第12話:散々振り回された人生

「――以前、森林戦争はサリィズ王家主導で……と聞いた記憶がありますけど。実際は様々な思惑が渦巻いていたという事になりますね?」

その為、戦後の保証や復興支援を王家に責任が押し付けられて、副都派や西都派が勢力を伸ばしたと、確かそう言う話だった筈だ。

「ヴァース教は異端を排除したく、副都派や西都派は王家派の勢力を失墜させたい……となると、裏で結託していた可能性は十分にあるからのう。森林戦争の始まりは百五十年程前に遡る。それ以前はサリィズ王家と森の民シンアは現在ほど険悪な関係性では無かったのじゃ。建国から百五十年前まで交戦歴が無い事を考えると、むしろ友好関係にあったのでは無いか?とわしは考えておる」

王家と森の民が友好関係にあると、ヴァース教やその他の派閥にとっては都合が悪いという事か。

恐らくルーファスは歴史書や資料を読み漁り独自に調査をしたのだろう。

今語ってくれている事は、その調査結果になり……それを後継たるサイラスへ申し送っている訳だ。


「ドッズの祖先が森の民から狩りの方法を教わったと聞きましたが、民間では確実に繋がりがあったと見るべきですよね。当然交易もあったかもしれない」

「ふうむ、そうじゃのう。何より、この家の様に木材をふんだんに使用した建築物は森の民の技術そのものじゃからのう。イセリアの建築は基本的に石造りなのじゃ。現代に至っては石造りと木造の複合化が進んでおるが、その切っ掛けは森の民の建築技術の流入によるものであると、わしは見ておる。しかし、森の民との関係を記した書物や文献を意図的に処分した形跡があってのう、今となっては真実を探るのは難しい……」

証拠隠滅はしっかりと為されてあるという事か。

しかし、それをしっかりと掴んでいるところは流石は大先生だ。

魔法使いとしての能力は勿論だが、探求心や抜け目無さも買われて王家から多大な信頼を勝ち得たのだろう。

「――そもそも森の民シンアとは、どの様な民族なのですか?言葉は通じるのですか?」

今日はなんでも即答してくれる雰囲気はあったが、ここに来て大先生は背もたれに身身体を預け一息ついた。

サイラスは背筋を伸ばしたまま深呼吸を繰り返している感じだった。

少し声を掛けようかと思ったが、色々と思考を張り巡らせている最中なのは見て取れたので、今はまだそっとしておくことにした。


「ふむ、森の民シンアとはなんぞや?と言う話じゃのう。これは、単純明快に答えると……原住の民エルフとイセリア人の間に生まれた子らの子孫、となる。これは現代に生きる森の民シンアの姿を見れば一目瞭然じゃ。大半はわしらイセリア人と変わらぬ容姿をしておるからのう」

今までの経緯からなんとなくその答えを想定してはいたが、ヴァース教としてはその事実するらも隠滅したいのが本音なのでは無いだろうか。

「大半は……と言う事は、中にはエルフの様な容姿をしてる者もいるという事ですか?ルーファスはその存在を見た事が?」

「森の民の中ではエルフに似た容姿と魔力を有する者を、優良血種として敬う傾向にあるのじゃ。特に森の民の王族は見た目も能力も原住の民エルフとほぼ同等とされておる。まあ、しかし現代に本物のエルフを直接見た者などおらぬゆえに、それも憶測でしかないがのう……」

「それは要するに、森の民の王族はエルフと同様に長寿であるという事ですか?」

即ち森の民の王族は時空間魔法を行使出来るのでは?という事なのだが……。

森林戦争で森の民と戦ったルーファスなら、実際に交戦経験があっても不思議は無い。

「シンアの王族は比類なき長寿を誇るとされておる。しかし、彼らが大森林の最奥から出て来る事は無いからのう。同じ森の民ですら王族と会うのは生涯一度あるか無いかと言うことじゃ……」


この話を聞く限り、ササラ人の容姿であるおれが森の民の王族と会うのは不可能と言っていいだろう。

しかし、彼らが時空間魔法を自在に操れるのであれば、いつの日にか対面を果さなければならない様な気がする。

そして何故か全く根拠は無いが、それが果たせる様な気もしてしまうのだ。

「――今までの話から、なんとなくですが……ヴァース教の都合に振り回されているだけの様な気がしますね、サリィズ王家も森の民も。しかしその事実はヴァース教の強大さを物語っています。最早、サリィズ王国だけでは抗う事も出来ない程の組織力を有しているという認識で良いですか?」

「ふむ、その認識で構わん。じゃがそれを表立って公言すると痛い目を見るからのう、口は慎まねばならぬぞ?」

「はい、気を付けます。ルーファスは……何かしら手を打とうと考えているのですか?」

流石にこれを聞くかどうかは躊躇ったが、その手段はさて置き大先生の意志だけは確認しておきたかった。

「わしとてヴァース教には散々振り回された人生じゃったからのう……このままのやられっ放しで野垂れ死ぬのは面白うない、とは思うておる」

今はこれが聞ければ十分だった。

そして、今日の話し合いの場はここが幕引きだろうと感じた。


窓の外を見ると西日が射し掛かっていた。

おれの視線をルーファスとサイラスも追っている。

「ふむ、そろそろ陽が落ちる頃か。では、ここらで打ち切るとするかのう。明日は日の出前より支度を整え、日の出と共に出立とする。サイラスよ、今からアランを呼んで来てくれぬか。あやつには色々と仕事を依頼せねばならぬゆえ……」

それを聞きサイラスは「はい、仰せつかりました。すぐに呼んで参ります」と言い、速やかに席を立って出て行ってしまった。

「えーっと、おれも同席した方が良いですか?」

「いや、お主はもう良い。明日からの旅路で幾らでも語る事は出来るからのう。まだ就寝せぬのなら、急な出立となったゆえ集落の者たちに別れを告げておくがよい。しかし、余り深酒はするな。別れの挨拶は程々に切り上げて早めに就寝するのじゃ。厳しい旅路では無いが、旅の成功の為に進んで自制せよ」

なんだか親から小言を言われてる様な気分になってきた。

大先生とおれとでは三十ほど年が離れているので、それこそ親子同然である事を今更ながら思い至る。

「集落のみんなには明日王都へ行く、王都では宮廷で翻訳の仕事をすると伝えておけばいいですか?」

「そうじゃの、その程度にしておくが良い。別に今生の別れになるとは限らぬからのう。お主自身の生活が安定すれば、折を見てこの集落に来る事は可能じゃ。そうなるまでに数年は時を要するかも知れぬが――」


ここでサイラスはアランを引き連れて戻って来た。

おれは既に席を立っていたので、彼らとは入れ替わりでルーファスの家を後にする事にした。


第11章

旅立ちの前に

END

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