第15.8章:異世界の愛し方
第1話:夜のはじまり
魔導具の測定結果を魔女様に報告すると――。
「あとで確認しておくよ。私はまだ研究室に籠るから、お前たちは好きに過ごしてくれればいい。さっき言った通り、出立は明朝日の出頃。ザーフィラにも伝えておくれ」と言い、ドッズから羊皮紙を受け取るとそのまま研究室の扉を閉ざしてしまった。
それからおれとドッズは宝物庫を出て、既に食事が用意してあったので一緒に食べる事にした。
「――今日はナマズと……マスも獲れたんだ。この集落じゃあ、獣肉よりも魚を食う事の方が多い。イセリア人は元来肉を好むが、イリース川は魚の獲れない時期が無いから必然と魚を食う日が多くなる。それと比べると獣は狩り過ぎると、森の民から威圧的な行為を受ける事があるのだ。もう二十年も猟師を生業にしてるから慣れたが、最初の頃は散々な目に合う日々だった……。森の民にも色々いるんだよ。こちらを見かけただけで威嚇攻撃をしてくる奴や、攻撃はしてこないが着かず離れずでしつこく付き纏ってくる奴とかな。まあ、少なからず好意的なやつらもいたけどよ」
ドッズは淡々とした口調で語ってくれていた。
今日はナマズとマスのごった煮になっているが、ベリンダやノーマがしっかりと下処理をしてくれているので、先日のナマズ鍋よりも味わいが深い。
茸類や木の実、葉物野菜なども豊富なので満足感が凄かった。
クヴァスも用意してあったので、日はまだ落ち切って無かったがドッズと二人で早めの晩酌となった。
「ドッズは魔女様以外にも、エルフの血を濃く引いた森の民を見た事がありますか?」
彼は食事を摂り酒を飲み何かしら考え事をしてる様子だったが、明日からドッズとは暫く会えなくなるので少しでも話しておきたかった。
「おお、あるぞ。森の民は大きく分けて五つの集団に分かれておってな、それぞれが神樹と呼ばれる古代樹を護っておる。その集団を率いておるのが、エルフの血を色濃く引いた者たちで、俺はその内の一人に会った事があるんだ。魔女様と一緒に森の民の里に出向いた時の話だ。魔女様がヴァース教に拘束される前で、俺がこの集落に戻って来た頃になるのか……」
要するに二十年以上前の話になるという事か。
「何か目的があって、魔女様とドッズは森の民の里へ行ったんですか?」
「第七次森林戦争後に魔女様はこの集落に戻られて、戦争自体には不介入だったが、森の民に対して戦後復興の支援をされていたらしい。今日幾度と無く話に出たカロン導師らの力も借りてな。俺はこの集落に戻って来るまでそんな話は知りもしなっかったが、今後この集落で猟師をするなら顔見せをしておけと言われ、森の民の里へ連れて行って貰ったんだ」
確か第七次森林戦争の終結は三十五年前で、魔女様がヴァース教に殺されたと虚報が流れたのが二十年前だったはず。
戦争に不介入なのは……森の民生まれのイセリア育ちである魔女様が下した苦渋の決断だと思われる。
「もしかしてその戦後復興支援が、イセリアの貴族やヴァース教の目に留まり有らぬ嫌疑を掛けられ拘束されてしまったのですか?」
重々しいドッズの口振りや雰囲気から見て、そう言う話の流れだろうと察した。
「魔女様はただ純粋に森の民に支援をしていただけだった。武器や戦争に使う道具では無く、食糧や衣類と言った生活に役立つ物ばかりを供給していたんだよ。それなのにヴァース教の異端審問の奴らは、魔女様が森の民と結託して第八次森林戦争を画策してると騒ぎ立て始めて、あれよあれよと言う間に拘束にまで至ってしまった。勿論俺らは抵抗しようとしたが、集落の子供らを人質に取られてなあ、魔女様の子らも含めて……それで魔女様は無抵抗で拘束されてしまったのだ」
理路整然と話そうとしてくれているが、ドッズは怒りで身体を震わせ目は充血し涙を浮かべていた。
見ているこちらの胸が苦しくなる様な激しい怒りだった。
「それで……その当時、大先生はどうしてたんですか?魔女様の子供という事は、父親は大先生ですよね?」
「大先生はその頃、隣国へ外交行脚に出掛けておったらしい。むしろヴァース教の奴らはその時機を逃さずに行動に移した訳だ。魔女様が森の民に支援してる事実を、大先生は支援に関して協力こそしなかったが黙認していたと言う事実も不味くてな。それを嗅ぎつけられて大先生の兄弟子にあたるヴァース教の大司教から、政治的な圧力を掛けられていた可能性も否定は出来んが……」
そして拘束の後に異端審問官の手に掛かり、魔女様は処刑されてしまったと思い込んでいた訳だ。
大先生はそれが虚報だと知っていたと思うが、敢えて真実を公表しなかったのは色々と思惑があったのだろう。
「経緯はともあれ、魔女様は生きて帰還された訳ですし、今後は魔女様の為に忠心を注ぐって事ですね?」
重い意味を持つ言葉だったが、敢えて軽口を叩く様に尋ねてみた。
酒が進む中で暗い過去の話ばかりでは、ドッズの後悔や屈辱を煽る事になってしまうと思ったのだ。
その意を酌んでくれたのか、彼は顔を紅潮させつつも薄く笑みを浮かべてくれた。
「勿論だ!魔女様を想いつつも死んでいった仲間は大勢いるからな。そいつらの分も俺が忠心を立ててやるんだ!」
そう言い放つとドッズはクヴァスを呷りコップをテーブルに叩きつけた。
彼の熱情と決心の強さはこちらの骨身にまでビリビリと伝わってくる。
「ドッズとは明日から暫く離れる事になりますが、いつかまた酒が飲める事を楽しみにしておきますよ」
「おお、そうだな。俺もその内トリス街へ行く事もあるだろうから、その時は思う存分酔い痴れようぞ!」
それから少し歓談したが、酔いが深まる前にドッズは席を立った。
「……すまんな。まだ早いが、酔いが回る前に今日の出来事を手記に書き残しておきたいんだ。大先生の下で働いてた頃からの日課でよう。魔導具の測定結果も覚えてる内に……では、リョウスケよ、明日の見送りは起きれたら顔を出す。またいつの日にか会える事を楽しみにしておくぞ、魔女様の宮宰殿よ――」
ドッズがいなくなり、一人でちびちびと酒を飲み時を過ごした。
途中、ノーマが訪れてクヴァスを追加してくれて、使った食器は下げてくれた。
彼女を相手に酒を飲んでみたかったが、後片付けもあるだろうから誘うのは止めた。
そうこうしてる内に夕闇が舞い降り、夜は深まってゆく。
時折何処からかギルの大きな笑い声が響いて聞こえて来たので、恐らく人を集めて集落長の家で飲んでいるのだろう。
一瞬そちらへ行こうかと腰を浮かせたが、たまには一人で飲むのも良いかと思い直し座り直す事にした。
今頃アランや大先生はトリス街に到着しただろうか?
あの二人が王都へ戻ったら宮廷は大騒ぎになってしまうだろう。
そのタイミングで国王が崩御してしまったら、それこそ戦国時代の幕開けになってしまうかも知れない。
そうなるとその中心にいるのは魔女様で、訳の分からない存在であるおれも中心近くにいてしまう訳で……。
(実際問題、あまりのほほんとはしてらんないんだよなあ。かと言ってガツガツと前のめりになる気分じゃ無いし、そんなキャラでも無いしなあ)
結局おれは自身が宮宰であったり、特異点である自覚も覚悟も有して無いのだ。
ただの平凡なサラリーマンだったおれが、高々四日やそこらでドッズの様に覚悟が決めれる筈も無いのだけれど。
忠心を立てるべき相手も、今朝方に出逢ったばかりだし。
――と、そんな感じで一人の晩酌を楽しんでいると、奥の部屋から魔女様がすうっと現れた。
赤毛で派手な容姿を誇る魔女様だったが全く気配を消していたので、ほろ酔いのおれは驚き直ぐに声を発する事が出来なかった。
「ああ、寛いでるのに悪いね。いや、なに流石に腹が減って来てさ。このところ色々と立て込んでてね、三日ほど真面に寝て無いから、眠気も酷くて……」
そう呟くと魔女様は大先生の……いや、今はもう彼女の席に着き、眠気眼を擦りながら黙々と食事を始めた。
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