第4話:サイカ宿にて
まるで舞い散る花びらの如き軽やかさだった。
魔女様は音もなく地面に降り立つと、おれたちの方へと歩み寄ってくる。
「――私とザーフィラは舟の手配をしてくるから、アンタたちはここで荷馬車の番をしておくれ」
それだけ告げると魔女様はザーフィラを伴い、川に近い小屋の中へ入って行った。
サイカ宿は片手で数えられる程度の建築物があり、その全ては平屋だった。
大きさはそれぞれ違うが、建築様式は概ね同じものだ。
基礎の部分は石造りで箱は木造……コトナ集落と似た感じと言うべきか。
川の方へ視線を移すと、今まさに対岸から渡し船が向かってきていた。
船頭が一人に、旅人か行商人らしき風体の者が二人。
舟は五名程度乗れそうな物から馬車ごと乗り込めそうな大きなイカダまで様々だった。
「小さな集落だけど、そこそこ賑わってるね。ここはカン砦とトリス街を結ぶ宿って感じなのかな?」
荷馬車を見守りつつ、ソフィアに話し掛けた。
彼女はコトナ集落を出てからここまで一度も背負ったザックを下してない。
小休止の度に「荷物を下して休憩すればどうか?」と声を掛けたが、ギフト【剛力】を有する彼女からすれば「これくらいの荷物は背負ってるかどうかも分からないくらい軽い」らしく、ここでも荷物を背から下す雰囲気は無かった。
「岩塩街道からトク砦とカン砦を経てサイカ宿まで交易品を運んで、ここからは川を下ってトリス街に向かう商人たちが結構いるのよ。今の季節は舟賃が安いから利用者が多いから賑わってるんだと思うけど」
彼女が言う通り明らかに地元の漁師風の人たち以外にも、身なりの良い人物や警護役で雇われてそうな風体の者たちも散見された。
その中から一人の男性がおれたちの方へと歩み寄って来た。
背はおれと同じくらいだが、軽装の鎧を着用し帯剣もしている。
年齢は三十代くらいで人当たりの良さそうな雰囲気、という印象だ。
「――なんだ、またカン砦に行くのかい?」
明らかにソフィアに向けられた第一声で、それを受けた彼女は一歩前に出て近づいて来た男と向き合った。
「あら、また会ったわね。今回は彼と、他にも二人同行者がいるの」
軽く紹介をされたが、男は怪訝な表情でおれの事を見ていた。
その視線を受け(ああ、そうかササラ人みたいだから怪しまれるワケだ)と思い至る。
こう言った状況下の場合は、どの様に振舞えば良いか先に相談しておくべきだった。
ソフィアにしても受け答えに困るだろうと思ったが……ここで魔女様とザーフィラが戻って来てくれた。
「ん?早速、知らないヤツに絡まれてるね。アンタは行商の護衛かなにかかい?」
魔女様はこちらへと歩み寄り、ザーフィラは全く興味を示さずに馬に水やりを始めた。
男の方は直ぐに返答しなかったが、狼狽えているのは目に見えて分かった。
よくよく考えてみると、魔女様一行はたった四名だが森の民、イセリア人、ウリヤ人、ササラ人と多種多様なのだ。
異様に思われても仕方の無いパーティー編成だし、おれ以外は女性だけど三人とも強気で実力の伴う武闘派ときてるから、これは下手に絡んでは駄目な輩たちだ。
「あ、いや、その、わ、私は、トリス街からサイカ宿へ派遣されている、アードモア領軍の警備兵、です」
それを聞き思わずおれは息を飲んでしまった。
いきなり敵勢力の兵士に絡まれてしまっていたとは……。
「へえ、アードモアの領兵かい。私を追って来た訳では無くて、サイカ宿の守護役を務めに来ただけ?」
「は、はい、そうです。ついさっき、トリス街から来た所です。あの、失礼ですが、その赤髪と長耳からして……貴女は、灼焔の魔女様だとお見受けいたします。わ、私は今でこそアードモア領兵に属してますが、ラザ集落の生まれなのです。本来であれば魔女様の領民です。全く敵意はありませんし、アードモア領軍に報告する気もありません」
男は顔を青くしつつも早口でそう訴えかけていた。
ソフィアとも面識がありそうだし、ここはひとつ穏便に済ませて欲しいところだ。
「ああ、ラザ集落の生まれかい?アンタ、名前は?歳は幾つだい?」
魔女様は初めから高圧的な態度で臨んで無かったので口振りは変わりない。
「は、はい!ラザの生まれです!名前はロッキです、今年二十七歳になりました」
「ラザ集落の生まれで二十七なら幼い頃に私と会ってるかも知れないね。ロッキの親の名は?」
「父はタックで母はラタです。二人とももう他界しましたが、魔女様の話は何度も聞きました。私の記憶にはありませんが、魔女様にお会いした事があると、両親からは聞いてます」
ラザ集落とはコトナ集落の近郊になるのだろうか。
どちらにせよ如何に敵兵であるとはいえ、魔女様がこの男に対し敵意を向ける事は無いだろう。
むしろこう言った人物はどんどん仲間に引き入れていくべきだ。
「タックとラタの名は記憶にあるよ。ところでロッキ?アードモア領軍からサイカ宿に派遣されているのはアンタだけかい?」
「はい、今回は私だけです。本来は三名駐在になるのですが……交代時に二名引き上げの
ロッキは気を遣い言葉を濁したが、要するにトリス街では既に対魔女様の動きがあるという事だ。
恐らくトリス街でも派手に登場して、貴族やら領軍を相手に喧嘩腰でぶちかましてるのは目に浮かぶので、そう言う動きがあってもなんら不思議は無いけれど。
「トリス街の領軍はいつでも臨戦態勢に入れるのかい?」
魔女様は淡々とした口調だった。
特に深刻な様子は見せず、困った感じでも無い。
ここで馬に水やりを終えたザーフィラも会話の輪に加わって来た。
ウリヤの女戦士は仁王立ちで腕を組み、明らかにロッキに対して威圧的な態度を示していた。
ロッキは一瞬ザーフィラの方へ顔を向けたが、すぐに魔女様へと身体ごと向き直した。
直感的に絡んではいけない相手だと悟ったのだろう。
「それが……アードモア領軍の主力は殆ど領都防衛や海軍に回されてますので、掻き集めても碌な戦力が無いのです。本気で魔女様と事を構えるのなら、恐らくはマグダフ街やベルタ城砦から王国軍が出張ってくるのでは?と思います」
これに関して今は口を挟むのを避けたが、恐らく王国軍が動きを見せるのは大先生が王都へ帰還してからだろうと思っていた。
そもそもトリス街はルードアン辺境伯領に属している街で、アードモア公爵領の領都防衛とどちらが重要なのかを考えると……当面はトリス街の防衛が強化される事は無いかも知れない。
「どちらにせよトリス街を戦火に巻き込む気は無いから、領軍や王国軍とぶつかる事は無いけどね。さてと、荷馬車を川向うに渡すには少し時間が掛かるみたいだから、今の内に腹ごしらえをしておこうか。ロッキ?私らが食事をしてる間、荷物番をしていて欲しい。頼めるかな?」
「は、はい、勿論です!このロッキ、命に代えて魔女様のお荷物をお守します!」
ロッキはそう言い放つと、荷台の後方に仁王立ちとなった。
鼻息は荒いがどう見ても強そうでは無い。
弱くとも日の高い内から領軍兵に盾突く輩はいないだろうから、荷物番を任せるには打って付けかとは思う。
どちらにせよ、こうしてまた一人魔女様の魅力にヤラれてしまった男がこの世に生まれた訳だ。
宮宰の身としてはロッキ君の前途が明るい事を祈るばかり……。
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