第8話:魔女様とお喋り
サイカ宿には対岸側にも幾つか建物があった。
建物の数は少ないが、人の数はこちら側の方が多い様に感じる。
顔を隠す事無く堂々と立ち振る舞う我ら多民族パーティーは、どうあっても目立ってしまうので直ぐに注目の的となってしまった。
「――おい、魔女様?このままカン砦に向かえばいいんだよな?」
既に操縦席に着いているザーフィラは、荷台側へ僅かに顔を向け尋ねて来た。
「ああ、いいよ、向かっておくれ。カン砦でドナルドと落ち合うから」
魔女様の返事を聞くとザーフィラはそのまま荷馬車を走らせ出した。
船頭に金を渡す様子は無かったので、食事前の交渉の段階で支払いは済ませてあったのだろう。
おれと魔女様は荷馬車の後ろに着き、二人並んで歩く事にした。
サイカ宿の規模は小さく、すぐに周囲に建物や農地は見えなくなってしまった。
太陽の位置から鑑みて恐らくは北側へ向け進んでいると思う。
舗装はされて無いが、人や馬の往来により踏み固められた道だった。
見晴らしは良い為、遠目には雄大な山脈が望めるし恐らくはゾルアン大森林の一部も見える。
大先生の地図を思い返して、今は大森林の東側を大きく迂回してるのだろうという感覚はあった。
旅路が再開して程なく魔女様は語り掛けてきた。
「――先程、少し亜人種の話をしただろう?」
「ええ、はい。リザードマンもオークと同様に亜人種という認識で良いですか?」
「ああ、良いよ。私たちは、獣の頭を有した人型の生物の中で人間が作った武器や道具を、同じような目的で流用出来るヤツらを、亜人種と定めている」
おれの中で亜人種の定義なんて無かったので、これは興味深い話だった。
人間の道具を流用出来るという事は、それなりに知能が高いとみるべきか。
「ではオークも人間が作った武器を扱うという事ですか?」
「昔からオークを含めた亜人種と人間は数限り無く戦っているからね。アイツらは自分たちで武器を作らないけど、ソレが武器である事と使い方は分かるみたいなんだよ。だからさ、極稀に魔導具と魂魄結紮してる亜人種もいる。ソレ目的で亜人種狩りをしてる冒険者も結構いるしね」
「魔導具と魔力結紮してるオークとか……それってオークの森にもいるんですか?」
「私は遭遇した事無いけど、どうやらいるらしい。それにアソコにはさ、トロールもいるらしくて……これは師匠が言ってた事だけどね。恐らく過去の偉大な王や魔法使いたちがオークを駆逐出来なかった理由は、魔導具持ちオークの存在とトロールのせいだと私は考えてる」
魔女様の師匠がオーク狩りを行っていたとしたら、あの宝物庫の武器はその成果なのかもしれない。
そしてこの話を聞くと、冒険者や商人が魔導具を有していても不思議はなくなってしまう。
「ちなみにおれの認識だと、トロールとは森の中に棲む巨人なのですが、相違ないですか?」
「トロールに関しては、私もこの目で見たことは無いから伝承でしか知らないけどさ。その認識で良いんじゃないかな。巨木よりも背が高いとか、その身体は岩よりも固く刃が通らないとか……。それが真実かどうかはさて置き、実在するならいつかは対峙してみたいものだよ」
「それって……要するにオークの森の中で、オークとトロールが共存してるってことですか?」
「私が以前見た文献にはさ、オークの群れの中にひと際大きな人型の亜人種の姿が描いてあってね。それが真実を描いているなら、共存出来てるって解釈でいいんじゃないかな?」
この情報はこの世界の人々の妄想である可能性は十分にあるが、それが真実であればかなり胸アツだ。
今後戦うかも知れない相手なのであからさまに喜ぶ事は出来なかったが、恐らく心の内は表情に漏れ出てしまっていただろう。
魔女様やザーフィラの様な猛者が凶暴なオークやトロールとどの様に戦うのか、叶うのであればその光景はこの目で見てみたい。
「――その大木よりも大きなトロールが出て来ても、魔女様的には勝つ自信があるのですか?」
言い替えれば、過去の英雄たちより自身が上回っていると思いますか?になるが、魔女様ならこの質問の意図は酌んでくれるだろう。
「トロールの主属性が風だったら、私一人で勝てると思う。私と同等の魔力量で水属性が強い場合は勝てないだろね。土属性であれば魔導具と魂魄結紮したザーフィラと私で勝てる。火属性の場合は……これは相手の魔力量次第になるね。水属性の魔法使いが補佐でいてくれると心強い。うじゃうじゃいるオーク共は土属性ばかりだから、ザーフィラが全部蹴散らしてくれるよ。エルネストも連れて来れば完璧かな」
いわゆる属性の相性問題ってヤツだ。
オークは風属性特化のパーティー編成でなんとか出来るのであれば、やはりトロールはオークとは別の主属性を有している様な気がする。
それはさて置き、少し別の問題が脳裏を過った。
「要するに属性次第でどう転ぶか分からないって事ですよね?そうなると魔女様が苦手とする水属性の敵に対抗するべく、土属性に特化した仲間を探すのが急務になりますか?」
「うーん、今後の事を考えると、戦士であれ魔法使いであれ属性魔力の強い者は多く揃えておきたい。土属性は勿論だけど、強力な魔獣退治となると属性の異なる腕利きの魔法使いを十名は集めないと話にならないからね」
今のところそのアテはあるのか?と尋ねようとしたが、思い止まることにした。
恐らく今の所はザーフィラとエルネスト以外には、強力な仲間がいないのだろうと察したのだ。
魔女様を慕う民衆や力なき民衆は多くいると思うが、戦力の核となるべき人物が少ないのは早急に何か対策を練らなければならないだろう。
せめて各属性のスペシャリストを一名ずつは仲間にしておきたい。
――と、そんな感じで穏やかな雰囲気で会話をしつつ、カン砦を目指していた。
サイカ宿を出て一度目の馬の水やり休憩を終え再び、荷馬車が走り出したころ。
ソフィアはまだ夢の中で、おれは引き続き魔女様と今後の展望でも話しておこうと思っていたのだ。
しかし、今おれの視界の先(ゾルアン大森林の方角)に、三人?の人影があった。
カン砦へと続く道からは大きく外れた位置だ。
かなり大きな体格、まるで相撲取りの様なと形容すべきか。
「あのう、魔女様?大森林の方向から、明らかに怪しいデカい奴らがこちらへ向かって来てますけど、ご存じですか?」
「ああ、うん、知ってる。アレがさ、この季節には多いんだよ。俗にいう
魔女様は至って平然に淡々とした口調で回答してくれた。
その間にも逸れオークたちは、どんどんとこちらへ近づいて来る。
既に、その猪頭が明確に視認出来る距離にまで迫っていた。
「え?ちょっと、魔女様?攻撃とかしなくていいんですか?」
「ん?いや、お前が近くでオークを見たいかもって思ったから、攻撃しなかったんだよ。まだオークは見たこと無いんだろ?」
「初めて見ますけど、もう結構近いですよ!?アイツら凄い勢いで走って来てるし!手にこん棒みたいな鈍器持ってますし!」
正に怒涛の勢いでこちらへ突っ込んで来る。
オークは図体の割りに走るのが速い。
今はもう荷馬車から百メートルほどの所まで迫ってき来ていた。
どうやらおれたちは、すでに逸れオークたちとエンカウントしてしまったみたいだ。
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