第9話:宝物庫の魔導具たち
「――まさか、大先生の家の地下にこんなにも広い地下室があるとは……」
それが宝物庫へ足を踏み入れたドッズの第一声だった。
「魔女様の言ってた師匠の研究室は、あの奥の扉の向こう側です。研究室もこの部屋と同じくらいの広さがありましたよ。魔導具の棚はこっちです」
若干呆け気味のドッズを引き連れ、魔導具棚の前まで導く。
「この棚にある四つの武具が全て魔導具なのか?」とドッズ。
「そうらしいです。魔女様は感覚的にこれらが魔導具だと分かってたみたいですね。取りあえず左端の物から測定する事にしましょう」
淡々と進めそうになってしまうがドッズの気持ちは分からなく無いので、彼が落ち着きを取り戻すまで待つ事にした。
何か役目を科せられると事務的で冷たい態度をとってしまうのは、昔からの悪い癖だ。
暫く大人しく待っていると、ドッズは持参した羊皮紙を床に広げ羽ペンの先をインク壺に挿した。
「待たせたな、リョウスケ。どれからにする?一番左端からにするか……」
「そうですね、左から順にいきましょう」
そう言いおれは天啓の石板を羊皮紙の近くに置いた。
それから魔導具へと手を伸ばした。
恐る恐る、慎重に。
一番左端にある武具は短槍だった。
色味は黒ずんだ銀色……だろうか。
長さはおれの身長よりも短く、石突きに無色の宝石(水晶かもしれない)があった。
その短槍は驚く程の軽さで思わず「え、軽い!」と声を上げてしまった。
質感は金属だが、木の棒……いやそれよりももっと軽く感じる。
取り合えず石突きの宝石を石板に近づけてみると、青白い光が溢れ出し魔導具のデータが表示された。
名 称 可変槍グラーシーザ
ギフト 【
能力値 器用さ、魔力操作、知覚力、敏捷性
この測定結果を見てまずドッズが声を上げた。
「おお、グラーシーザとは!これはサリィズ王国建国時に活躍した騎士殿が扱ったとされる物だ!」
隣りにいて耳鳴りがするくらい大きな声だった。
その後は速やかに情報の記録を始めてくれている。
「可変槍と表示されてあるので、魂魄結紮をしたら剣とか斧に形が変わるんですかね?属性に影響が無さそうなので、所有者をあまり選ばない……のかな?」
ドッズが記録を取っている間に短槍をつぶさに観察してみたが、可変しそうな機構は発見出来なかった。
石板の3Dグラフィックは短槍の形状だけが表示してある。
ドッズは文字の記録だけをするものと思っていたが、グラフィックの方も丁寧に描き移していた。
これがまた驚くほど上手で、今更ながらにこの人の多彩さには舌を巻いた。
そして記録が終わると「――よし、いいぞリョウスケ、次にいってくれ」と声を掛けられたので、おれは短槍を元の位置へ戻した。
次なる魔導具は弓……長弓に属するのだろうか。
矢は無く、棚には弓だけが立てかけてあった。
手にしてみると、これもまた驚く程の軽さだ。
素材は木製でも金属製でも無く……カーボン素材の様な感じ。
そして今更気が付いたが、この弓には弦が無かった。
一体どの様にして扱うのだろうか。
握りの少し上部に茶色の宝石が具わっていたので、その部位を石板へ近づけてみた。
名 称
ギフト 【
能力値 土属性魔力、器用さ、知能、耐久力
この測定結果を見てドッズはおれにも聞こえるくらいの生唾を飲んでいた。
すでに記録を始めてはいるが、驚きは隠しきれて無い。
「この弓も伝説的な物ですか?」
「おお、勿論だ。すべての猟師や弓の使い手が一度は夢みるであろう代物だ。実在するとは思いもしなかったがな」
「これ土属性みたいだから、ドッズが貰えばいいんじゃないです?」
「お、恐れ多いわ!老い先の短い俺がこの様な伝説的な弓を頂ける筈なかろう!」
これまたびっくりするくらいの大声だった。
確かに魔導具を与えられると戦いの最前線に出る必要に迫られるので、これをドッズに委ねるのは少々酷か。
「冠名とかギフトの意味とか、ドッズは全部分かりますか?」
「冠名の方はいまいち分からん。ギフトの方は大体分かるが」
「じゃあ、記録を終えたら後で教えて貰えますか?」
「ああ、それくらいは構わんが、リョウスケの場合は魔女様に聞いた方がいいだろう。お前はもう魔女様に仕える身だからな。さて、では、次の武具を頼む――」
その催促を受け、おれはフェイルノートを棚へ戻し次の武具を手に取った。
ゲームの世界で言うメイスだろうか。
長さは八十センチ程で、一メートル未満。
先端部分に殴り用の鋼球があり、美しい細工は施されてあるが物々しい鈍器だ。
柄頭にある宝石は……水色、土色、白色と三色が入り混じり煌いて見える。
取り合えず、その美しい柄頭を石板へ近づけてみた。
名 称
ギフト 【
能力値 光属性魔力、水属性魔力、土属性魔力、生命力、知能、耐久力
「うわあ、この武器は能力値が凄いな。しかも鈍器なのに冠名が豊穣とか……一体どの様に扱うんだろう?」
それに【光耀】とは確か大先生が有していたギフトだ。
要するにこのシャルーアと魂魄結紮をしたら大先生と同等の光属性の魔法使いになれるという事なのだろうか?
それを考えると……やはり魔導具の所有数は国家の戦力として大きな意味合いを持つのだ。
魔導具を制する国がこの世を統べると言って過言無いかも知れない。
「シャルーアか。これも……その名は古い文献で目にした事がある。伝説的な魔導具で間違いないだろうな。いやいや、これは偉い事だぞ。これらをそれぞれザーフィラや魔女様の様な方々が所有されたら、本当にこの世の中をどうにか出来てしまうかもしれんなあ」
「ドッズ?おれの場合は魔力操作が上昇する魔導具と魂魄結紮したら……時空間魔法が使える様になるって事ですかね?」
そうであれば、今後おれが探すべき魔導具も絞れる事になる。
「そうだとは思うがな。リョウスケの場合は他とは余りにも掛け離れておるから、やってみなければ分からん……としか答えられんよ。――さて、では四本目の測定をやろうか?」
豊穣槌矛を元の位置へ戻し、最後の武具へと手を伸ばした。
――が手に触れる前に息を飲んだ。
真っ白な杖に、赤目の二匹の白蛇が絡みついているのだ。
造り物の筈だが、余りにも生々しい白蛇は時折動いている様な錯覚に陥ってしまう。
杖の上部には金色の翼が大小合わせて六枚あり、その中央部には白く光り輝く大きな宝石が具わってあった。
「こ、これは見るからに凄いですね。触れる事すら気が引けるほど神々しい……」
思わず弱音を吐いてしまった。
しかしこのままやり過ごす事は出来ないので、腹を括り白き杖を握り締めた。
そのまま白い蛇に絡みつかれる錯覚に襲われ一度手放してしまったが、改めて握り締めた。
「触れる事を拒否されている様な感覚があります。持ってるだけで、敵意を感じると言うか……手がガクガクと震えてしまう。怖いのでさっさと測定しましょう」
手だけでなく、身体全体と声が震えるのを抑える事が出来なかった。
これまでに五本の魔導具に触れて来たが、この杖は明らかに他とは違う。
羽の中央部にある宝石を石板に近づけると、すぐに測定結果が表示された。
おれはそれを確認する前に、杖を元の位置へと戻した。
杖を持っていた手は未だに震えがあり、痺れが残っている。
名 称
ギフト 【
能力値 光属性魔力、水属性魔力、知能、知覚力、生命力、魔力耐性、耐久力、意志力、精神力
「カ、カドゥケウスだとっ!?確か聖王様が所持されていた杖の名がカドゥケウスだった様な……それと同一の物か?いや、このギフトや能力値を見る限り、疑い様も無いが」
ドッズの声も震えて響いて聞こえた。
過去一番の大声だったので、研究室にいる魔女様にも届いている事だろう。
「聖王様って……確か、聖王歴の由来となった王様ですか?」
「ああ、そうだ。五百年ほど前にイセリア文明圏の国々をほぼ全て制覇したとされる。万能であり、民からは
確かにこれ程の能力上昇があれば、万能であり現人神と崇められても不思議は無い。
その聖王が所有していた杖が魔女様の下にあるという事は……いずれ彼女も現人神の様な存在になり得るのだろうか?
他に目星は付けてあると言っていたが、魔女様自身がカドゥケウスと魂魄結紮した方が良いのでは?と、おれは考えてしまう。
この件に関しての打診はするべきか……いや、立場上はする他無い。
第15章
改めて石板の活用法
END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます