第6話:ソレは置いていってくれるかい?
灼焔の魔女はギルの前に立ち、足元から頭の先まで品定めする様な目で見つめていた。
巨躯を誇る大男ギルと、美しくしなやかな魔女という構図は映画やドラマのワンシーンの様で目に映えた。
「――ねえ、アンタさ?もしかしてギルバートかい?ドッズの甥っ子のさ?」と魔女。
大先生の時と比べ柔和な口調だった。
「え?あ、はい、そうです、ドッズの甥のギルバートです!覚えていてくれましたか!お久しぶりです、魔女さま……ご機嫌麗しく、相変わらずお美しく、本日は大変お日柄も良く――」
あの豪放磊落な守護者ギルが、魔女を前にへこへこと頭を下げて畏まっている。
どうやら知らない仲では無さそうだが……。
「あはは、ちょっと何言ってるか分かんないけど。ねえ、もしかして今はアンタが集落の守護者を務めてるのかい?」
「へえ、そうなんです。先代の守護者ガーズが酒の飲み過ぎで急に死んじまいやがって。俺は王国軍を辞めてからトリス街でフラフラしてたから、ドッズに声を掛けて貰って、それで……」
普段の勇ましいギルは見る影も無い。
魔女の方は至ってフレンドリーで、先程までの威圧的な態度は見る影もない。
旧知の仲であっても、大仰に畏まらなければならない人物なのだろうか。
確かに大先生との会話では、恐ろしく辛辣な言葉ばかりを吐いていると感じたが。
「いや、面影はあるよなあって思ってたんだけどさ。アンタはガキの頃はひょろっとしてたから、まさかこれほどの偉丈夫になるとは思いもしない。ガーズは死んだんだっけ?ドッズはまだ生きてるのかい?」
「へい、それはもう、ドッズの野郎……じゃなくて、ドッズ叔父はまだまだ殺しても死にそうにない感じで。今日も朝早くから森に入って狩りをしてる筈です」
「じゃあ、ドッズには話があるから、探して来てくれるかい?私の家に連れて来ておくれ」
魔女がそう告げると、ギルは抜いていた剣を鞘に納めた。
そして軽く頭を垂れ「へい、わかりやした!直ぐに見つけ出して、連れて行きやす!」と、まるでヤクザ映画の三下役の様な台詞を吐いて集落の方へと駆けだして行った。
おれたちには目をくれる事も無く、文字通り一目散と言った感じだ。
ギルを見送った後、魔女はサイラスへと歩み寄った。
これと時を同じく、大先生がおれの方へと近づいて来る。
「――では、わしらは行くとするかのう」
大先生はおれの目を真っすぐに見据えつつ、ソフィアから馬の手綱を受け取った。
魔女はサイラスへ声を掛ける。
「――アンタはサイラスだろ?エルネストから話は聞いてるよ。トリス街でさ、アンタの兄弟子には色々と世話になってね……」
聞こえてくる会話からして、どうやらサイラスは酷い目に合いそうには無い。
それを察していたのか、大先生はサイラスを餌にして、おれをこの場から連れ去る心積もりだったのだ。
しかし大先生が馬を引き歩き始めた所で魔女は「ああ、白夜?ソレは置いていってくれるかい?」と、冷たい口調で言い放った。
「ソレ」とは明らかにおれの事だったが、大先生は「ソレとは、この馬の事かのう?」と惚けてみせた。
もはや茶番に等しいが、下手を打てば殺されかねない人物を相手に、これを堂々とやってのける大先生の胆力は凄いと感じた。
「あぁん?何を寝惚けたことを。馬も置いていきたいなら、置いていけばいいよ。そのササラ人は【言語理解】の所有者と聞いている。それに……何か得体の知れない魔力を感じるしね。もう一度言うよ、白夜?ソレはお前の手には余る存在だから、大人しく置いていきな」
やはりドナルドやザーフィラからおれの情報が流れている。
それに……万が一情報を得て無かったとしても、恐らくこの魔女はおれを見逃さなかっただろうし。
「――ふむ、そうか。ドナルドは、わしに見切りをつけお主に鞍替えした、という事かのう?」
「ドナルドだけに関わらず、商人なんて誰しもがそんなものだろう?お前より私に着いた方がより儲けられると踏んだ訳さ」
ザーフィラがこの地に魔女を連れて来た時点で、言うなればそれはドナルドの意思表明と言って過言は無いと思う。
恐らくこの魔女は新たな国を興すとドナルドに告げ、商人ドナルドは大先生と魔女を天秤に掛けた結果……今に至る訳だ。
「灼焔よ……この者だけは、わしに譲ってもらえぬか?他は全て投げ打っても良い。元よりわしはヴァース教になんの価値は見出せぬが、今はもうサリィズ王国よりも……この者の価値の方が、わしは高いと考えておるのじゃ」
これを傍で聞き、大先生はもはや
有難くも、その評価は大先生の本心だと感じたが、それを言って諦めてくれる相手では無い。
「ソレの価値は、お前の意見や評価を聞くまでも無い。私はこの地に着いて以来ソレからは、この世のモノとは思えない、異質さを感じているよ。それに……サリィズ王国に命を賭けて来たお前が、サリィズ王国を超える価値を見出しているのだろう?その想いを聞いた私がむざむざ見逃すと、本気で思っているのかい?むしろソレの価値を伝えたがっている様にすら感じるがね、私は――」
そしてとうとう灼焔の魔女はおれの目の前に立った。
身長はおれと同じか、僅かに魔女の方が高いかもしれない。
間近で見ると、顔の造形の美しさに呼吸をするのも忘れてしまいそうになる。
目許に化粧をしているのかと思っていたが、自前のまつ毛が立派でそう見えるだけだった。
透明感のある肌にはシミひとつなく、まるで3Dでモデリングされたキャラクターの様な、現実的では無い美貌に圧倒されてしまう。
未だ「ソレ」扱いのおれだが、大先生の身に危険が及ぶくらいなら、気にせず置いて行ってくれと訴える腹は決めていた。
しかし、その前にソフィアがおれと魔女との間に割って入って来た。
大先生ですら全く太刀打ち出来ない相手を前にして、拳を握り締める勇ましさは蛮勇に等しい行為だが、彼女の正義心は圧倒的強者を前にしても揺らぐことは無いみたいだ。
一方の魔女は……明らかに苛ついた表情を浮かべていた。
恐らくソフィアも怖い顔で魔女を睨みつけている事だろう。
一触即発かと思ったが、その前に大先生が彼女たちの間に割って入り「待て、待て、灼焔よ、その娘……ソフィアはライザールの子じゃ。少々気が強い所があるが真面目で有能な子じゃから、多少の跳ね返りは大目に見てやってくれ」と声を掛けた。
眉を顰め苛立ちを露わにしていた魔女だったが、大先生の言葉を聞くとすぐに頬を緩めていた。
「あはは、へえ、ライザールの娘かい?そう言えば面影がある。気性の荒さも父親譲りってとこだねえ。ソフィアって言ったっけ?」
危うく荒事が起きそうだったが一転して和やかな雰囲気に。
恐らく決死の覚悟だったソフィアは拍子抜けして戸惑いを隠せて無かった。
「え?ええ、はい……ライザール・ロンコードの娘、ソフィア、です」
「まさかライザールの娘がこの集落に居るとはねえ。ドナルドから優秀な薬師がいるとは聞いていたけどさ。じゃあ、ソフィアとも後でゆっくりと話をしよう。アンタのお父さんには本当に色々と世話になったからね。まあ、立ち話もなんだからさ、取りあえず集落に入るかな。ああ、そうだ、ザーフィラの事を忘れてたよ――」
灼焔の魔女に関して、間近でその言動や立ち振る舞いを見ても未だ掴みどころ無く、どの様な人物なのか良く分からなかった。
今後この魔女から、おれは一体どの様な扱いを受けるのか……不安一杯の眼差しを大先生へと向けると、どうやらその想いを察してくれた見たいで、大先生は動いてくれた。
「――灼焔よ、わしは大人しくこのまま独りで王都へ向かうゆえ、最後にこの者たちと幾つか言葉を交わしても良いかのう?」
今までの流れから、突っ撥ねられる可能性は大いにあったが、魔女その申し出を快諾した。
「ああ、構わないよ。私がザーフィラの所まで歩いて、馬車でここに戻って来るまでの間だけ、言葉を交わす機会を与えてやろう。今日は昔馴染みや、興味深い人物と出逢えて
そう告げると、魔女はその言葉通り上機嫌そうに口笛を吹きつつザーフィラが乗る馬車の方へと歩いて行った。
大先生はそれから間を空けず「皆、近くに寄ってくれ……」と早口でおれとソフィアとサイラスを呼集したのだ。
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