンマリを決め込む事も、特になしと切り捨てることも出来ないので無理やり口を開いてみることに……しようとした刹那、頭の中にふっと話すべき文言が舞い降りてきた様な感覚があった。


「――そうですね、例えばですけど騎士制度を変える事とか出来ませんか?現状、騎士が荘園や農村の管理運営をしてるそうですが、そもそも戦争に出ていつ死ぬかも分からない人物に領地の運営を任せるのは無理があるし、効率的では無いと思うのです。現行の騎士家は解体し、戦闘職と管理職とで完全に分業してしまった方が良いと思います。それが可能であれば、現在ある騎士家に拘る必要は無くなります。戦争は戦闘に特化した者に任せ、荘園や農村は管理能力に長けた者に任せれば良いのです。これから先の時代は、貴族家や個人に対して忠誠を誓う騎士が必要なのではなく、国家に尽くしてくれる人材が必要になります。農民だから駄目、豪族だから駄目、異民族だから駄目と言って才能を切り捨てていては、いつまで経っても国も組織も繁栄しませんからね」

思わずつらつらと述べてしまった。

しかも騎士グレッグを目の前にして。

話したおれ自身が驚く様な内容だった。

魔女様は「くくく……」と笑っており、ドナルドは咳込んだり喉を鳴らしたりしていた。

そしてグレッグは「要するにリョウスケは騎士そのものを無くしてしまえば良い、と言いたいのか?」と尋ねて来た。

これが100%おれの思想で意見なのか分からなかったが、しかし発言した内容を思い返した限り間違った事を言って無いと言う自信はあった。

「戦いにおいて騎士と言う存在は精神的支柱として必要だと思います。それこそ戦場で指揮権を有する者を騎士とすれば良いのでは無いでしょうか」

「それで、荘園や農村の管理運営は農民や豪族の出の者に任せろと?」

「騎士家に出自がある者でもいいんですよ。誰でも良いと言うのは語弊がありますが、出自が王侯貴族であろうが戦災孤児でも構わないのです。戦争と領地運営のどちらもでは無くて、しっかりと管理運営の教育を受けた者に専業させるべきです。人材育成に関しては街に学舎を設けて人を集め教えれば良いと思います。荘園や農村の管理運営にどれ程の労力が必要か知りませんが、才能ある者に一年も教えればしっかりと仕事をしてくれる筈です。現役引退した騎士などを講師に招いてご教授頂ければ効果的だと思います」

これを聞きグレッグは唸り声を漏らした。

今回は完全におれの意見だと断言出来る。

いや、最初の弁論も内容的には自分の思想や意思が織り交ざっているが……それをあのタイミングでオブラートに包む事無く発言するのか、おれが?と思ってしまったのだ。

酔って調子に乗って大言壮語を吐く時とは違った感覚があった様な気がする。

しかし今それを追求し始める事は出来ないので、気持ちを切り替える事にした。

今の議題に関して。

正直な話、この世界の荘園制や騎士のシステムを理解してる訳では無いので細かい所を突っつけば幾らでもボロが出てしまうが……しかし現行の管理運営方法ではいずれ破綻してしまうのは目に見えていたので、引き続き強気な発言で押してみよう。


唸り声の後、グレッグはクヴァスで喉を潤し再び口を開いた。

「では、リョウスケに問う!騎士に関して大言を吐いたお前は、貴族制に関してはどう思うのだ?王族は?ヴァース教を牛耳りのさばる上位聖職者どもは?」

グレッグの口調は当初よりもかなり粗ぶっていた。

このまま調子良く受け答えていたらその内斬られるかもな……と思いつつ、ここは引くべきでは無いと言う思いが強かった。

「貴族制は廃止するべきです。特権階級が世襲されるのは不平等極まりないので無くした方が良いでしょう。王族に関しては、国民から敬愛されているのであれば、尊い血筋として継承すれば良いのでは?と思います。国民の血税を貪るだけの王族であれば、これも貴族と同様に廃するべきですね。ヴァース教に関しては完全に武装解除し神聖騎士団などの無頼は即刻解体してしまえば良いと思います。常軌を逸した異端審問などは言語同断であり、宗教家に裁判権は不要ですし刑の執行などさせてはいけませんよ。他宗教を信仰する者や無神論者を弾圧する様な宗教は徹底的に糾弾して、その在り方が変わらぬのであらば解散させましょう」

暴論なのは百も承知だった。

しかしこれくらいのインパクトが無ければ、この世界の凝り固まった常識や思想は打ち崩せない。


グレッグは空になった器を口に付け、すうっと息を吸っていた。

おれの事を奇妙な生き物を見る様な目で見ている。

それから彼は酒桶からクヴァスを掬い、ゆっくりとまるで白湯を飲むような感じで喉を潤していた。

「いや、ちょっと待ってくれ。なあ、魔女さん?このササラ人は一体何者なんだ?なんでこんな……黙って聞いてりゃ、めちゃくちゃな事ばかり言いやがって」

魔女様へと語り掛けているが、グレッグは依然おれの事を見ていた。

「面白い事を言う奴だろう?めちゃくちゃな事を言ってる様に感じるかも知れ無いけど……グレッグ?この変なササラ人が言ってる通りの世界って魅力的に感じないかい?」

「そりゃ、まあ……そう感じるけどよ。けどな?それこそ夢物語でしかないだろう?コイツが言った事を実践するって事は、世界のほぼ全てを敵に回す様なもんだぜ?」

「いや、それは違うね。世界のほぼ全ての特権階級を敵に回すだけだよ。全ての人間を敵に回す訳じゃない」

「いや、だからっ!その特権階級の下に、全ての民衆がぶら下がってんだって!魔女さんだったら全ての特権階級のヤツらをぶち殺せるかもしれねえがよ、それを果すまでに一体何人のぶら下がった民衆たちを殺す気なんだ?世界を巻き込んだ大戦争を起こす気かよ!?」

最早怒声だった。

初見ではここまで情熱的に言葉を吐く人物に見えなかったが、これこそが彼の本性なのだろう。


「――グレッグ?そろそろ極論のぶつけ合いは止めよう。おれも魔女様も短期間で社会の構造を激変させようとは考えて無いんだ。少しずつ、今よりも生きやすい世界を創りたいだけだから」

相手が城砦隊長なので今までは言葉遣いに気を付けたが、思わず対等の言葉で告げてしまった。

「それで、その生きやすい世界の構築の為に、手始めに騎士家を潰すのか?」

「騎士家を潰すのが目的では無くて、騎士家が抱えている仕事を分業制にしたいだけだよ。有事の際は戦場で兵士を指揮し、平時は魔獣や亜人種の討伐に注力すればいい。もっと言えば戦場専門の騎士や、魔獣狩り専門の騎士とかが存在してもいいのでは?と思う。その道に特化した専門家を育て、その技術を後継に引き継いでゆける様な環境を整えたい。これは荘園の管理でも同じことが言えるんだよ。管理職も専門家を育て、経験や知識を次の世代へ継承出来る構造にしたいんだ。なあ、グレッグ?騎士とはそもそもは馬に乗って戦う人の事を指す言葉だろう?要するに完全な戦闘職って事だよ。それが時代が流れて貴族から仕事を押し付けられる形で、荘園や農村の管理運営まで委ねられる様になってしまってる。おれが言いたいのは、騎士を本分に戻そうって事なんだよ。騎士家を潰したり、貴方たちの名誉や誇りを汚す為に行動を起こそうとしてる訳じゃ無い事は理解して欲しい」

ここまで言葉を尽くして納得が得られない場合は、一旦引くべきだと考えていた。

グレッグはおれの話し途中から目を閉じて聞いていて、おれの言葉が切れると静かに目を開けた。


「こりゃあヤバいな。コイツは言葉に力が有り過ぎるぜ。最初は懐疑的に聞いていたが、今はもうリョウスケの言う通りにすれば全て上手く行くんじゃねえか?としか思えなくなってやがる。いや、今でもイセリアの騎士の……イセリア人の在り方を、なんで変なササラ人にズケズケと言われなきゃなんねえんだよって思ってはいるんだ。だが、コイツの言葉は、そう言う苛立ちや懐疑や反感の上から容赦なく夢や希望を塗り込んで来やがるぜ。くそ……なんなんだよ、くそっ!」

そう悪態をつくと、グレッグは立て続けにクヴァスを呷り始めた。

彼の言うことを聞く限りでは、おれが理論で言いくるめた訳では無く【言語理解】の効果が絶大だったと思える。

このまま泥酔状態となったグレッグと話すのは厳しいかもな……と思っていたら、魔女様が指を鳴らして彼を眠らせてしまった。

相変わらず素晴らしいお手並みだった。

魔女様としても、今宵はここが引き際と考えていたみたいだ。

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