第2話:ソフィアとお喋り

集落を出てから暫くは長閑な麦畑の中を通った畦道が続いた。

比較的なだらかな道だが、二頭立ての荷馬車でも僅かな上り道があると失速してしまう。

その後ろに着いて歩いているおれとソフィアは、自分たちのペースを乱さずに歩く事にした。

下りになると少し離れ、上りに入るとすぐに追いつくくらいの速度だ。

平均したら時速四キロメートルくらいだろうか。

(これって所謂、二馬力ってやつか。三百馬力超の車の凄さが今になって実感出来るとは……魔法も凄いけど科学の力もとんでもないよなあ)

――などと思いつつ、のんびりとしたペースで歩くあるく。

日の昇らない内は風も涼しく汗ばむ事も無かった。

ある程度進むと馬の為に小休止を挟み、その度にザーフィラは近くを流れるイリース川まで水を汲みに行き馬に水を飲ませていた。

魔女様は荷台の上から降りる事は無く、フードを目深に被り大人しく過ごしていた。

ソフィア曰く「魔法使いっていつも魔法の事ばかり考えているから、魔女様も同じだと思うわ」という事らしい。


集落を出て二度目に休憩の時に、おれはソフィアと面と向かって語り合うことにした。

「――このままカン砦とかトリス街に入って、すぐに王国軍と戦闘する事になったらソフィアはどうするんだい?」

何処かのタイミングで、この件は確認しておかなければならないと思っていたことだ。

彼女は大先生からの無茶振りを受けておれに同行してくれているのだから、命が危ぶまれたり怪我を負う様なことに巻き込まれる必要は無いし、それはあってはならない。

「うーん、そうねえ……取りあえず私の方から王国軍に対して攻撃はしないかな。リョウスケを護る為だけに武力を行使する、って事にしたいんだけど。魔女様はそれを容認してくれるかしら?」

朝陽が視界に入り始めたころで、まだ暑くは無かったが彼女は話しつつ木陰に身を移した。

「魔女様が多民族国家を興すという事は様々な主義趣向を受け入れなければならなくなるから、ソフィアの意向は容認されると思うよ。それを突っ撥ねた時点で多種多様国家は破綻してしまうしさ。おれは一応宮宰だから、宮宰付きの護衛みたいな感じいいんじゃないかな?」

「うふふふ、じゃあ私は宮宰様からお給金が頂けるのかしら?」

「そ、それは勿論労働への対価はきっちりと……と言いたいところだけど、現状はおれも貰えるかどうか分からない状況なんだよなあ」

思わずため息が漏れた。


このまま魔女様がルードアン辺境伯の地位に返り咲き、辺境伯領の予算を思うままに運用出来れば、おれやソフィアも給金が頂けるとは思うが今の所その確証は無い。

「そうなると私はね?リョウスケがトリス街に滞在してる間は、薬師ギルドから仕事を貰ってお金を稼ごうと思ってるの。今後は集落の面倒を見て貰う事になるし、良い関係性を構築しておきたいのよ、薬師ギルドとは」

確かに比較的安全が確保して有るであろう街中で、彼女が四六時中おれの警護をする必要はないか。

いや、って言うか薬師である彼女に護衛役を任せるのって、能力や才能の無駄遣い過ぎるだろう。

そもそも今や敵対関係にあると言って過言無い大先生の無茶振りに、彼女が従う理由なんて微塵も無い訳だし。

「あのう、ソフィア?薬師ってさ、ギルドから仕事を受けたら他の職業よりもいい稼ぎになるのかな?下世話な話を聞いて申し訳無いけど……」

「薬師ギルドは病人と薬師の仲介役だからね、貰える報酬はその病人次第になるの。基本的に上級貴族はお抱えの薬師がいるから声が掛かる事は殆ど無いけど、下級貴族や豪商とか豪農辺りの治療をしたら、それなりの報酬が貰えるわね。治療の対象が街に住む一般的な生活を送っている人の場合は……報酬が貰えない事もあったりするし。だから薬師ギルドが出来るまではお金が無い人は薬師から診て貰えなかったのよ」

そうなると今は薬師ギルドが仲介してるから、貧乏人でも治療が受けられるという事か。

簡易的な保険制度とか、保険制度が始まる前段階のシステムがあると認識しておこう。

「それって薬師ギルドが仲介手数料を取って運営されていて、薬師が貧乏人を治療して報酬が貰えなくてもギルドから最低保証額が支給される、みたいなこと?」

「ええ、そうよ。リョウスケってもしかして元々はそう言う仕事をしてたのかしら?ギルドの職員とか?官吏だったとか?」

「あ、いや、そう言う訳じゃないけど、以前興味があってその手の本を読んだ事があったからさ……」


ソフィアに対して悪意のある嘘をついている訳では無いが、もう少し落ち着いたら改めておれの素性や生い立ちについて話すべきだな、と思う瞬間だった。

今後彼女がおれの護衛役であり友人でいてくれるのであれば、それは早ければ早い方が良いだろうし。

むしろ今がそのタイミングなのかもと思ったが、ここでザーフィラは馬に水やりを終え操縦席へと着いた。

そして合図も声掛けも無くすぐに馬車を走らせ始める。

それを見ておれとソフィアは早足で歩いて追い付き、再び追随を始めるのだ。

さて、おれの素性やソフィアの仕事に関してどう話したものかと思案していたが、先に彼女が別の話題を振ってきた。

「ねえ、リョウスケ?そう言えば私、今日の目的地を聞いて無いんだけど、今は何処に向かってるのかしら?」

薬師という身分の保証された堅実な仕事に就きながらも、やはり彼女はお嬢様育ちでおっとりとしたところが可愛らしい。

そうでありながら敵対者には非常に好戦的であるところは……そこも彼女の魅力の一つだと、おれは思っている。

「今日の目的地はカン砦って所らしいよ。直接トリス街には向かわないみたいだね」

「ああ、だからザーフィラがカン砦に着いたらどうのこうのと吠えてたわね。って事はこのままサイカ宿に入ってイリース川を渡って、それからカン砦って事か」

「ソフィアはカン砦に行った事あるのかい?」

「私はカン砦にはたまに顔を出してるわよ。五日ほど滞在して神聖魔法の手解きをしてるの。怪我や病気で治療が必要な人がいると呼ばれるから、そのついでにって感じでね。サイカ宿にも行きと帰りで一泊ずつして治癒をしてあげたり、お年寄りの話を聞いてあげたり――」


そしてソフィアと話せば話す程に……これほど地域貢献度の高い人物が、おれなんかの護衛役でいいのか?と正直思ってしまう。

実際問題おれは殺したって死なない身体なのだから、そもそも護衛が必要ないワケだし。

しかしそれ今から言い始めると彼女の気持ちを無駄にしてしまうので、こうなったからにはおれ自身が護衛を必要としない程の強さを得るしかない。

そうなればソフィアも薬師として、本来の才能を十分にふるえるだろうし。

「――なあ、ソフィア?その内でいいからさ、おれにも神聖魔法とか格闘術を教えてくれないかな?」

「ええ、いいわよ。って言うか、言われなくても教えるつもりだったの。魔女様も格闘術を習った事があるみたいだから、皆で鍛錬しましょう。全員が強くなれば誰も護衛なんて必要なくなる訳だし。トリス街はウリヤ人が沢山いるから神聖魔法や格闘術をやっていた方が仲良くなれると思う」

先程のソフィアとザーフィラのやり取りを見た後なので、本当に仲良くなれるかは疑問だったが、それを抜きにしても鍛錬をする意義は大いにある筈だ。

「って言うか魔女様ってさ?あんなに細い身体なのに格闘術とか出来るのかな?」

「うーん、そうねえ……実際立ち合ってみないと分からないけど、魔女様は多分強いと思うわ。ウリヤ人の格闘術の達人みたいな人って、皆ヨボヨボのお爺ちゃんとかお婆ちゃんばかりだけど私でも敵わないくらいに強いからね、人の強さって見た目では中々分からないものなのよ」

このファンタジー世界でなら、合気道の達人みたいなお爺ちゃんが実戦もガチで強い!みたいな事が現実的に起こりうるかも知れない。

ソフィアやザーフィラの様な若い女性が、屈強な体躯を誇るアランやギルに勝てるのだから、モデル体型の魔女様が殴り合いでも最強になってしまう可能性も無くはないのか。

いや、でも魔女様の能力値は物理戦闘向きじゃ無かったからなあ……と、妄想をほとばしらせつつも旅は続く。

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