第2話:カン砦の現状
百年の怒りに関しておれの意見を告げた所、魔女様は「リョウスケのそう言う感覚は、私と近しいのかもね」と言い、この話題はこれで終わりとなった。
いや、終わらされたと言うべきか。
おれたちの会話に一人の陽気な男……ドナルドが介入して来たのだ。
「――やあやあ、皆さんごきげんよう!難しい顔して何か問題でもありましたか?」
彼はかなり酔っているのか、赤ら顔でかなり酒臭かった。
その様子を見て魔女様は舌打を鳴らし、ソフィアは眉を顰めて鼻先を摘まむ仕草をしていた。
「ドナルド……お前、酒ばかり飲んで遊んでたんじゃないだろうね?」
魔女様はドナルドの胸倉に裏拳を当て詰め寄る。
怒ってると言うよりは呆れ声に聞こえたが、ドナルドは顔を引き攣らせ後ずさっていた。
「ちゃ、ちゃんとシゴトはしてますよ。私の場合は楽しい酒の場を提供するのもシゴトの内ですからね。取りあえず仕入れた情報をお伝えしたいので、場所を移しましょう。領軍の方とは話を付けているので、今晩は荷馬車を預かって貰える事になってます。ザーフィラ?荷馬車を砦の方へ回してくれ!」
ドナルドの指示を受けたザーフィラは、苛ついた反応を見せていたが逆らう気は無いらしく再び操縦席へと乗り込んだ。
そしてそのまま荷馬車を走らせ始める。
「――荷馬車の方は私の仲間に見張らせておくので心配御無用です。それで魔女様……リョウスケとソフィアは我々と志しを共にする仲間、という認識で宜しいですか?」
ドナルドは依然赤ら顔だったが、ここで少し雰囲気を変えた。
その目線からおれの事よりもソフィアの存在を気に掛けている様に感じる。
「リョウスケは私の弟子にしたよ。コレは所有ギフトと能力値が異質過ぎるから手放す事は出来ないからね。ソフィアはリョウスケの護衛役を任せている。二人とも志しを共にする仲間……ってことで良いんだっけ?」
ここまで来てその問いを平然と投げ掛けてしまう魔女様のお人柄に、おれとソフィアは思わず笑みを零してしまった。
その様子を見ていたドナルドは若干困り顔を浮かべていたけれど。
「おれは……魔女様の志しに関しては概ね理解出来ていると思ってますし、賛同もしてます」
ドナルドは場所を移して話をしたそうだったし、周囲に人がいたのでこの場では意思表示だけにして具体的な内容は避けた。
おれに続いてソフィアが口を開く。
「私は、まだ魔女様の事をよく知らないけど……リョウスケの事は護らなければならない存在だと感じているの。父親が宮廷薬師だから疑われる事もあると思うけど、魔女様やその仲間に対して不義理を働く事は無いわ。魔女様が不利益を被る様な情報を流したり売ったりする事は無いと、今ここで誓います」
今居る中で誰よりも誠実で真面目なソフィアは、真っすぐに魔女様を見据えて宣言をしていた。
彼女の人柄からしてその言葉に嘘は無いだろうし、出会ってからまだ日は浅いが仲間を裏切る様な人物では無いと言い切れる徳の高さを有しているのだ。
「ドナルドの懸念も理解出来るけどね、私はこの二人を信用するよ。だからさ、情報も秘密も共有しておきたい」
この言葉を聞きドナルドは、細く長く息を吐いていた。
身体の内に溜まった緊張を吐き出す様な行為に見えたので、陽気な振る舞いは見せていても魔女様が相手では平常心が保てないのかも知れない。
「――分かりました。では、既に酒の席を設けてますが、そちらに向かう前に少しお話したい事がありますので、どうぞこちらに……」
そう言うとドナルドは道から外れ、乱立する建物の間を通って薄暗くひと気の無い場所へとおれたちを導いた。
おれや魔女様はその容姿から他の誰よりも目立ってしまうので人目は引いたと思うが、周囲に誰も居なければ聞き耳を立てられる事も無い。
薄暗がりの中でドナルドが立ち止まると、彼を起点におれ、魔女様、ソフィアの順で向き合い輪を作った。
「ドナルドはウリヤ語は話せないのかい?」と魔女様はいう。
全員がウリヤ語の理解があればイセリア人の文化圏では秘匿性の高い会話が成立するが……。
「私は、挨拶程度は出来ますが日常会話になると、なんとなく聞き取れる程度です。重要な会話は細かな言い間違いや聞き取り間違いを防ぐために、イセリア語で行う事にしましょう」
密談モードに入ってから、ドナルドはほろ酔い気分を微塵も感じさせなかった。
商売人ならではだと思うが、この切り替えの早さは流石としか言いようが無い。
「――じゃあ、取りあえずカン砦の現状から教えて貰おうか」
いきなり知らない名前や地名のオンパレードだと理解が追い付かないと思ったが、魔女様にしても二十年以上振りのカン砦となるので、現状把握からになる訳だ。
「はい、カン砦は現在かなり複雑な状況下に置かれてます。この砦はそもそも第一次森林戦争時に建立されました。王家の起こした戦争なのでルードアン辺境伯領にありますが建設費は王家が出したそうです。支配権は辺境伯ヴェッティン家に与えられました。第二次以降の森林戦争では、開戦と共に支配権が王家へ移譲され終戦と共にヴェッティン家へ返還されていたみたいです」
ドナルドの説明は現状だけかと思っていたが、どうやら彼の調査は本格的で歴史的な経緯も含まれているらしい。
魔女様的には
「そうそう、とにかく複雑でややこいしいんだよ。辺境伯領だけでこの地方の問題は切り盛り出来ないから、サリィズ王国建国当初から王家やらアードモア公爵やらが様々な権で絡んでくるからね。それが面倒だから師匠は支配権を投げたし、私もそれに倣ったって話になるのさ」
「生き字引である魔女様から同意を得られますと、私の調査の信ぴょう性も高まりますね。では、現在のカン砦ですが、本来の支配権はヴェッティン家が有してます。それを王家が代行で統治してる訳ですが、トク砦の方の運営費用は王家が出しておりカン砦の運営費用はトリス街が出してる、みたいです」
「ん?カン砦の運営費用をトリス街が?じゃあ現在カン砦の守護兵は王国軍じゃ無くて公爵領軍になるのかい?」
筆記用具があればメモしておきたい内容だったが、ここは必死に聞いて頭に刻み込むしかない。
ソフィアも真剣な眼差しで発言者の方へ顔を向けて聞き入っていた。
「はい、カン砦の守護兵はアードモア公爵領兵になります。貴族がトリス街に邸宅を構え始めたのが百年程前になり、その当時から領地は王家が代行統治してますがカン砦の支配は公爵領軍が行っているらしいですね。王家の戦略的に重要なのはトク砦で、カン砦には常駐兵を置く気が無かったのかも知れません。しかし砦を放置すれば賊などが占拠する可能性がありますし、トリス街に住む貴族からすれば近郊であるこの地域が無法地帯になるのは避けたかったのだと、私は推察します」
ドナルドの言う通り、確かにカン砦は複雑な状況下にある。
しかし、この地を王国軍ではなくて公爵領軍が治めている事実は、結果的に良かったのでは?とおれは感じた。
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