第2話:ササラ人の存亡

ナマズとマスのごった煮が魔女様のお口に合えばいいが……と思いつつ様子を窺っていたら、こちらの視線に気が付いたみたいで。

「――お前がベリンダたちに料理を教えてるって聞いたよ。これはササラの味付けに似てるね。ここらの料理はもっと味気ない感じだった筈だから」

それを聞きおれは益々とササラに対し興味を抱いてしまった。

容姿や味覚が似ていて、言葉も通じるのなら上手く付き合っていけると思うし。

「ササラにも出汁の文化があるなら、おれの国と似た様な料理が食べれるのかもしれませんね。ちなみにウリヤではどの様な料理が出るんですか?」

「ウリヤの料理は辛いし香辛料も効いてて舌が痺れる感じだよ。イセリアやササラと比べると味付けが濃いんだよね。気になるならトリス街で食わせて貰えば良いよ。あの街にはウリヤ人地区があるから、本場と同様のウリヤ料理を出してくれる。ザーフィラに言えば良い店に連れて行ってくれるよ」

これはトリス街に行く楽しみがひとつ増えた。

ウリヤ料理で使う香辛料が手に入ったら、オリーブと同様に作れる料理数が増えるのは間違いない。


「――ところで魔女様、魔導具の測定結果はご覧になりましたか?」

かなり眠そうに見えたが、食事の手が止まらないので会話を続けて見る事にした。

「ああ、見たよ。どうせカドゥケウスの事が気になってるんだろ?ドッズも馬鹿みたいな大声で叫んでたし。アレと私が魂魄結紮すればいいのに、みたいな事を考えてそうだね、お前は……」

「ご明察です。カドゥケウスの事はドッズから伝承を聞きました。聖王が所有していた魔導具を新たな国の王たる魔女様が有するのは、凄く意味が有る事だと思いましたので」

そう考えるのはおれだけでは無い筈だ。

魔女様がカドゥケウスと魂魄結紮する事は、大義と意義があり尚且つ夢とロマンに溢れている。

「リョウスケ?お前はアレを測定する時に触れただろう?その時に何か感じ無かったかい?」

「ええ、はい……触れた瞬間にあの白い蛇たちに睨まれた感覚が有りましたし、酷く手の痺れがあり、なんとなく杖から拒絶されている様な気分になりました」

「ふうん、お前でもそうなるのか。じゃあ私も同じだよ。さっきここに来る前に少し触れてみたけどね、完全に拒絶された。あれは持ち主を選ぶ魔導具だね。無理やり魂魄結紮をしたら、それこそ呪い殺されてしまう可能性があるよ」

誰でも彼でも装備出来る代物では無いと思っていたが、魔女様クラスの能力値を以てしても拒否されるとなると、カドゥケウスは相当なじゃじゃ馬らしい。

そうなると一体どの様な人物ならお気に召すというのだろうか?


「――カドゥケウスは光と水の属性魔力に影響がありそうなので、おれの場合は全く素養が無く、魔女様の場合は火属性が強すぎて嫌われてる……みたいな感じなのでしょうか?」

おれが語り掛けている間も、魔女様はもぐもぐと頬を動かし食事を摂っていた。

華奢な身体をしているが、その食べっぷりはテレビに出てるフードファイターの様だ。

齢百六十を超える超大人なのに食べ方は子供の様で、そのギャップは魅力的に目に映った。

「そもそも魔導具とは装備者の深層魔力と繋がるモノだからね。私やお前の深層魔力じゃあ色が違い過ぎてカドゥケウスとは繋がり様が無いって話さ。たとえ光と水の属性魔力が人並み以上であったとしても、アレ自体が気に入ってくれるかどうか分からないし。結局誰も使い手が見つからずに師匠が回収して保管してたんじゃ無いかな?放置してると馬鹿どもがこぞって魔力結紮して、無駄に死に捲るだけだからさ」

そこで言葉を切ると、魔女様は食事の手を止めた。

もう食事はお終いかな?と思ったが、次は空の器を手にしてクヴァスをガブガブと呷り始める。

本当にこの人の立ち振る舞いや所作は魔女や魔法使いと言うよりは、海賊やら山賊みたいな感じで……しかしそれがまた美しくも可愛らしくも見え目が離せなくなってしまうのだ。


「――ところで、リョウスケ?話は変わるけど、お前は精力は強いのかい?今まで女はどれ程抱いてきたんだ?」

会話の転調ぶりに、思わず口に含んだクヴァスを吐き出してしまいそうになった。

一体なんで急にそんな話になってしまうのか……。

「えーっと、この世界に来てまだ四日目なので、そう言う経験はまだ無いですよ。元の世界でも……夜な夜な女遊びをする感じでは無かったので、人生で五人ほどしか経験はありません。精力は人並みだと思いますけど……たぶん、きっと」

「ふうん、そうか。いや、なに……お前をササラに連れて帰れば、ササラの女どもは喜ぶだろうなあって思ってね」

「それはおれがササラ人の顔で身体だからですか?特殊なギフト持ちだし……」

「勿論それもあるけど、若く健康で精力の強い男が欲しいんだよ、ササラは。あの民族はね、ここ百年くらい男子の出生率が激減してるんだ。元々女の人口が多かったらしいけど、それが今や男子は五人一人しか生まれず、しかもその殆どが虚弱ときてる。今までは一夫多妻制でなんとか凌いでたけど、そろそろササラだけで解決出来る問題じゃ無くなってきたってワケさ……」

思わず小鼻が膨らんでしまう話だ。

気が付くとおれは姿勢を正し胸を高鳴らせ魔女様の話を聞いていた。

あれ?もしかしたらおれってササラを救うためにこの世界へ遣わされたのでは?と思ってしまった。


引き続き魔女様は口を開く。

「――そもそも私がこの地に多民族国家を築きたいのは、ササラを救う為でもあるんだよ。イセリアやウリヤとササラの血を混ぜてさ、その中からササラの血を色濃く引いた健康な男子をササラへ連れて帰れば、もしかしたら状況が変わるかも知れないだろう?ササラ人ってのはさ、本来は他の民族の血が混じるのを嫌うんだけどね、いつまでも見栄や誇りだけを大事にしてると、二百年もしたらササラ人は絶滅してしまうから」

魔女様はササラの怪しい商人に踊らされているのでは?疑惑があったが、これが本命だったのか……と思わせるほど、その言葉には重みがあった。

「あのう、もしかしておれをササラ人の中に何年か放り込んで、子種を撒き散らしてササラ存亡の危機を救って来いって思ってます?それも結構本気で……」

「結構っていうか普通に本気だよ。多民族国家は興すけど、お前はこっちの仕事がある程度落ち着いたら、十年か二十年くらいササラで子種を撒き散らして来ればいいよ。イセリアやウリヤの男とはヤリたくない女たちもいるだろうからさ、需要は絶対にある。それこそお前のギフトならササラの王族に取り込まれるかもしれないね。私の計画とお前の活躍でササラ人が滅亡の危機から救われるなんてさ、凄い事だと思わないかい?」

「それは……凄い事だと思いますし、おれで良ければ幾らでも協力しますけど。でもそれって、取りあえず魔女様の国を興して安定してからの話ですよね?」

「それは勿論大前提だよ。お前はカロン導師にも引き合わせないと駄目だから、近々の話では無いし手放す気もない。将来的にの話さ、いつかその内に――」


そのまま魔女様は続け様にクヴァスを呷り、一気に酒桶を空にしてしまった。

凄い飲みっぷりだった。

通り名を灼焔から暴飲暴食の魔女と変えて欲しいくらいに。

「酒なくなったので、ちょっと貰ってきますよ」

それはパシリとしては当然の行為なので、酒桶に手を伸ばし腰を浮かせたが、立ち上がる前に魔女様に手で制止された。

「ああ、もう、酒はいいや。それより、リョウスケ?ちょっと私の部屋に来ておくれ。今日は……気分が良いから、今から少しだけ魔法を教えてやるよ」

そう言うと魔女様はゆらりと立ち上がり、おれがまだ立ち入った事の無い奥の部屋へと行ってしまった。

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