お別れ② ギル
ソフィアと共に焼き場へと訪れると、ドッズを中心にワイワイと盛り上がりを見せていた。
集落長、ベリンダ、ロッタ、レイラとマーサが楽しそうに鹿肉を堪能している。
ソフィアはその輪の中に吸い込まれてしまい、おれも取りあえずそこへ……と思ったが、ギルが一人外れてクヴァスを飲んでいるのに気が付いた。
なんとなくつい先刻まではその隣にアランがいたのでは?と思う。
おれは「ギルは、もう鹿肉は食べたのかい?」と声を掛けつつギルへ歩み寄った。
「ああ、たんまりとな。俺とアランがアイツらより先に来てドッズに焼いて貰ったんだ」
ギルの足元には切り株があり、その上には器の入った酒桶があった。
クヴァスはまだ桶に並々とある。
大先生からは酒は控えよと言われてはいるが……寝酒として少しくらい飲む分には構わないだろう。
そんなおれの視線や思惑を察してくれたのかギルは桶から酒を掬い器を手渡して来た。
「ありがとう、頂くよ。アランの様子はどう?さっきすれ違ったけど様子を
酒桶を置いた切り株を挟んでギルの対面を陣取る。
気心は知れてきたが、やはりこの巨躯を前にすると重圧感はあった。
「いやいや、参ったぜ。まさかあんなに落ち込むとは思って無かったからよう。ソフィアには俺も散々負けて痛い目を見てるって言ったが……まあ、でもアランが落ち込むのにも訳があったって言うか、なんていうか」
ギルは言葉を選んでいる感じだった。
アランの事情を酒のアテとして面白半分で聞く気にはならなかったが、全く無関係でも無いだけに少なからず関心はある。
「差障り無ければ、アランが落ち込む理由を聞かせて欲しい。彼とは今後も付き合いがあると思うからさ……」
ギルには先に王都行きのは話をするべきだったが、アランの件を蔑ろにすることは出来なかった。
「ああ、そうか……まあ、アレだ、アランの生まれた家がヴィシエ家だったってのが、一番の要因だろうな。騎士家の名門なんだよ。サリィズ王国の中でも確実に三本の指に入るスゲエ家柄なんだわ。物心つく頃から剣術やら槍術やらを叩き込まれてよ、碌に遊びも知らずに鍛錬の日々を送るってな」
アランの礼儀正しさや溢れ出る誠実さは、幼少期からの鍛錬や教育あってこそなのだろうな、と思う。
「要するに誇り高き名門騎士家の男だから、女性に負けるのは許されないってこと?」
「そりゃあよ?騎士家の生まれじゃなくても喧嘩で女に負けたとなると、大抵の男は落ち込んで当然だと思うぜ?」
「落ち込む気持ちは分からなく無いけど……。でも、ソフィアは特別な存在……だよね?戦闘に特化したギフトの所有者だし、彼女も幼少期から厳しい鍛錬を積んでいると聞いているし」
要するに、あのレベルの強さになると男も女も関係ないのだ、この世界は。
ギフトと言う付加価値が、男女の身体能力差を帳消しにしてしまっているから。
「アランはソフィアに負けた事に落ち込んでるだけじゃねんだよなあ。これはヴィシエ家に生まれた男子の宿命みたいなモノって言うか……。ヴィシエ家は先祖代々女に生まれた奴の方が強力なギフトを所持してたり、類まれな身体能力が具わっているらしい。実際アランにも一つ年上の姉がいるらしいが、それがあのメイファ・ヴィシエらしいんだわ」
これはまだ触りだと思うが、なんとなくアランの心情を察する件となった。
「初めて聞く名前だけど、メイファ・ヴィシエって有名な……女性騎士ってこと?」
「ああ、そうだ。アランの世代の騎士の中では最強と名高い騎士だな。見た事も会った事もねえけどよ、トリス街の酒場や冒険者ギルドで話してると良く聞く名前だ」
「アランの一つ年上って事は、彼は幼少期から強い姉の下で苦々しい想いをしていたって事か……」
「年が近いからこそ、色々と思う事はあっただろうよ。それとあとヴィシエ家にはキエラって言う名の女騎士がいるんだけどよ、俺とは同年代なんだが……あの女はマジでヤベぇんだ。一度戦場へ出たら敵の首を百は落とすから
たしか馘首とは罪人の首を斬り落とす、みたいな意味があったと思うが……恐ろしい異名だ。
おれは【不朽不滅】のギフトを持っているから首を
自分の意志では試せないし、誰からも試されたくも無いけれど。
できれば馘首卿とやらには遭遇しない事を願いたいものだ。
「要するに、身内の女性たちから散々虐げられて育って来たから、ヴィシエ家以外の女性には負けたくないって想いが強いってこと?」
「アランがそう明言した訳じゃあねえけどな。今日一日話してみて、俺はそう感じたってことだ」
おれもアランとはもう少し話してみたかったが、彼は明日からの旅路で先行する筈だから、まともに会話が出来るのは王都で再会を果たしてからになるだろうか。
「ああ、そう言えばギル?おれは明日からルーファスと一緒に王都に行く事になったよ」
アランの話で持切りとなり己の報告を忘れてしまうところだった。
「ルーファスと一緒に王都へ?急な変更だな……何か状況が変わったのか?」
やはりギルは鋭い。
【不朽不滅】に関して彼には話しておくべきか悩んだが、今回は伏せる事にした。
「――おれには大先生の思惑は分からないけど、宮廷の書庫で古文書とかの翻訳をさせたいらしいよ」
現状は【不朽不滅】に関して知るのはルーファスとサイラスだけ、と線引きをしておいた方がいいのでは?と思ったのだ。
天啓の石板のアップデートや時空間魔力に関しても、今おれが言い触らすのは時期尚早に感じた。
どの様な状況下がそれを告白する適切なタイミングかは、全く分かって無いけれど。
「まあ、リョウスケには【言語理解】があるからなあ。普通に考えたらそのギフトを有して宮廷の仕事を貰えたら、一生食うには困らねえし。って言うか、あのルーファスの事を大先生って呼ぶのはドッズ以外じゃあ初めてだぜ」
「あ、ドッズがそう言ってたからなんとなく……ルーファスは大先生って呼ばれたら気分を害するかな?」
「それは俺には分かんねえよ。基本的には誰からも先生と敬われるお方だからな、ルーファスは。この集落じゃ身近な存在でいてくれるけどよ、王都や宮廷に行ったら全然雰囲気が変わっちまうらしいぜ。若い官吏なんてビビッてまともに口が利け無くなるらしいからなあ。前にも言っただろ?ルーファスは半分引退したとは言えこの国の最高権威だって」
実際、サイラスやアランの立ち振る舞いを見ていると、ルーファスの身分の高さを感じる瞬間は多々あった。
しかしこれでルーファスとドッズの関係性の深さは証明された様なものだ。
「そう言えば、ギルってドッズと似てる様な気がするけど、話し方とか雰囲気とか。もしかして血縁だったりする?」
そのドッズは今も尚、集落の人々の中心で鹿肉を焼き続けている。
もはや屋台の気のイイおじちゃんみたいな感じになっていた。
「ドッズは、俺の母ちゃんの兄貴なんだよ。ガキの頃から世話になってるからよ、実質親父みたいなもんなんだよな」
「あーどうりで、似てると思ったんだよ。親族ならさドッズから狩りとか森林魔法とかを引き継ぐ気は無かったの?」
単純に血縁なのだからドッズの一族の技術を引き継ぐには最適なのでは?と思ったのだ。
一度集落を出た人間だとは言え、その経緯はドッズと似た様な感じだった筈だから。
「いやあ……まあ、何度か教わったんだけどよう。俺は魔法の才能がからっきしでなあ。獣を追い回して仕留める事は出来るが、ドッズがやってる狩りとか森林魔法とかは全然出来ねえんだ。俺は剣やら槍やら振り回して暴れてる方が性に合ってるし、それ以外に取り柄がねえ」
そう言うとギルは手持ちの酒を一気に飲み干した。
魔法の才能が無いから猟師の仕事を継げないと言うのは、この世界ならではの問題だと感じた。
「――さてと、俺はもう少し肉を喰わせて貰うかな。そろそろあいつ等の腹も満たされた頃だろうしよ。リョウスケもまだ食うだろ?」
「ああ、うん。けどその前に集落長とベリンダに挨拶しておくかな。色々と世話になってるし」
「王都へ行ったら暫くはここへは戻って来れねえだろうからなあ。俺は彼是五年は王都へ行ってねえが、リョウスケがいるならたまに遊びに行くのも悪かねえか。まだ生きてるかどうか分からねえがツレもいるしな――」
それからおれとギルは焼き場の輪の中へ加わった。
ギルは喰う気満々で臨んでいたが、叔父ドッズに酒を奪われ焼き手を押し付けられていた。
それを見て皆は声を上げて笑い声をあげる。
ここが異世界だと忘れてしまう様な、楽しいひと時となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます