第6話:銅鑼声

「――次はギルの番だね。宜しく頼むよ」

魔女様は再び椅子の上で体育座りとなっていた。

ギルは差し出された石板の上にその大きな手をゆっくりと乗せた。

目一杯に広げると石板から指先がはみ出してしまう程の大きさだ。

手を乗せ、青白く光り輝き、そしてギルの測定結果が表示される――。

ギフトは【銅鑼声どらごえ】と表示して有った。

これを見てまず魔女様は「へえ、【銅鑼声】とは珍しいね」と呟き、口許に笑みを浮かべていた。

「俺は王国軍に入った当初は【筋力増加】だったんですけど……それが何度か戦場に出てる内にギフトが【銅鑼声】に変化したんです」

二人の話に耳を傾けつつ、ギルの心身評価を確認した。


筋 力      88

耐久力      82

知 能      62

精神力      72

敏捷性      69

器用さ      52

魅 力      84

生命力      83

知覚力      58

意志力      69

心身評価    719


ザーフィラやドッズと比べると若干見劣りしてしまうが、それでも700超なので優秀な評価となるのだろう。

器用さや知覚力が低いのは彼の片目が潰れてしまっている影響かも知れない。

そして引き続き魔力側を――。


光属性魔力    34

闇属性魔力    28

火属性魔力    85

水属性魔力    43

土属性魔力    65

風属性魔力    29

時間属性魔力   11

空間属性魔力   11

魔力操作     35

魔力耐性     67

魔力評価    408


こちらは恐らく一般人レベルでは無いだろうか。

ギルの場合は心身評価が優秀なので、魔力評価は低くても王国軍や冒険者として活躍出来ていたのだと思う。

「――ギルはさ、見てくれも能力値も戦士だけど案外指揮官向きなのかもね。【銅鑼声】ってギフトは、周囲の声の届く範囲にいる仲間の筋力、耐久力、精神力なんかを一時的に大幅に上昇させる効果があるんだよ。ギルに百人隊を指揮させりゃあまず負ける事は無いだろうさ」

魔女様からお褒めの言葉を頂きギルは満更でも無い様子だった。

ドッズとギルの二人は魔女様に対しかなり心酔しきっているので、好評を受け意気揚々とした雰囲気が伝わってくる。

ここでも知っておきたい事があったので、魔女様に尋ねる事にした。

「例えばですけど、ザーフィラの様に既にギフトで能力上昇してる人物が、ギルの【銅鑼声】を聞いた場合ですが、能力上昇の効果は上乗せになるのでしょうか?」

ゲームで言う所のバフの重ね掛けが出来るかどうか。

これが可能であれば、バフ付与系の指揮官を多く有する部隊はとんでもなく強くなる。

「相変わらずお前は細かい所に気が付くね。一般的には能力上昇の効果は上乗せされると言う認識だよ。しかし個人の心身の限界を超えた能力上昇は出来ない……と私は見ている。あとさ能力上し捲った後の疲労感は半端なく酷いんだよ。それを考えるとギルに預けるのはギフト持ちの精鋭部隊じゃ無くて、能力上昇のギフトを有さない者たちを集めた方が良いかも知れないね」

なろほど……個人の能力値限界があるのか。

確かに魔女様の提案通りに部隊編成を組んだ方が効率は良さそうだ。

ギルは面倒見も良いし、若者や新兵を率いるのにも適しているかも知れない。


「私の考えではね、ギルはこの地方では顔が利きそうだから、いずれはカン砦かトク砦の城砦隊長を任せたいんだよ。この集落近隣はドッズに任せて、ギルはオークの森からトリス街の地域一帯に睨みを利かせる。それを為すにはもう少し人材を揃える必要があるけど、重要な拠点には信頼のおける人物を配置したいからね。今後はそう言う意識を持って人材の育成なんかを進めておいてくれると助かるよ」

魔女様の想いの丈を聞きドッズとギルは改めて背筋を正していた。

この二人の忠誠心や信頼度も大きな評価の一つになるのだろう。

だがギルには少なからず不安もあった様で「し、しかし魔女様?俺が城砦隊長になるのは無理じゃあ無いですか?確かカン砦みたいな小規模な砦でも騎士家の出の者じゃ無いと……俺みたいな市井の出は十人隊長になれれば良い方ですから」と、意気消沈気味に言葉を吐いていた。

「ギルが言ってる城砦隊長はサリィズ王国軍の話だろう?私の国の城砦隊長は身分も家柄も関係無いから気にしなくていいよ。大体素性も得体も知れないリョウスケが宮宰をやってるんだからさ、身分もへったくれも無いって話さ。能力がある奴がその他を大勢を率いればいいんだよ、私の国では!これからの時代はっ!」

この魂の籠った熱き咆哮には心が痺れる。

魔女様は座したままだったが、その瞬間赤色の髪や瞳が燃え上がる様な錯覚があったのだ。

心が業火で焼かれる様な感覚だった。

傍で聞いていたおれですら琴線に触れ涙ぐんでしまった訳だが、直接その熱き言葉を受けたドッズとギルは大粒の涙をぼたぼたと零してしまう有様だ。


そしてその熱さはザーフィラにも伝播した様で、いままで大人しくしていた彼女だったが、椅子から立ち上がり声を張り上げた。

「では、私はどの様に使うのだ、魔女様よ!私に魔導具と魂魄結紮させてなんとする?」

このタイミングでザーフィラはおれの手から緑玉刀を取り上げ魔女様へと柄頭をかざした。

「ザーフィラは私の軍の主力だよ。ウリヤ人の精鋭を集めて思う存分暴れるが良いさ。実際の運用としては、私が何処かを攻める時はアンタがトリス街を守り、アンタが何処かを攻める時は私がトリス街を守る。三人目の強き者が仲間に加わるまではそう言う運用になるだろさ」

「では、私の部隊に入れる者は私が選出して良いのだな?全員ウリヤ人でも構わないのか?イセリア人の国でそれが叶うのか?」

「だから言っただろう?もうイセリア人の国じゃ無くなるって。別に何人なにじんを使おうが構わないよ。けどウリヤにはウリヤの戦い方があるから、バラバラにするよりか一つに固めた方が強いだろう?」

「それは勿論だ!ウリヤの部隊を作れるのなら、絶対に負けない最強の部隊を作ってみせる!」

仏頂面だから分かり難いが、ザーフィラにもしっかりと熱が伝わっているのを実感した瞬間だった。

魔女様は無理やり煽っている様子は無いので、これこそはギフトの影響により心象の強制力の様な気がしてならない。


「おい、ギル!ちょっと今から打ち合いに付き合え!心が滾ってどうにも収まりがつかない!行くぞっ!」

最早怒号に等しいザーフィラの呼びかけに応じ、ギルは涙と鼻水に塗れた顔を両手で拭き上げていた。

そして二人は高まり過ぎた気分を静めに外へと駆け出て行ってしまった。

扉を開けっぱなしで出て行ったのでおれは席を立ち扉を閉め再び元の席に着く。

「――ザーフィラはさ、その実力も血筋も申し分なく一軍の将たる器なんだよ。残念ながらあの子の国は滅んでしまったからね、今はこの国で冒険者に身を落しているけどさ。ギルは……あのギフトがあれば本来なら王国軍で百人隊長として勇名を轟かせていたはず。それが下らない身分制度のせいで十人隊長になれれば良い方ときてる。結果として私が焚きつける形にはなったけど、元々火種は心で燻ってたんだよ、あの子たちは」

一転、魔女様の口調はしみじみと鎮静化していた。

それを受けたドッズは魔女様と同様にしみじみと語り出す。

「身分制度に抑圧された若者はいつの時代にもおりますしなあ。戦災から逃れこの国に来てるウリヤ人の中にも、一旗揚げたいと意気込みのある若者は大勢いると耳にしております」

「今のままの支配体制だと殆どの人々が息苦しい生活を強いられるだけだからね、そろそろ根本からぶっ壊さないと駄目なんだよ。イセリアとウリヤの支配者共は戦争ばかりして何百年経っても平和に導けないからさ、そろそろ支配権を取り上げて痛い目を見させないと……。さて、なんだか勿体つける感じになったけど、最後に私の能力測定をしておくか。自分の時空間魔力がどれ程のものか気になるしね――」

そう言うと魔女様は天啓の石板を手元へ引き寄せ、石板上に手を重ねた。

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