第5話:宣戦布告

「当事者たちとはサリィズ王家と、ヴァース教の司教ら……いや、我らクロウサス一門の者たちを指しておるのじゃな?」

「はあ?王家やらヴァース教やらクロウサス一門だけじゃない。あの当時、私を陥れカイルとリルラとの生活を奪った……それに関わった奴ら全員だよ。けどね、こっちに戻って来て少し調べてみたら……私が殺したいヤツらはさ、既に半分くらい勝手に死んでやがるんだよ」

一体どの様な恨みがあるのか……二人の会話を聞きなんとなく掴めて来たが、灼焔の魔女の狂おしい程の怒りは言葉だけでも十分に伝わってくる。

「我らの寿命はお主ほど長くは無いからのう。こればかりは致し方あるまい……。のう、灼焔よ?今のわしであらば、お主の言う当事者らの多くを断罪出来るゆえ、それで怒りを収めてはくれぬか?国王に働き掛け、貴族であれば領地没収をも――」

「いやいや、それは無いね。私がそれで怒りを収められる様な聖人君主で無い事は、お前が一番解っているだろう?出来る限り断罪じゃなくて、あの件に関わったヤツは全員殺すんだよ。国王も大司教も、それらの取り巻きや手下も含め全員だ。これに関して例外は無い」

「しかし森の民であるお主が、それを行えば……これはまた大きな禍根を生む事になるぞ?」

灼焔の魔女が仇討ちを果せば、今度は森の民とサリィズ王国やヴァース教との戦いに発展すると、大先生は言いたいのか。

しかしヒートアップしてる魔女にそれを説いても、火に油を注ぐ事になりそうな気がする……。


「あはは、そうだね。いや、そうなんだよ。私が私怨を晴らせば、また罪の無い森の民に災難が降りかかってしまう。――それでね、私は考えた訳さ。森の民に迷惑を掛けずに、私怨を晴らす方法を」

「何を言うかと思えば……聞かずとも断言出来る事は、その様な方法はあり得ぬ」

「いや、それがあるんだよ、実に単純明快な方法が。私が、国を興せばいいだけの話なんだ。そして単一の国家としてサリィズ王国とヴァース教を……この世から滅する。簡単な話だろ?私と森の民に害意を有する者を、私が、私の国が、全て殺し切るだけなんだから。もしもイセリア人の全てが敵に回ると言うのなら、私は全てのイセリア人を殺す。これで全て解決だよ。サリィズ王国とヴァース教が滅べば、金輪際バカげた森林戦争も無くなるしね」

狂気じみた発想だった。

国家の存亡ではなく、簡単な算数の足し引きをしてる様な感じだ。

それに如何に凄い魔法使いとは言え、個人の発言にしては大きく出過ぎなのでは?と感じる。

それこそ重度の中二病患者が幻想の中で吐く、大言壮語に聞こえてしまうが……。


「ヴァース教やクロウサス一門はともかく、サリィズ王国どころか全てのイセリア人をじゃと……?これ程の大国や民族ごと滅ぼしてどうなるのじゃ?その過程で多くの罪なき民衆が路頭に迷い苦しむだけぞ?」

「自称歴史好きのお前にしては愚言を吐くじゃないか。歴史上今までに幾つの国々が興亡して来たと思ってるんだい?お前の愛するサリィズ王国だけが特別な国だとでも?如何なる大国が滅び様とも、民衆は力強く生き延び新たな国を造るものさ」

「しかし私怨で国や民族を亡ぼすとは……それはその力を有する者の行いとしては、余りにも無責任であろう?もっと寛容な心を有する事は出来ぬのか?」

「あははは、ここに来て私に寛容を望むのか、お前は。そうだねえ……私としても私怨に多くの民衆を巻き込むのは、申し訳ないと思ってるよ。だから、そう言った意味での責任として、私は……私自身が中心となり、新たなる国を興す事にしたんだよ。そしてサリィズ王国とヴァース教を……私に敵対する全てを滅ぼすのさ。イセリア人でも私や森の民に敵意を抱かない者たちは仲間として救ってやるよ。行き場を失った罪なき民衆の受け皿はちゃんと用意するから、お前は心配しなくていい」

灼焔の魔女は言葉を濁す事無くそう告げると、無数の炎の矢を一瞬で消し去り、右手を上げその人差し指の先に小さな火の玉を灯した。

そしてその小さな火の玉を、大先生の魔法陣へと落とす。

白く輝く魔法陣の一点に火が灯ると、瞬く間に燃え広がり炎の立ち込める魔法陣へと変貌する。

その光景がおれの目には、今後のこの国の行く末を示している様に見えていた。


「――このイセリアの地に、森の民のお主が国を築くというのか?」

大先生は魔法陣の魔力供給を止めれば燃え盛る炎を消せる筈だが、そうはせずに強い口調で訴えかけていた。

「くくく、何を言うかと思えば……この大地は元々は原住の民の地なのを忘れたのかい?その血を色濃く引く私が、この地に国を興して何が悪い?」

「――では、その意志を宣言した上で、わしを生かすのじゃな?このままわしを王都へ帰すと、サリィズ王国だけでなく全てのイセリア人国家を敵に回す事になるかも知れぬぞ?」

「ああ、お前は、今は、生かしてやるよ。言わばこれはサリィズ王国とヴァース教に対して、私からの宣戦布告だからね。ついでに他のイセリア人国家とやり合う事になっても全然構わない。老いぼれのお前でも伝令役くらいは務まるだろう?愚鈍な国王やクソッタレ大司教も、お前からの言葉であれば信用するだろうしさ。残り僅かの人生を、思う存分に謳歌すればいい。最後にもう一度宣言してやるから、耳の穴かっぽじって聞けよ?私からカイルとリルラを奪った奴らと、今後私に敵対する個人も組織も国家も全て、全員、一人残らず、私の炎で焼き尽くし灰にしてやる!一人残らずだ――」

ここで大先生の魔法陣から炎が消えた。

白い光も失っているので魔法陣への魔力供給を止めたのだろう。

要するに、大先生は灼焔の魔女に対し抗う事を止めてしまったのだ。


灼焔の魔女の言葉は大言壮語だが熱く、心を掴まれる感覚があった。

周囲の気温上昇もあるからか、この状況において呆然と立ち尽くしてしまっていた。

しかし呆けてばかりはいられないと我を取り戻す。

そして、気が付くのだ。

灼焔の魔女の視線が、今や大先生では無くおれに向けられている事に。

これは不味いと思い、露骨に顔を伏せてしまった。

何か嫌な予感がした。

この魔女はザーフィラと一緒にいたのだから、おれが【言語理解】の所持者だと知っている筈だ。

「――あいわかった。その宣言は一言一句漏らさずに我が王へ伝える。では、この場でわしを生かすと言うのであらば、もう王都への旅路へ回帰しても良いと言う事じゃな?」と大先生は声を大にして問い掛けていた。

恐らく既に、魔女の興味の先がおれに向けられている事を察しているのだと思う。

「ああ、構わないよ。私は、師匠の家に用があるから、このまま集落に入る。ああ、そうだ……カイルにはその内に会いに行くとだけ伝えてくれるかい?リルラの方は私からカロン導師に連絡を入れておくから、今後お前からの一切の関わりを禁ずる。カイルにせよ、リルラにせよ、あの子らに少しでも不利益が生じる事を計画及び加担した者は……ふふふ、これはもう言うまでも無いか。その旨を了解したら、もう行っていいよ――」

そう吐き捨てると、魔女はギルの方へと足を向けた。

おれへと向けていた視線も、これを機にギルへと移していた。

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