第6話:ウリヤ語でランチを

魔女様の厚意を受けた行商らは、わいわいと活気付き酒を飲み始めていた。

商売繁盛で気を良くした女将は、おれとソフィアにもクヴァスを出してくれた。

この雰囲気の中で出された酒を断る事は出来ず頂くことにしたが……恐らくソフィアは直ぐに酔い潰れてしまうだろうな、と思っていた。

彼女は酒に弱いけれど飲むのは好きそうなので、早くも嬉々とした表情で喉を鳴らしている。

その様子を横目で見つつ、魔女様との会話に入る事にした。

「――これで会話の秘匿性は担保される、という事ですね?」

「完璧では無いけどね。イセリア人でウリヤ語を話せるのは直接ウリヤと商売をしてる商人か、ソフィアの様に神聖魔法を習ってる者たちくらいだから」

なるほど、それでソフィアが片言でもウリヤ語を話せる訳だ。

港町などでは警戒の必要はあるが、片田舎の宿では心配無用という判断なのだろう。

「それで、秘匿性を高めてまで話たい事とは?」

「そこまで大層な話では無いけどね。さっき外でロッキが言ってただろう?トリス街に動きがあったってさ」

「はい、それに関してはおれも気になってました。魔女様はこちらに来る前にトリス街を経由したのですか?」

大先生との過激な再会を目の当たりにしているのから、トリス街でも一暴れしたと言われても不思議は無い。


「私はこのナリで目立つから隠れようが無くてさ。色々と策は考えてみたけど、結局面倒臭くなって昼間に草笛街道からトリス街に入ろうとしたんだよ。そしたら衛兵に捕まってね。初めからトリス街では暴れないと決めてたから、大人しく拘束された訳さ」

この人は……余りにも無策過ぎて最早笑うしかない。

どの様な逆境からでも自力で覆せる自信があるがゆえの無策だとは思うが。

「それで衛兵に捕まって、尋問をされたんですか?」

「その場で酷い扱いは受けなかったけど、最悪投獄されるだろうって思ってたよ。けど、そこに運良くエルネストが通り掛かってね。昨日聞いてただろう?サイラスの兄弟子のエルネスト・フラカンのことさ」

そう言えばそんな話をしていたな、と今思い出す。

昨日の事だが、色々と有り過ぎて遠い記憶になり掛けていた。

「そのエルネストは、衛兵から魔女様を救える立場にある方なんですか?」

「アイツの立場はよく分からないけどさ、冒険者をやりつつ領軍兵に魔法を教えたりしてるらしい。過去には王国軍に属して、ロンヴァル同盟連合との戦いに出たと言っていたよ。それなりに実績も信用もあるみたいで、衛兵どもはエルネストに対して敬意を払っている様な印象を受けたよ」

「それで衛兵の拘束から解放されて無事トリス街へ入れた訳ですね?」

「いや、それがさ?それから領軍の偉そうな奴らとか、政庁の官吏とかが次々と現れて大騒動になったんだよ。そうなるとエルネストもお手上げでさ、面倒臭くなってきたからそこで私は自分の身分を開示した。ルードアン辺境伯の支配権を有するヴェッティン家の当主メイヴィスだってね。師匠から引き継いでから百年の間で、初めて声に出して言ったから少し嚙みそうになってさ、帰郷早々に恥ずかしい思いをしたよ」


現在トリス街を実効支配してる側は、魔女様の宣言を宣戦布告と受け取ってしまった可能性がある。

魔女様の事だから他の地でも大騒動を起こしてる様な気がするが……今はトリス街関連に集中する事にしよう。

「それで、身分を開示した後はどうなったんですか?」

「ん?エルネストと一緒に政庁に連れて行かれて、政務官のクラリスって女と話したよ。トリス街は師匠から正式な依頼でアードモア公爵ランカイゼエル家が百年以上も代行統治を敷いているから、今すぐに支配権の移譲は難しいって言われてさ。じゃあ、いつになったら出来るんだい?って話になったんだよ。そしたらクラリスは、ランカイゼエル家当主と都市伯や、現在トリス街に滞在してる上級貴族らを集めて協議しないと日程は決められないってさ。私は……これは百年前の話になるけど、師匠からトリス街の支配権は私の意向次第で直ぐに移譲されると聞いてたから、そんなに面倒臭い事になるとは思って無くてね」

この話を聞く限り、政務官クラリスは至極真っ当な人物なのだろう。

そして魔女様はとても聡明な方だが、社会的な常識が無さすぎるのだと思う。

「それでその場は引き下がったのですか?」

「クラリスがさ、その日付けでルードアン辺境伯領内全域の通行許可と、ヴェッティン家の土地と邸宅と財産の使用を認めてくれたから、引き下がる事にした」

荒くれ者であり只の輩でもある魔女様がそこで引き下がるという事は、トリス街に関しては本気で穏便に支配権を取り戻そうとしているみたいだ。

その意志は尊重しなければなら無いし、その想いを叶える事がおれの当面の目標でもあると、改めて認識を得た。


「身分は保証されトリス街の立ち入りも許可されているけど、先ほどのロッキの話を聞く限りでは……街全体から大歓迎されてる訳では無いという事ですよね?」

「トリス街には幾らか上級貴族が邸宅を構えてるからね、都市伯もいるしさ。支配階級からすれば私みたいな存在は邪魔でしかないから。何処まで本気かは分からないけど、一応対決姿勢は見せるだろうさ。恐らく、トリス街を実効支配してる都市伯が動いてるんじゃないかな」

「その政庁でクラリスと話したのは、いつの話なんですか?」

「ん?その日にクラリスとエルネストと酒を飲んでドナルドを紹介されて。翌日にヴェッティン家の邸宅に入って……それから色々あったから、多分、えーっと、四日前かな」と魔女様は指折り数えさり気無くそう言ったが、ここでザーフィラが久しぶりに口を開いた。

「おい、リョウスケ?ちなみに私と魔女様が会ったのは五日前だからな。灼焔の魔女がトリス街に現れたと騒ぎになったのは七日前だったと記憶している。女将、クヴァスの代わりをくれ」

それを聞いた魔女様は「え?ザーフィラと会ったのって五日も前になるんだっけ?」と若干困惑した表情を浮かべていた。

これに関してはザーフィラの方が信用出来そうだった。

長命種が日にちや時間にルーズなのは有りがちな話だけれど……。

いずれにしてもこの十日ほどの間に魔女様はドナルドを使って大先生の同行を探り襲撃の機会を窺っていた訳だ。

コトナ集落に情報を提供しているドナルドを手駒に使っていたから、魔女様の件は大先生の耳には入らなかったと見るべきか。

それを考えると、ここまでは魔女様にとって都合良く世の中が動いてくれている様な感じはする。

政務官クラリスが魔女様にドナルドを紹介した思惑は……何かありそうだが、これに関してはドナルドと会った時に探りを入れてみる事にしよう。


「――ところで、サイラスの兄弟子のエルネストと魔女様は、どの様な繋がりがあるんですか?」

「エルネストはさ、生まれも育ちもトリス街でね。あの子が幼少の頃に私が魔力制御を教えてやったんだよ。元々才能のある子だから、一言二言教えたらすぐに出来る様になってね。私に弟子入りを希望してたんだけど、流石に風属性に特化した才能を育てる自信は無かったから、フラカン一門を紹介してやったんだよ。エルネストはさ、それを今でも恩義に感じてるみたいだったね」

これは心強い関係性だと感じた。

魔女様は長寿な分、過去に様々な所で繋がりを有してそうだ。

声を上げて人材を求めたら、国の内外から優秀な人々が集まってくれるかも知れない。

当然良縁ばかりでは無いと思うが、今は悪縁の方が多くない事を祈るばかりだ。

と、ここで暫く大人しく過ごしているソフィアへ視線を向けてみると、彼女は既に酔いが回っているみたいで椅子に腰かけたまま項垂れていた。

朝早かったし運動もしているので酒に弱い彼女がこうなる事は目に見えていたが、それにしても呆気ない陥落だった。

ソフィアの様子を見て「ここからカン砦までは私が歩くから、ソフィアは荷台で寝かせると良いよ」と言い、この言葉を以てサイカ宿でのランチはお開きとなった。

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