第9話:逸れオーク
カン砦へ繋がる道の先には、サイカ宿へ向かうであろう行商人の一団が見えていた。
このまま進むと商人らに被害が及ぶ可能性があると見たのか、ザーフィラは馬車を停車させ操縦席の上に勇ましく立ち上がる。
魔導具では無い方の曲刀を鞘から抜き、二度三度と素振りをしていた。
問題の逸れオーク三体は、荷馬車から五十メートルほどにまで迫っている。
ここまで接近するとその姿は鮮明に目に映った。
黒茶色をした毛むくじゃらの猪頭に、同じく毛だらけだが人型の身体だ。
何も身に纏っておらず、それぞれ雄の象徴をブラブラとさせている。
人間の身体に猪の頭では無く、ゴリラの身体に猪頭と表現した方が良いかも知れない。
オークらの標的は明らかに荷馬車で、おれや魔女様の方には全く興味を示さなかった。
ザーフィラは見るからにヤル気満々だったので、ここはウリヤの女戦士に任せるのかな?と思ったが、その前に魔女様はだらりと下げていた右手を軽く振り上げた。
一呼吸分程度の間が空いた後に、オークらの進行方向に轟々と燃え盛る炎の壁が出現した。
地面にも空中にも魔法陣を描いた様子は無かったので、これは脳内で処理する仮想魔法陣を使い発現させた炎の壁なのだろう。
急に眼前に現れた炎の壁に行く手を遮られたオークらは、訳も分からず雄叫びをあげていた。
かなりの興奮状態で手にした木の棒でガンガンと地面を殴りつけている。
そして荷馬車は諦めたのか、今度はおれと魔女様の方へと向けて駆けだして来た。
二メートルはあるであろう巨体が叫びながら突っ込んで来る様は、恐ろしくて思わず二歩三歩と後退ってしまった。
「初めて見るオークだからデカく見えると思うけど、こいつらは他のに比べて弱かったり小さかったりで森を追い出されたヤツらだからね。私の弟子ならこれくらいで怯んでんじゃ無いよ」
魔女様は情けない弟子にそう告げると、今度は右手をオークたちへと向けた。
そして「いでよサラマンダー。その業火で眼前の猪頭を焼き尽くせ!」と言い放つ。
普段より強い語気だった。
その直後、魔女様の右手の周りに三つの火球が現れる。
それぞれ拳大程度の大きさで激しく燃え盛っていた。
三つの火球は魔女様の手や腕に纏わりつく様に回転した後、それぞれが三十センチほどの火蜥蜴へと変化した。
(ああ、これが召還魔法なのか……)と思い至った瞬間、火蜥蜴たちは魔女様から飛び立ちオークに攻撃を仕掛ける。
木の棒を手に暴れるしかないオークたちは、空中を華麗に舞い飛ぶ小さな火蜥蜴に為す術が無い。
一方、火蜥蜴たちは空中に有りながら口から火を吹き、巨大なオークの身体を焼いてゆく。
言葉にならないオークの雄叫びが周囲に響き渡った。
三体の内の二体は頭部を全体的に焼かれており、既に地面に倒れ身動きが取れない状態になっていた。
しかし残り一体は火だるまとなりつつも手にした木の棒を振り回し暴れている。
闇雲に振り回しているだけなので、最早目は見えて無いのかも知れない。
三匹の火蜥蜴たちは空中を舞い飛びながら集結し戯れた後に、融合して一つの大きな個体となってしまった。
個々は三十センチ程度の大きさだったが、今はもう一メートル以上はある。
融合と分離が施術者の思うままなのであれば、様々な局面で活用出来るだろう。
今やコモドドラゴンと同程度の大きさとなった火蜥蜴は、火吹きの様な間接的な攻撃だけでは無く、燃え盛るオークの首元に喰らいついていた。
咬みつかれた箇所からは赤黒い血が噴水の様に吹き出している。
最後に残ったオークは膝から崩れ落ち、地面に伏し暫く痙攣していたが直ぐに動かなくなってしまった。
エンカウントしてから制圧するまでに五分も要して無いと思う。
当初は操縦席から立ち上がり曲刀を手にしていたザーフィラはいつの間にやら着席していた。
遠目にいた行商らは、おれたちから離れた所で集まり状況を見極めているみたいだった。
「――敵を討ち滅ぼせしサラマンダーよ、我に回帰せよ」
魔女様がそう告げると、未だオークに喰らいついていた火蜥蜴は空中へ飛び上がり火球に戻ってしまった。
そして魔女様の手元へ飛来し吸収され消えて無くなってしまう。
短い戦闘だったが、圧巻だった。
熱気と焦げ臭い匂いが風に乗り、精霊魔法と召喚魔法の余韻を味わわせてくれている。
おれは様子を窺いつつ、魔女様の傍へと歩み寄った。
「――出現と消滅に命令が必要と言う事は、召喚獣とは召喚者の思いのままに操れないと言う事ですか?」
一仕事終えた師匠に対して、いきなりこの話題の振り方は無作法かと思ったが……この人にはその手の気遣いは無用かもなと言う思いもあった。
「召喚獣と召喚者との関係性にも寄るけど、完全に意のままに操る事は出来ない、と私は認識している。しかし命令をすれば敵を攻撃するか召喚者を護るか程度は聞き入れてくれるんだよ」
「召喚獣を召喚してる間の消費魔力は……例えば最初に放った炎の壁と比べた場合はどの程度違いがありますか?」
「それは圧倒的に召喚魔法の方が消費魔力が大きいよ。先程のサラマンダー召喚を例にあげると、出現させ、現世に存在を維持させ、動かして火を吹かせ、分離してたものを融合させ、敵に追い打ちを掛けさせ、そして回帰させる。この個々の動作ごとに炎の壁一回分の消費魔力が必要となってくるから」
そんな感じで魔法談義に花を咲かせていると、痺れを切らしたザーフィラが声を掛けてきた。
「おーい、そろそろ出発するぞ?魔法のお勉強は歩きながらやってくれ」
苛々とした口調や態度では無かったが、かなりの大声だった。
それに対して魔女様も同等の声で返事をする。
「荷馬車は走らせていいよ!私らはオークを燃やしてから追随するから!」
そのやり取り後、荷馬車はすぐに走り出しだ。
魔女様は黒焦げとなったオークたちの方へと歩き出す。
おれもその後について行くが、焼け焦げた匂いが酷くて咳込んでしまった。
ゴムが焼けた様な匂いなので今まで平然としていた魔女様も、顔を顰め口許を手で隠していた。
これから何をするのかと思ったがオークの亡骸にまで近づくと、魔女様はオークを取り囲む様に赤色の魔法陣を、珍しく地面を抉って描き始めた。
「――今からオークの亡骸を火葬するんですか?」
「ああ、このまま放っておくと不浄化してしまう可能性があるから焼いて灰にする。オークは脂身が多いから良く焼けるけど、デカいから灰になるまで時間が掛かるんだよ。だから、魔法陣を地面に描いて発動して放置して立ち去る……これは私だけがそうしてる訳じゃなくて、亜人種や魔獣を倒した時の常識ってヤツだね」
その言葉通り魔女様は魔法陣を描き点火させると、特に感慨に耽る事無く先行する荷馬車へと足を向けた。
おれからしたら初めて遭遇したオークだったし、召喚魔法を見たのも初だったのでまだ興奮冷めやらぬ感じがあったが、彼女からすれば掻き集めた落ち葉に火を点けるくらいの、他愛もない出来事だった訳だ。
荷馬車に追いつくまでの途中、オークとの戦いを遠巻きに観ていた行商人らが魔女様へと駆け寄り代表格の男が小袋をひとつ手渡して来た。
軽く感謝の言葉を述べると、その一団はすぐにサイカ宿方面へと立ち去ってしまった。
その小袋が逸れオーク討伐の謝礼である事は聞くまでも無い。
「――成り行きだけどさ、何処の国やどの民族も救われたら謝礼を渡す……これも常識ってヤツだね。私と一緒にいたら今後も謝礼を沢山貰う事になるからさ、金の管理は宮宰がやっといておくれ」
そう言うと魔女様は名ばかりの宮宰へ小袋を投げつけた。
それを受け取り、一応中身を確認したら金貨と銀貨がじゃらじゃらと入っていた。
ざっと計算したら価値的に総額十万円くらいにはなりそうだ。
「あの、魔女様?謝礼の管理とかするならせめて鞄くらいは欲しいのですが……」
「ああ、それもそうだね。カン砦に行けば何かしらあるだろうからさ、その金で好きに揃えれば良いよ。足りなかったら、カン砦にはドナルドがいるから都合つけて貰えばいいし――」
その後は特に顕著な事件も遭遇も無く、馬の水やりを一度挟んでからカン砦が視界に入る所までたどり着いた。
太陽が西側へと傾き、空は微かに茜色へと移り変わりゆく。
ソフィアが目覚めたのはカン砦が薄っすらと視界に入り始めた頃で、荷台の上で身体を起こし暫く状況を掴めなかったみたいで呆然としていた。
こちらと視点が合わないので、まだ寝惚けているのかも?と思っていたら、ソフィアは荷台の上からおれの方を向き「あれえ?お父さま、なぜ集落にいるのですかあ?」と惚けた声で尋ねて来たので、それを聞いた魔女様とザーフィラはゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
第16章
いざ、カン砦へ
END
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