お別れ① ソフィア

ルーファスの家を出たのと同じタイミングで、隣りの家からソフィアも出て来た。

夕闇舞い降りる前のひととき。

彼女はすぐにこちらに気が付き「――あら、リョウスケじゃない。今から焼き場の方に行くところだったのよ。今晩も貴方の料理が食べれるってロッタから聞いてね」と声を掛けつつ歩み寄って来た。

勇ましい鍛錬着では無くて、緩やかなポンチョ姿なので柔和な雰囲気が漂っている。

髪は纏めて無かったので、さらさらと夜風に揺れていた。

「今後の事でルーファスとサイラスと話し合いをしていてね、今終わったところなんだよ。ソフィアは別の集落から患者さんが来て忙しかったんじゃない?」

「うふふ、別に忙しくは無いわよ。治療なんてすぐに終わって、殆ど世間話をしてるだけなんだもん」


おれたちはルーファスの家の庭先で落ち合う形となった。

家の中の会話は全く聞こえないけれど、ここに留まるのは良く無いと思い場所を変える事にした。

「ソフィア?おれも今から焼き場に向かうところだったんだけどさ、その前に少し……大ケヤキの所で話さないか?」

そう伝えると、彼女は髪を掻き上げつつ「ええ、いいわよ。まだそこまでお腹は減って無いし」と言い、大ケヤキへ向けて歩きだした。

おれはその後に続き、頭の中で彼女へ話すべき事を整理し始める。

永遠に語り尽くす時間があれば良いが、残念ながら許された時間は短く彼女以外にも別れを告げたい相手はいるから。


庭先から少し離れたところで、ソフィアは歩いたまま話し掛けてきた。

「――もしかして、明日ルーファスと一緒に王都へ行くことになったとか?」

突然ずばりと言い当てられたので、息を飲み即答出来なかった。

それに関して隠すつもりは無かったので、すぐに気を取り直し「そうそう、やっぱり気が変わったみたいでね、明日一緒に連れてくってさ」と答えたが。

「本当はね、最初から連れて行きたいって思ってた筈よ。だってリョウスケはルーファスから気に入られてるもの」

仕事から解放されているからか、今のソフィアは清々しく実に話しやすかった。

「気に入られてるのかな?得体の知れない厄介者を、ここへ置いて行くのは不安だから連れて行かれる様な気がするけど……」

「あはは、確かに!それが一番の理由なのかもね」


ルーファスの家から大ケヤキまでは歩いて一分二分の距離だ。

その僅かな距離だが、小高い丘になっているので見晴らし良く風通しも良い。

周囲は平地……若干盆地の様な地形なのだろうか。

今になって思ったのは、この場所は周辺が戦場と化した時は拠点として最適なんだろうな、と言うこと。

流石にこの話題を仕事終わりの若い女性に持ちかけるほど野暮では無い。

「――ソフィアも近々王都へ行くって言っていたよね?」

「ええ、父の事も気懸りだし……王都には薬師が大勢いるから、技術的な情報交換が出来るから年に一度は行っておきたいし。雨季に入る前までには行くつもりだけど」

「雨季っていつ頃なんだい?今は春だっけ?春、雨季、夏……みたいな季節の流れなのかな?」

「この地方はあと一月ひとつきもすれば雨季に入るかしら。雨季は大体二月ふたつきくらいね。雨季間中は出来るだけ遠出は控えたいから、雨季前に王都へ向かって雨季明けにこちらへ戻って来ることになると思う。その間、ここの薬師はロッタに任せるわ」

この集落から王都まで十日で計算すると、約三ヵ月程度集落を空ける事になるのか。

責任感の強そうな彼女がその間をロッタに任せると言うのだから、大先生からも才能ありと認められているロッタ少年の実力は本物と言う事なのだろう。


「では、ソフィアとはいずれ王都で再会出来そうだね?」

「そう……ね。再会は直ぐに出来ると思う。けど、貴方みたいな人は珍しいから王都では直ぐに人気者になって、私なんかと会う暇は無いかも」

ここに来てソフィアは物憂げな表情を見せた。

ギルやサイラスと言った他の男性と接している時とは明らかに違う雰囲気だ。

もう少し彼女と同じ時間を過ごせるのなら、心を通わせる会話をしてみたいと思うが……今この状況で思わせぶりな態度を示すのは失礼なことだと感じてしまう。

「こんな得体の知れないササラ人が王都で人気者になれるのかな?」

「王都みたいに人が沢山いる所では少しくらい得体が知れないと目立たないもの。その点で言うと、貴方は申し分ないじゃない。ササラ人でも言葉は通じるし、物知りで気さくで毒気も無いもの。その上男性なのに料理も出来ちゃうとか……そんな人王都でも唯一無二だと思うわ」

「あはは、なるほどね。けど、暫くは宮廷の図書館に籠って古文書とか古い文献の翻訳とかをやらされるみたいだし、王都で優雅に遊び呆けれそうには無いみたい……けど、ソフィアが王都に来た時は美味しい料理を振舞える様に、準備はしておくよ」

そう告げると、彼女は物憂げな表情を消して朗らかな笑みを浮かべてくれた。


「その時は私の友人も連れて行っても構わないかしら?」

「勿論、構わないよ!薬師のお友達かな?」

「ええ、若い女の子ばかりだけどね。なんでか分からないけど、私って昔から年下の女の子からは好かれるのよ。いつ王都に戻って来るのかって、催促の手紙が引っ切り無し届くし」

ああ、これは正しく女子校でモテるカッコいい先輩タイプってヤツだ。

そうなると、お食事会を開く時はソフィアとの接し方を考えないと敵視されてしまう可能性が……無駄にヘイトは取りたくないものだが、この件はまたその時が近づいてから考える事にしよう。

「みんなの口に合う料理を色々と考えておくよ。じゃあ、そろそろ焼き場の方に行こうか?集落長とかギルにも挨拶しておきたいし」

「あ、そうよね。私が独り占めしたらみんなに申し訳ないわ。それに話してたらお腹も空いて来たし」

「あの……ちなみに、ソフィアって王都に居た頃もよくお酒を飲んでいたのかい?」

「ええ、まあ、それなりに。お酒を飲む時は、大体薬師の……さっき言ってた女の子たちとだったけど」

「朝起きたら、知らない所で知らない人と一緒に寝てた……とか経験無いの?」

「んんー、知らない人とは無いかなあ。酔った私の面倒を診てくれる子がいて、お酒を飲む時はその子が何時も一緒だったし。けど……何度か、朝起きたら拳が血塗れになってた時はあって――」


ちょっと怖くなってしまったので、この話はここで打ち切りおれたちは焼き場へと向かうことにした。

小丘を下り集落を囲う丸太柵辺りまで来ると、ガヤガヤと楽し気な声が聞こえてきた。

それと一緒に、肉の焼ける香ばしい匂いも。

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