第4話:カイルとリルラ
確か大先生は以前の会話の中で、現代最強の魔法使いは灼焔の魔女である、と言っていた記憶がある。
――あの魔女が二十年前から変わらずに自己研鑽を続けていたら、想像を絶する魔法使いになっている……とか、なんとか。
その想像絶する最強魔女が右手を軽く払うと、瞬時に数十の炎の矢が現れ大先生へと襲い掛かった。
先程の大先生の光の矢は結界か何かに弾かれて消失してしまったが、魔女の炎の矢は大先生の結界に突き刺さった後もぐいぐいと食い込みつつ激しく燃え盛っている。
全く異なる現象だった。
大先生の攻撃は全く効いて無いが、魔女の攻撃は大先生の結界を確実に削り破壊してる様な感じだ。
圧倒的な攻撃力……いや魔力と言うべきか。
魔女は既に次の攻撃の準備を整えており余裕綽々の表情を浮かべていた。
一方の大先生は、防衛の一手で右手を魔女へ向け左手は地面に向け魔法陣の修正を行っている様だが、後方からでもその慌て様は見て取れる。
余りにも一方的過ぎて、魔法に関して素人のおれでもこれでは勝負にならないと、察してしまう状況だった。
この間、ザーフィラは悠然とした態度で御者席に腰を下ろしたままだった。
彼女は灼焔をこの場に連れて来ただけで、この争いに加わる気は無さそうに見える。
それから当初は臨戦態勢を取っていたギルだが、既に剣先を地面へと向けていた。
熱血漢であり、この集落の守護者である彼は大先生に加勢するかと思ったが……。
彼は二歩、三歩と後退っていたので、灼焔の魔女に対し戦意が無い事を示している様にも見える。
この状況の中でサイラスはいまだ地面に魔法陣を描いていたが、灼焔が再び指を鳴らすと彼の緑色の魔法陣に火が点き勢い良く燃え盛り始めた。
「うわっ、魔法陣に火が!?」
サイラスは驚きの声を上げ、両手を足元の炎へ向け何やら対処を試みているが、炎は燃え盛るばかりだ。
「サイラスよ、慌てるでない!魔法陣への魔力供給を止め、後ろへ退避しておれ。お主の属性では相手が悪すぎるわい」
すぐさま大先生の声が飛び、サイラスは事無きを得て後方へ逃れたが……その戸惑いの様子は隠せて無かった。
サイラスの魔法陣は彼が魔力の供給を止めると、緑光が消え炎も消失した。
魔女の意識がサイラスへ向いている時も、大先生は反撃に転ずる事が出来なかったみたいだ。
宮廷を冠する魔導師と魔法使いを相手に回し、これほど圧倒的な立ち回りを見せる灼焔の魔女とは一体どれ程ハイレベルな魔法使いなのか。
「くくく……賢明な判断と言っておこうか。私とて知り合いの弟弟子は殺したくは無いからねえ」と、依然挑発的な口振りの魔女。
「知り合いとはトリス街におるエルネスト・フラカンの事か?二十年前からお主とエルネストに関係があったとは思えぬ。一体いつからサリィズ王国内におるのか……いや、それよりもこの尋常では無い魔力量からして、やはり魔力の
防戦一方の大先生は、その語気にも疲れが見え始めている。
その様子を見てか、灼焔の魔女は大先生へと歩み寄り語り掛けた。
「――実際この身に受けてみて、魔力の楔の恐ろしさは十分に味わったさ。しかしどの様な強力な魔法にも欠陥は必ずあるからねえ。如何にクロウサス一門が誇る秘術と言えども例外は無いよ。まあ、私でも解除までに二十年の時を要したのだから、魔法の威力効果は比類なきと評しておく。さて、そんな事より……まずはカイルとリルラの事を教えてくれるかい?あの子らは今どこにいる?即返答しない場合は、このまま焼き殺してやる」
語りの末に吐かれた恐ろしい言葉通り、灼焔の魔女は炎の矢の数を増やし火力も上げている様に見えた。
どうやらサイラスやその他には危害を加える気は無い様で、今やその敵意は大先生にだけ向けられているみたいだ。
「ぬうう、最早ここまでか。いや、元よりあの子らに関しては、一切隠す気はなかったがのう。――カイルは……宮廷書庫にて原住の民らの魔法や技術に関する研究に取り組んでおる。クロウサス一門からは再三引き渡しを迫られたが、手放さずにわしが魔法を教えた。カイルの魔法の才能は同年代と比較しても明らかに頭抜けており、将来的には歴史に名を残す魔法使いになるのは間違い無いであろう」
「へえ、そうかい。そう言えばカイルは赤子の頃から光の魔力に満ち溢れていたからねえ。クロウサス一門に入れなかった点については評価してやるよ。それでリルラは?」
お互い魔法陣を地面や空中に展開したままで、無数の炎の矢も燃え盛ったままの状態だったが、どことなく所帯じみた会話になってきた。
敵対はしているが、何処か井戸端会議をしてる様な雰囲気もある。
「リルラは……あの子はあまりにも、お主に似ており、イセリア人の中で育てるのは困難と判断し、二十年前より北の森の魔導師に預けておる。もう二十を超えておるが、いまだ幼生期を抜ける気配は無い、と報告は受けておる」
「へえ、ああ、そうかい。確かにリルラは私の血を色濃く引いていたからねえ。しかし、北の森の魔導師に預けるとは……まさか母子共々世話をする羽目になるとは、流石のカロン導師も思いもしなかっただろうさ」
この会話が始まった時、大先生と灼焔は師弟関係の様な間柄なのかと思ったが……ここに来て、あれ?この人たちってもしかして夫婦なのでは?と思い至ってしまった。
今の話題はどう聞いても二人の子供の話をしてる様にしか聞こえ無いし。
しかし、事態は再び緊迫へ転じる。
「――二人の所在と安否確認が済めば、わしにはもう用はあるまい。この場で殺すか?」
「ああ、そうだね。カイルとリルラの安否次第では、この場で即殺してたよ。しかし、まあ父親として最低限の務めは果たした様だから、今は生かしてやる。それに、いきなり師匠と父親を亡くしたらカイルが可哀そうだからねえ」
「生きてる間にこうして言葉を交わす事は無いと思うておったし、万が一会う事があらば問答無用で殺されると思うておったがのう」
「殺されるだけの事をしたと自覚があるなら、お前はまだ
周囲は熱気を帯びているのに、この瞬間はぞくりと寒気を覚えた。
それほどに灼焔の魔女の表情は冷酷で、その声は研ぎ澄まされたナイフの様に鋭利だった。
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