第8話:再び宝物庫へ
「――水を差す様で悪いけどさ、赤月云々の話は大々的に公表するのは止めた方が良いかもね。元々伝承としてあるから、公に出すと悪巧みをする奴らが集まって来る可能性が高い。本物が来た時に有らぬ疑いを掛けなければならなくなるから、リョウスケも同胞を探すなら自発的な発言を待つべきだよ」
ここでも魔女様は冷静沈着バージョンで、おれを諭し滾りを抑えてくれた。
冷静と情熱の間で激しく揺れ動く彼女の生き様は、それこそが一番の魅力となり得るのかも知れない。
「それは確かに仰る通りですね。迂闊に言い触らす様な事はしません。恐らくおれと同じ世界から来た者は何かしら異質であると思うので、赤月の件は相手を厳選して慎重に対応します。出来れば相手から自発的に引出し、可能であらば魔女様も一緒に――」
この世界へ転じて四日が過ぎて漸く、ある程度具体的な目標が見えて来た。
元居た世界へ戻りたいかどうか……今はこの世界を思う存分満喫したいと言う思いが強いのでなんとも言えないが、その気になればいつでも元居た世界へ戻れると言う選択肢は有しておきたい。
おれと同じ状況の者を探す事は、その糸口を掴むのと同義だと思うので可能な限りの努力はしておきたいのだ。
勿論、魔女様の下での仕事を疎かには出来ないので、主軸は宮宰(秘書兼パシリ)に置かなければならないし、暫くは宮宰の仕事の副産物として異世界の情報が得られれば良い……その程度の心持ちで生きてゆく事にしよう。
「――さて、じゃあそろそろ石板の検証会はお開きにしようか。本当は明るい内に集落から発つつもりだったけど、色々と調べたい事も出来たから今晩はここに滞在して出立は明朝としよう。私は今から師匠の研究室に籠るから、アンタらは魔導具の測定を宜しく頼むよ」
そう言うと魔女様は椅子の上に立ち上がり、大きく背伸びをした。
そして椅子から、まるで子供がそうする様にぴょんっと跳ね下りる。
「あの、魔女様?そう言えばベリンダが食事をどうするか聞いてましたよ。ここに運ばせればいいですか?」
「ああ、ここに運んでくれればいいよ。腹が減ったら食べるから。冷えてても問題ないからね、私が自分で温めてるから。じゃあ後は任せた――」
魔女様が再び宝物庫へ入ってから、おれとドッズは暫く呆然と立ち尽くし時を過ごした。
それから特に何か切っ掛けがあった訳では無いが、二人ともほぼ同時に動き出しまずドッズが「俺は測定結果を記録する羊皮紙を持って来る」と言い外へ出たので、おれもその後を追い家から出て集落長の家へと向かった。
取り合えず食事の件だけでも伝えておかなければならない。
炊事場へ行くとノーマが鼻歌混じりに火の番をしていた。
「――ゴキゲンだね、ノーマ?」
声を掛けると彼女はびくっと身体を震わせた。
驚いて可愛らしい鼻歌を止めて、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべている。
「あはは、誰も居ないと思ってたから。もうお話は終わった?魔女様の食事用意した方が良いのかな?」
「腹が減ったら食べるから、ルーファスの家に用意しておいてくれって言ってたよ。おれとドッズの分もお願いしたいんだけど、大丈夫かな?」
「うん、全然平気だよ!後で三人分用意して持って行くね!」
相変わらず可愛らしく明るい娘だ。
ドッズを待たせる気は無かったが、少しくらい話しをしておきたいと思ってしまった。
「ノーマは魔女様の事をどう思う?さっきの魔法陣の時は怖く無かった?」
改めて話し掛けると、彼女は立ち上がりこちらに身体を向けてくれた。
「魔女様は綺麗だし、格好が良いし、素敵だと思う!けど、ちょっと怖いかもね。二人きりで話すとちょっと緊張しちゃうかも。魔法陣の時は最初は怖かったけど、すぐに落ち着いて全然平気だったよー」
魔女様に対する印象は、これが一般的なのだと思う。
魅力値が異常に高かったので、誰しもが
魔法陣の時に落ち着けたのは……これは恐らく魔女様の魔法の影響だろうと思った。
「魔女様がこの土地から居なくなったのは二十年くらい前って言ってたからノーマは初めて会ったんだよね?魔女様の話とか聞いた事なかった?」
「二十年前って私が生まれた頃だから、会った事は無いよ。魔女様の話は聞いた事あったけど、おとぎ話みたいな感じ。怖い魔獣を沢山倒してくれたとか、どれだけお酒を飲んでも酔い潰れないとか、そう言う感じの……」
例えおとぎ話だとしても悪い印象が伝わって無ければ、今後魔女様がこの地方で活動する上では然程足枷にはならないだろう。
好印象であれば、いざ旗揚げとなった際は多くの協力が得られるかも知れ無いし。
ノーマと話していたら羊皮紙を手にしたドッズが現れたので、残念ながら彼女との会話はここまでとなってしまった。
ドッズと共にルーファスの家へ戻ると、彼は羊皮紙をテーブルの上に置き羽ペンとインク壺の用意を始めた。
「――ドッズは取りあえずはこの地に留まり、森の民との交渉役を務める事になりますよね?」
大先生が愛用していたであろう筆記用具が棚の中にあり、ドッズはその中からペン先の良さそうな羽を選別していた。
「先程魔女様が仰られた通りだ。俺のギフトは大森林から離れては然程役に立たんからな。この地で俺に出来る事を懸命に為すしかない」
「森の民との交渉に関しては、ある程度のアタリが付いているという事ですよね?」
「俺は【森林の恩恵】……今では【森林の祝福】を受けているから、他のイセリア人と比べると、森の民から敵視されにくいだけの話だ。どうやら奴らは俺がそう言うギフトを有している事が感覚的に分かるらしい」
「ああ、それで森の奥でばったり会っても襲撃されないという事ですか?」
「過去に何度か、同じ森の民だと思われて声を掛けられた事もあるからな。俺の親父も【森林の恩恵】を受けていたから、これは俺の一族の特性なのかもしれん」
ここでふと思ったのは、ドッズの一族は元を辿れば森の民と繋がっているのでは?という事だ。
容姿はイセリア人と変わりないと言う話だったので、今となってはその真実を探るのは難しいと思うけれど。
「――よし、これで記録の準備は整った。ではリョウスケ、俺らも宝物庫に入るか」
ドッズは筆記用具と羊皮紙を持ち、おれは魔導具測定の更新を終えた天啓の石板を手に取り宝物庫へと向かった。
扉はまだ開けっぱなしだったので、おれが先に下りその後にドッズが着いてくる。
どうやら魔女様がおれたちの為に灯りを用意してくれたみたいで、一定の間隔で眩い光球が天井近くに浮かんでいた。
「なあ、リョウスケ?俺が宝物庫に入って大丈夫なのか?呪われたりせんのだろうか?」
螺旋階段を下りつつ、ドッズが問い掛けて来た。
「うーん、多分ですけど……さっきドッズの能力値を見て、魔女様は問題無しと判断されたのでは?おれの口から問題無いとは言えないですけど、大役を担っているドッズを危険な目に晒すとは思えないので」
「まあ、そうだよな。ここは魔女様を信頼するしかないな――」
若干の心配を心に宿しつつ、おれとドッズは宝物庫へと入った。
彼の場合は例えその身に危険があったとしても、魔女様の為ならなんでもやってしまうのだろうな、と思いつつ。
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