第3話:続・ソフィアとお喋り

三度目の馬休憩が終わる頃には、完全に大森林の領域から抜け出ていた。

数十本の木々が寄り集まった小さな森は点在しているが、これらは大森林の一部とは捉えらえ難い。

既に集落の人々が耕したであろう麦畑は見えなくなっており、彼らの生活圏からも離れてしまっている。

道の先へと視線を向けると幾つかの建築物が小さく見えた。

他に人工物が無いので、大自然の中ではその情景が際立って目に映り込む。

「――なあソフィア?あの道の先に見えるのがサイカ宿かい?」

おれは引き続きソフィアと会話を楽しみつつ、まるでピクニックにでも興じてる様な感覚だった。

「ええ、そうよ。サイカ宿は集落からトリス街やカン砦に向かう時は、必ず経由する所なの」

彼女も普段通り気軽に(大荷物を全く苦にする様子なく)受け答えてくれているので、どの様な話題でも会話が弾むし続くのだ。

「この辺りでは盗賊とか魔獣とかは現れないのかな?今は日中で明るいから安全だけど夜道は危険だったりする?集落を出てから鳥や兎とか鼠みたいな小動物はいたけど、凶暴そうな獣とかは見なかったから実際はどうなんだろうって思って」

余りにも長閑で、あまりにも平和過ぎる旅路だった。

大先生からは集落から逃げ出したらどうなるか?と尋ねたところ、朝まで生きれずに死ぬと言われた記憶があったので、そろそろスライムとかゴブリンとかが出現しても良いのでは?とすら思えてくる。

「こんな所に盗賊なんて現れないわよ。前にも話した様な気がするけど、岩塩街道とか草笛街道みたいな人通りの多い所じゃ無いと盗賊たちも商売あがったりだもの。だから夜間でも盗賊とかならず者の類はこの辺りでは遭遇しない筈よ」

そう、賊の類らに関してはそれで納得が出来る。

彼らにも生活があるだろうから、効率的に稼げる地域に出現して暴れ回るべきだ。

「じゃあ、魔獣とか亜人種は?獣とか亜人とかには人間の多い少ないはあまり関係なく無い?」

「うーん、確かにそうだけど……魔獣はね?マナを糧に生きてるからマナが豊富にあるところじゃ無いと存在出来ないって聞いたことがあるわ。亜人種に関してはあまり詳しくは無いけど、アイツらも棲める地域が限定してるんだと思う。その地域に人が侵入すると襲い掛かって来るけど、普通に生きていれば群れから逸れた亜人以外と遭遇する事は無いと断言出来るわ」

「じゃあ、人はなぜ亜人種の領域に侵入するんだろう?何か危険を冒す価値がある?」

「それは亜人種の棲む地域には魅力的な植物とか鉱石が有るからよ。オークの森で採れる茸とか薬草って他の森で採れた物よりも高値で取引されてるもの。ゴブリンは山岳地帯に棲んでるんだけど、鉱石とか岩塩が豊富な土地を占拠してるみたいだから、人側からしたらなんとか追い出したい訳でしょ?」


ソフィアは一般教養として平然と語ってくれているけれど、そうなるとイセリア人は原住の民だけでは無く亜人種から見ても余所者であり問答無用で襲い掛かってくる侵略者でしか無い訳だ。

現在イセリア人はこの大陸の最大勢力だろうから、その脅威に抗うとなると亜人種たちも死に物狂いだろうし、恐らくコミュニケーションは図れないので遭遇しただけで殺し合いの戦いが始まってしまう。

「魔女様はオークたちを滅ぼして、その土地を森の民に献上して友好関係を結ぶって言ってたけど、上手くいくと思う?」

これは誰に投げても難しい質問である事は理解していた。

その上でソフィアの意見を聞いてみたかったのだ。

「うーん、それは……魔女様ならなんとか出来そうだけど、普通に考えたら無謀だと思うわ。だってオークの森なんて歴代の王侯貴族たちが、何千何万もの兵を送り出して制圧しようとしたのに未だ健在でしょ?それこそ聖王様でも成し得なかった事が出来るのかしら?って思っちゃうけど」

「聖王様ってイセリア文化圏の殆ど全てを制圧した凄い王様だろ?そうか、そう言われてみればそうだよな。結果から見ると、そんな偉大で強大な覇王でも制圧出来なかった土地って事だもんな、オークの森も森の民の住むゾルアン大森林も……」

それに魔女様の師匠もこの辺りに住んでいた筈だ。

過去の偉大な王様や魔法使いが制圧して無いのは、何か特別な理由がるのかもしれない。

単純に武力や魔力での制圧が困難なのか、例えばオークを滅ぼしたらこの近隣の生態系が崩壊して異世界アニメでありがちなスタンピードが発生するとか。

オークや森の民が古の魔王や邪神的な封印の要になっていて制圧出来なかった、みたいな中二解釈も捨てきれ無い世界な訳だしココは。


「――魔女様が無策でイケイケドンドンじゃ無ければいいんだけどなあ」

その心配の声は自然と口から漏れ出てしまった。

「なに?そのイケイケドンドンって?」とソフィアは横に並び歩きながら不思議そうな口ぶりだった。

今の場合はどうやら上手く翻訳されずに名詞として伝わってしまった様だ。

「ああ、イケイケドンドンはおれの国の言葉でね、強気で勢いに乗ってそのまま突き進め!って意味なんだよ。魔女様に何か策があるのか、それとも無策でイケイケドンドンなのかって話さ」

「ふうん、なんだか面白い響きの言葉ね。ねえ、リョウスケ?魔女様ってさ、権力とかにはあまり興味も執着も無さそうじゃない?王様になって偉そうにしたい訳でも無さそうだし。リョウスケが言う様な策とか戦略とか考えるのも苦手って言うか、面倒くさいのかもね」

それは多分ソフィア嬢の仰る通りで。

だからこそ面倒くさい事を丸投げ出来るおれを宮宰にしたり、肝心かなめの森の民との交渉をドッズに丸投げしたりするんだろうって思う。

本来はと言うか、本質的に魔女様は魔法の研究家や学者タイプで全く政治家向きでは無いから。

過去の恨みとか今まで世話になって来た人たちの幸せの為とか、悪く言えばシガラミに突き上げられてしまってるだけで……。


「魔女様は……戦闘能力は最強だけど、政治力や野心は殆ど無さそうに感じる。魔法に関する知識欲は強いけど、その他の事にはあまり関心が無い様な気がするよ。自分の為と言うよりか他の誰かの為に動いてる様な感じもするし」

偉そうに自分なりの解釈を述べたが、おれにしてもまだ魔女様と出逢ってから一日しか経って無いのだ。

一晩共に過ごしたからと言って、百六十年も生きてる彼女の何が分かると言うのか。

「魔女様がそう言う人なら、宮宰のリョウスケがしっかりし無いと駄目って事ね。ちょっと無責任な言葉になるけど、私は貴方なら魔女様と一緒に凄い事を成し得てしまいそうな気がするの」

それはただの励ましの言葉だと思ったが、ソフィアの声は力強く胸に響いた。

「あのさ?それって多分、おれと魔女様だけじゃなくてソフィアも一緒にだと思うよ。おそらく魔女様は、自分に無いモノを持ってる人材を求めて集めてると思うから。一人じゃ何も出来ないけど、皆で強力すれば凄い事が出来そう!みたいな感じなのかもしれないね」

道すがら朝からソフィアと二人で語り合い、今漸くお互い納得出来る着地点に降り立った様な感覚があった。

それを聞いた時の彼女は、出会ってから一番の光り輝いた表情を見せてくれた。


そしてそろそろ四度目の小休止に入る頃だと思ったが、そうなる前に魔女様一行はサイカ宿へと到着した。

サイカ宿はコトナ集落と似た建物が五軒ほどあり、イリース川の対岸側にも同じくらいの建築物が見える。

川を渡る橋は無く、川岸には小舟やイカダが幾つも並んでいた。

ザーフィラは荷馬車をサイカ宿に入れる手前で停車させ「――魔女様?サイカ宿に着いたぞ」と声を掛けていた。

それを聞いた魔女様は目深に被ったフードを取り、ひらりと荷台から舞い降りた。


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