第5話:多民族パーティー

建物の中へ入ると、そこは宿屋というよりはカウンター席だけのスナックの様な雰囲気があった。

横に長い店内はテーブル席は無かったが、その分L字型のカウンターテーブルに十五席程度はありそうだ。

外観と比べるとこれだけでは狭すぎるので、恐らくこの奥に宿泊出来る部屋が備わっているのだろう。

先頭を切ったザーフィラは空いていた一番右端の席に腰掛け「クヴァスとメシをくれ」と言い放った。

魔女様はザーフィラの左側に腰掛け「私にも同じ物をくれるかい?」と呟く。

この二人には直ぐにクヴァスが提供された。

おれとソフィアはまだ店の入り口に立っていて、カウンターの左手側を陣取る他の客たちの方へと目を向けた。

先客はイセリア人の行商らしき者たちが五名いて、年代は様々だったが知り合い同士なのか席を詰めて食事を取っていた。

その一団が皆一様に驚きの表情でおれたちの事を見ている。

イセリア人のソフィア以外は、この場には相応しくない人種と言った所か。


騒ぎ立てられたり嫌な絡まれ方をしたら一旦外へ出ようかと思ったが、声を出す者すらいなかったので取りあえず魔女様の隣りの席へ着く事にした。

ソフィアは大荷物を背負ったままおれの隣りの席に着いたので「ソフィア?重く無くても食事の時くらいは荷物を下したら?」と告げた。

すると彼女は、私荷物なんて背負ってたっけ?と言わんばかりに呆けていたが、すぐに気が付いたみたいで慌てて荷物を下していた。

治安の問題とか色々とあるとは思うが、流石にこの大きさのザックが置き引きされる心配は無いだろう。

おれたちが席に着いた時、先に注文を済ませていた魔女様たちは既に食事を始めていた。

そう広く無いカウンターの中には、恰幅の良い四十代くらいの女性が一人。

彼女の視線はササラ人やウリヤ人では無く、森の民である魔女様にだけ向けられている。

敵意は無く、驚きと感動が織り交ざってそうな視線だった。

「あの、おばさん?私たちも食事をお願いしてもいいかしら?リョウスケもクヴァスを飲む?私はね、旅先でお酒は飲まないから水にしておくけど……」

ソフィアからそう言われ、おれは店内を見回してメニューを探したがそれらしいものは無かったので「じゃあおれも、ソフィアと同じで良いよ」と答えた。


注文すると木製の器で水を出されたので、まずは一口喉を潤す。

冷たくも熱くも、美味くも不味くも無いぬるい水だった。

それから大きな器一杯の料理を出される。

色味は濃い紫色?匂いは魚介の臭み……僅かに湯気がたっているので温かくはありそう。

魔女様とザーフィラはクヴァスを飲みつつ同じ物を黙々と食べていた。

「ソフィア?これってさ、なんだろう?煮込み料理っぽいけど……」

「これはロロウよ。ロロ芋と肉とか魚とかを一緒に煮込んだ料理ね。サイカ宿はロロ芋と川で獲れた魚だけを煮込んでるから、少し魚臭いのよね。私は嫌いじゃ無いけど」

そう言うと彼女は、スプーン片手に大口を開けてロロウを食べて見せてくれた。

それから改めておれは手元に出されたロロウと向き合う。

旅の仲間だけでは無く先客の行商らも同じ物を食べているので、見た目や匂いの惑わされること無く頂くべきだ。

こんな所で足踏みをしていては今後が思いやられるぞ!と言い聞かせて、まずは一口頂いてみる。

どろりとした口当たり。

魚の臭みが口の中に広がりゆく。

集落と同じ薄塩味だが、魚が煮込まれて出汁が出ているのか吐き出す程の不味さでは無かった。

芋や魚だけでなく、何やら歯応えの有る豆類や歯に纏わりつく植物的なモノも煮込まれてあり思いの外具沢山だ。

不味い寄りの美味いと言うか、無し寄りの有りというか。

ちゃんとした料理だったとしても芋と魚の組み合わせ自体が、おれの人生ではあまり経験が無い。

ただ今日に関しては朝起きてから初めての食事だったので、それほど苦労せずに平らげる事が出来た。


「――ソフィア?ちなみにこの食事……ロロウは一杯幾らなのかな?」

彼女もおれと同じくらいに食べ終えて水を飲んでいた。

「たしかロロウ自体は銅貨五枚だけど、水かクヴァスを頼んだら併せて銀貨一枚ね。銅貨で細々と支払うのが面倒だから、喉が渇いて無くても水を頼んだりするのよ」

この食事が一杯銅貨五枚という事は、銅貨一枚は円換算すると百円程度という認識で良さそうだ。

「銅貨は十枚で銀貨一枚になるのかな?」

「ええ、そうよ。それで銀貨十枚で金貨一枚になるの」

そうなると単純計算で銀貨一枚=千円、金貨一枚=一万円という価値観で良いのか?

日本とサリィズ王国間の為替レートが無いから単純計算はあまり意味が無いとは思うが、おれ個人の価値観を明確にするための仮想為替レートはこれで確立という事にしておこう。


渡し船の準備がいつ頃整うのか分からないが、ザーフィラと魔女様はクヴァスをお代わりしていた。

魔女様は荷台に乗るだけだけど、ザーフィラは完全に飲酒運転になってしまう。

しかしそれを誰もとがめるどころか嫌な顔一つ見せないので、気に掛けるのは止める事にした。

酒を飲もうが何をしようが与えられた仕事を熟せば問題無し……みたいな世界なのだ。

「――今からはウリヤ語で話すけど、ソフィアは聞き取りくらいは出来るのかい?」

おれの右側で酒を飲んでいた魔女様だったが、ふいにそう話し掛けてきた。

するとソフィアは「ええ、はい、聞くだけ、なら、大体分かると、思います」と普段よりたどたどしい受け答えをした。

おれの耳では判別出来ないが、既にウリヤ語の会話が始まっているという事なのか。

「今後この四人で会話する時はウリヤ語を使う事にするよ。イセリア語で聞かれては不味い話は流石に堂々と出来なくなってくるからね」

相変わらず魔女様は基本的にはイケイケドンドンなのに、こういうシーンでは冷静に細やかな判断を見せてくれる。


そうなると問題はおれの【言語理解】の効果だ。

このギフトの効果範囲がどの程度あるのかはまだ分からない。

例えば魔女様たちにウリヤ語で話し掛けていても、周りで聞き耳をてている行商人や店の人にはイセリア語で伝わってしまう可能性がある。

そう思い視線を行商にたちへと向け戸惑いを見せたら、それに魔女様は気が付いてくれた。

「ああ、なるほど。お前のギフトの範囲が気になるのか。確かに全方向で広範囲に効果のあるギフトの可能性はある。先に集落で試しておくべきだったね。取りあえずウリヤ語で話してみな。それで周りの様子を窺ってみよう」

そう促されたので、当たり障りの無い話を振ってみる。

「自分ではイセリア語を話しているのか、ウリヤ語で話しているのか認識出来ないんです」

「神の祝福たるギフトの効果だからね。便利だけど自身での制御は基本的に不可能とされている」

おれは魔女様に顔を向けていたが、彼女は周囲の人々の事を観察していた。

「ちなみに……ソフィアにもウリヤ語で聞こえているかい?」

そう尋ねてみるとソフィアは「はい、ウリヤ語で、聞こえます」と答えてくれた。

たどたどしくはあるが聞き取りだけでは無く一般会話くらいなら出来そうな感じだった。


それを聞いた魔女様はカウンターの中で働いている女性に声を掛けた。

「女将よ、今の私たちの会話は理解出来たかい?このササラ人の男はイセリアの言葉を使っていたかな?」

その女将は突然話し掛けられて驚いていたが、すぐに反応を示した。

「いえ、あのう、みなさん、良く分からない言葉で話してらして……全く分からなかった、です」

次に魔女様は行商人らに向けて「そっちのお兄さん方はどうだった?」と声を張り上げる。

行商人らも一様に驚きを見せていたが、彼らもすぐに反応を示してくれた。

「も、申し訳ありません。盗み聞きをする気はありませんでしたが、貴女様たちの会話が気になり……こっそり聞き耳をたててましたが、言葉は全く分かりませんでした」

彼らの中で一番身なりの良さそうな男が立ち上がり、申し訳なさそうに訴え掛けてきた。

嘘をついてる様には見えなかったし、例え嘘をついたとしても魔女様の観察眼からは逃れられないだろうな、と思った。

「そうかい、悪かったね下らない事を聞いて。女将?これであの子たちの支払いも済ませてくれるかい?釣りはいらないから、酒も好きなだけ飲ませてやっておくれ」

そう言うと魔女様は金貨三枚を女将へと手渡した。

恐らく三万円程度の支払いとなるだろうから、一杯五百円のクヴァスなら六十杯分くらい奢る事になる。

その好意を受けた行商人らは皆立ち上がり拍手喝采で、魔女様の事を「女神さま!」とか「最高!」とノリノリで持てはやしていた。

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