第3話:灼焔と呼ばれた女性

「あの馬車の御者ぎょしゃは……ザーフィラか?後ろにいるのはドナルド?なんだよアイツら、つい先日集落に来たばかりなのによ。なにか積み残しでもしたのか?」

ギルはいぶかしみつつ、歩き出し大先生の右手側へと並び立った。

彼は常に左腰に帯剣しており、左手で柄の辺りに触れている。

ソフィアはおれの傍に歩み寄り、言う事を聞かない馬の手綱を握り締めてくれた。

「あれ、ザーフィラなの?何かあったのかしら?」と、ソフィア。

彼女は依然眠気眼のままで、現状を異変とは捉えて無い様子だった。

しかし、彼女と一緒にこちらへ来たサイラスは大先生と同じ様に向かって来る馬車へ視線を向けていた。

まさに釘付けと言った感じだ。

大先生はソフィアとサイラスに対し、おれを集落へ……と指示を出していたが、余りにも唐突過ぎて誰も対処が取れない。


ザーフィラが御者を務める馬車は、おれたちから三十メートル手前辺りで停止した。

幌の無い荷台に乗るのは一名で、他には積み荷も無さそうだ。

荷台の人物はドナルドだと思っていたが、仄かに赤味を帯びたローブを身に纏っており、身体の線が細く見えるので女性かも知れない。

「んー?なんか様子が変だな。ちょっと待ってろよ……俺が話をしてきてやる」

ギルはそう言い大先生よりも前へと歩み出た。

「いや、待て、ギルよ。お主はザーフィラが出て来た時に対応してくれれば良い。サイラスはギルを支援せよ。ソフィアは……リョウスケを護ってくれ、頼む」

大先生は鋭い口調でそう告げると、足元に魔法陣を描き始めた。

瞬く間に地面は削れ、白く輝く魔法陣が広がってゆく。

それを見て漸く、この場に居る全員が既に臨戦状態にある事を知った様な感じだった。

ギルは右手で剣を抜き、サイラスは大先生から離れた位置で地面に魔法陣を描き始める。

ソフィアは馬の手綱を握り締めたまま、おれの手も引きぐいぐいと後ずさってゆく。

これがまた凄い力で、馬もおれも堪える術無く一息で五メートルほど後方へ動かされた。


一方のザーフィラは馬車から下りる様子を見せない。

荷台に乗る人物といくらか言葉を交わしている様に見えるが……物々しい大先生側と比べ、物見遊山の観光客の如き穏やかさだった。

その間も大先生の足元の魔法陣は徐々に広がりを見せてゆく。

結界や緩和などの文字が見て取れるが、今のところ攻撃的な文字は無さそうだ。

サイラスの魔法陣にも同じ様に結界や緩和があり、その他には敏捷性や筋力などの文字が読み取れた。

「――ソフィア?ちょっとまだ状況が読み取れて無いけど、ザーフィラってドナルドの護衛だよね?こんな喧嘩腰で相対しないと駄目な人物なのかい?」

前方で臨戦態勢の大先生らの気が散らない様に出来るだけ小さな声で、早口で尋ねてみた。

するとソフィアは「私も良く分かって無いけど、ルーファスたちはザーフィラじゃなくて、荷台に乗ってる敵意剥き出しな人を警戒してる……と思う」と答えてくれた。

彼女もおれに合わせてか普段より早口で小声だった。

「その剥き出しの敵意とは魔力的な意味の敵意?おれには全然分からないけど……?」

「精霊魔法を使う人たちって、敵意が無い場合はお互いの魔力感知をある程度受け入れるらしいの。けど、多分あの荷台の人は……ルーファスやサイラスの魔力感知を完全に遮断してる、様な感じなのかな?ごめんなさい、私もよく分かって無いから上手く言えないけど……」


依然、大先生の描く魔法陣は広がりを見せていた。

円の中心の方は結界などの防衛関連の単語が羅列していたが、今は光の矢や爆発と言った攻撃的な文字が散見される。

大先生とサイラスの魔法陣を比べると、前者の方が三倍程度大きく文字の書き込みも桁違いだ。

この差異は魔法使いのレベルや能力差を如実に物語っているのだろうと感じた。

そして、こちら側の臨戦態勢が整った所で荷台の人物はゆらりと立ち上がった。

赤味がかったローブを身に纏い、フードを目深に被っている。

やはりそのシルエットから見て女性の様だ。

荷台からふわりと飛び降りると、そのまま大先生の方へと真っ直ぐに歩み始めた。

ここで先手を打ったのは大先生だった。

問答無用で無数の光の矢を、赤ローブの女性へと撃ち込んだのだ。

しかし、その全てが相手に命中する前に燃えて消失してしまった。

続けざまに大先生は先程よりも巨大な一本の光の矢を産み出し、躊躇わずにそれを撃ち込んだ。

目にも止まらぬ速度だが、この攻撃も着弾する前に燃えて消失した。

これはもしかしたら……大先生の攻撃をひとつひとつ撃ち落としているのでは無くて、赤ローブの女性の周りに強力な結界が張り巡らされてあるのかも知れない。

おれの目には赤ローブの女性側に、それらしい魔法陣は全く見受けられ無いが。


荷台から下りて来た赤ローブの女性は、大先生の手前十メートルほどの距離で歩みを止めた。

そして目深に被ったフードに手を掛け後ろへ下し、その顔を晒す。

まず目に鮮やかな赤毛が印象的だったが、すぐにその人物がイセリア人では無い事に気が付く。

赤毛からは細く長い耳が出ていた。

透き通る程の色白の肌で背はすらりと高く、切れ長の瞳に筋の通った形の良い鼻……余りにも美しいその容姿に見惚れてしまい、目を離す事が出来ない。

想い描いたエルフそのもの姿だ。

「くっくっくっ……老いたねえ、白夜びゃくや。お前の寿命が尽きて死ぬ前に会いに来てやったよ」

甲高く印象的な声だった……口調は刺々しく鮮烈に耳に響く。

白夜、とは大先生の事を指しているのか。

その口振りから、知らない仲では無さそうだが――。

灼焔しゃくえん……か。よもやわしが生きてる内にあいまみえるとは、思いもしなんだ。しかし、その赤い髪と瞳は……まさか、属性色の発現か?」

「ああ、髪も瞳もね……オマエなら属性色の発現が何を表すのか、分かるだろう?」

そう言うと灼焔と呼ばれた女性は右手を前に出し指を鳴らした。

すると彼女を取り巻く様に、空中におびただしい数の魔法陣が出現した。

大小様々な魔法陣は総数百を超えていたかも知れない。

その全てに炎上や爆発などの攻撃的な単語が含まれている。

赤色の線と文字からは所々炎が溢れ出し、火花がバチバチと弾けていた。


「ぬう……瞬時にこれ程の空中魔法陣を描くとは。それに、先程のわしの光の矢は……もしや仮想魔法陣で打ち消したのか?」

「これからの時代の魔法使いの戦いは、如何に先制攻撃と不意打ちを防ぎ反撃に転じるかが勝負の分かれ目になる……と、二十年以上昔に教えてやっただろう?空中魔法陣と仮想魔法陣の有用性についてあれ程説いてやったのに、未だに地面にだけ魔法陣を描いているのを見て、心底呆れたよ私は――」

灼焔と呼ばれた女性は受け答えに応じているものの、高圧的で今はもうその敵意がおれの目にも見て取れた。

彼女の魔法陣のせいか、周囲は明らかに気温が上昇しておりまるで真夏の様な暑さで汗が噴き出て来る。


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