第12章:新しい世界へ
第1話:旅のこころえ
――すうう、と鼻から深く息を吸い込み目を覚ました。
覚醒と同時にぱちりと目が開く。
おれは床に幾重にも重ねてある麻布の上で寝ていた。
昨夜酒を控えたおかげか、いつに無く爽快な目覚めだった。
ゆっくりと身体を起こした。
部屋のランプは灯っており、柔らかな灯りで照らしてくれている。
「――おはよう、リョウスケ。そろそろ起こそうかと思っていたところでしたが……」
サイラスの声だ。
彼は部屋の隅に座り込んでいた。
「おはよう、サイラス。なにか妙な夢を見てね。古い友人と会話してる様な……もう少し色々と話していたかったけれど、残念ながら楽しい夢は長く続かないものだから、さ」
実際、誰かと何かを話した記憶はあったが、相手の素性や話の内容は全く覚えて無かった。
けれど、極々親しい相手と話していた時の様な……心がウキウキとしていた余韻が残っているのだ。
「ところで、サイラス?キミはあれから美味しい鹿肉を食べて、酒を浴びる程飲んだろうに、よく起きれたね?昏睡の魔法があるくらいだから、強制的に目覚める魔法もあったりするのかな?」
「他者を強制的に目覚めさせる魔法はありますが、寝ている自身を目覚めさせる魔法はありませんよ。今朝起きる自信が無かったので、一睡もせずに起きてました」
「なるほどね。おれがサイラスの立場だったら、キミと同じ様に徹夜していたと思うよ」
小窓から見える外はまだ暗く、夜明けまでには幾ばくかの時間がある様だ。
おれが立ち上がるとサイラスも立ち上がり、棚から服やブーツを取り出してくれた。
「その恰好で旅は出来ませんので、こちらに着替えて下さい。ギルバートに見繕って貰いましたが、適正な大きさでは無いと思いますので、トリス街に着いたらルーファス先生に申し出て良質な物に買い替えをお勧めします」
サイラスから普段よりもクールな印象を受けるのは……気力体力の限界が近いので極力省エネで言動しているからだろうか。
思い返してみると彼は昨日の早朝から大先生に連れ回されて、焼き場に来た段階で疲労困憊だったのだ。
そして、おれが着替えを始めるとサイラスは「では、私は先生の荷造りの手伝いをしてきますね」と言い、部屋から出て行った。
彼とは今日で暫くお別れとなってしまうので、色々と話したい事もあったが今の状況でズルズルと引き止めるのは可哀そうだ。
独りとなり、まずは今来ている服を脱いだ。
比較的涼しい環境なので汗は殆どかいて無い。
体臭が気になる訳でも無いが……さすがにそろそろ風呂に入るかせめて水浴びくらいはしたいところだ。
「――けどこの暗がりで井戸で水浴びをする訳にもいかないか。トリス街に着いたら大先生に聞いてみよう」
服は麻生地のロングティーシャツの様な感じで、思いの外着心地は悪くない。
首元や横腹の辺りが少しチクチクとするが、我慢出来ない程では無かった。
少し探してみたが新しい下着は用意されて無かったので、これは今穿いている物でいく事にした。
ズボンの方も麻生地だが、こちらは上衣よりも厚手に仕立ててある。
ダボっとしたチノパンの様なフォルムだった。
ベルトは無く、腰ひもで結ぶタイプだ。
それからブーツに足を入れてみる。
これはしっかりとした革製で、脛辺りまですっぽりと保護してくれるハーフブーツだった。
靴下は無いみたいだが、高温多湿な気候では無いので靴下を履く文化が無いのかも知れない。
用意されてあった衣服で身支度を済ませ、いつも話し合いをする部屋へ移った。
移動した先の部屋は全てのランプが灯されてあり、まるで昼間の様な明るさに目が眩む。
今まさに旅荷物をサイラスが床から抱え上げ、大先生はいつもの席へ腰を下ろした所だった。
サイラスは一度おれの方へ視線を向けてから大先生へと身体を向けた。
「それでは、私は荷物を馬に乗せて来ます。もう、すぐに発たれますよね?」
「うむ、リョウスケに少しだけ旅の心得を説いてから、じゃな。そう時を掛けるつもりは無い」
「はい、分かりました。では、馬を連れて集落の入口へと向かいます」
そう言うとサイラスは僅かに頭を垂れ、旅荷物を抱えて出て行った。
おれも手伝いたい所だが、旅の心得とやらを説かれる為に、大先生の前の席へ腰かけた。
そして、まずは駆け付けの茶を一杯ご馳走になる。
「――なに、大した話では無い。王都までの旅の間、お主には
大先生はそう言うと、床の上の隅に丸めてあった襤褸布を指さした。
黒か茶か分からない見るからに使い古されたローブだ。
「奴隷の振り……と言う事は、おれの方から話し掛けたり、勝手な行動も慎めと言うことですね?」
「わしと二人きりで街道を歩いておる時などは、然程気を遣う必要は無いがのう。街中へ入った時は、出来る限り大人しくしておった方が良い。ローブを目深に被り、ササラ人とバレぬ様にするのじゃ。わしが奴隷を連れて歩いておるのと、堂々とササラ人を連れて歩くのでは注目度が違ってくるのでな。イセリアの言葉も通じぬとしておいた方が良いであろう」
それで降りかかる火の粉を未然に防げるのであれば、喜んで奴隷の振りでもなんでもしてみせる。
ただ、おれは創作上の奴隷しか知らないので、それがこの世界の奴隷と相違無いかはまだ分からない。
「――分かりました。極力言葉は発さずに、大人しくしておきます」
「港町などで奴隷を引き連れておると、攫われてしまう可能性があるのじゃ。朝も夜も常にわしが監視する事も出来ぬゆえ、その為の護衛をトリス街で雇うが信頼のおける者たちを雇うゆえ、その者たちにはある程度の事情を話す。お主の能力の全てを明かす事は出来ぬので、ササラ人であることと【言語理解】の所持者である事しか告げぬので、それを了解しておいてくれるかのう」
「はい、心得ました」
確かに心得たが……そうなるとベリンダの妹さんの酒場に顔を出すのは難しくなる。
道中折を見て大先生に持ち掛けてみようとは思うが、この雰囲気から見て色好い返事は貰えないと思った。
「よし、ではそろそろ夜が明けるゆえ、出立するかのう……」
大先生はそう言い立ち上がると、棚から灰色のローブを取り出し身に纏った。
鍔の広い帽子を被り如何にも魔法使いと言った風体となる。
対しておれは床から襤褸布を拾い上げ、それを身体に巻き付けた。
フードの部分を目深に被ると……なんだか気分が曇りどんよりとしてきた。
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