第11話:森林戦争の発端

ウリヤ人が使う神聖魔法は原住の民ノームに源流があると、ソフィアが言っていた。

それと今までの話を考慮すると、イセリア人が使う精霊魔法も源流は原住の民なのでは?と思ってしまうが……まさかここまで重苦しい空気になろうとは。

サイラスは気まずそうに、視線を逸らしていた。

一方のルーファスは、暫く俯き目を閉じていたが……漸く顔を上げ開眼してくれた。

「――先に精霊魔法の成り立ちには諸説あると申しておく。まずはイセリア文化圏において主流となるのは、六大英雄が編み出した説じゃ。これはヴァース教の聖典にそう記されておる。要するにこの地に流れ着いたイセリア人の中で特に秀でた者たちが精霊魔法を編み出し体系化した、ということじゃな」

「あり得なくは無い説に感じます。そうなると、イセリア人には精霊魔法の叩き台となる魔法文化があったと言うことですね?それともいきなり魔法や魔力が発現した様な感じでしょうか?」

「いや、それがのう……その記述は一切ないのじゃ。聖典を読む限りでは、誰がどの様にして編み出したのか具体的な記述は無いからのう。しかし、これがイセリア文化圏における定説じゃな……いや、ヴァース教圏においてと言うべきか」


彼らの口が重かったのはこれが理由か。

要するに宗教問題が絡むから迂闊な発言が出来ないのだろう。

「ヴァース教圏内において、その認識を否定する様な発言をすると異端者扱いを受けます?最悪、異端審問裁判に掛けられて火炙りに刑に処されるとか……?」

その質問に対し大先生は重く長い溜息をもって答えてくれた。

この件に関しては、このタイミングで確認していて正解だったと思う。

「異端審問とは、本来は聖典に対し正当か異端かを協議する場であり組織だったのじゃが……近年ではヴァース教の意向に沿わぬ者を、粛清する場であり組織へと成り代わってしもうたのじゃ。火炙りまでは無くとも、長期の投獄くらいは平気でやりおるからのう」

「なるほど、では、先ほどの精霊魔法の成り立ちに諸説ある、という発言も不味いということですね?」

「不味いであろうのう。なんせ現在ヴァース教の大司祭を務めるのはわしの兄弟子じゃし、筆頭異端審問官は弟弟子じゃからなあ。わしの出自たるクロウサス一門は代々ヴァース教とは繋がりが深くてのう。宮廷に入り国政に関与しておるわしなんぞは、クロウサス一門ではそれこそ異端者と言えようなあ」

己の発した質問の罪深さに今更ながらに気が付いた。

道理でこの話題に入ってからの空気感が重い訳だ。

事情を知っているであろうサイラスは、目を閉じ俯き見ざる聞かざる言わざるを貫き通しているし……。


「――分かりました、ではこの話はこの辺りで……」

おれからすればそう切り出すしかないと思っていたのだ。

本心では精霊魔法の成り立ちについて大先生自身の解釈を聞きたいところだが、これに関しては追々でも良い訳だから。

しかし――。

「いや、この機に精霊魔法の成り立ちについてわしの知る限りを話し伝えておく。これをこの場以外でする方が気を遣うのでな。いつの日にかサイラスにも伝えておくつもりであったしのう」

この大先生のお言葉を聞き、サイラスは息を飲み顔を上げた。

彼は驚きの表情を隠さなかったが、すぐに気を持ち直し引き締まった表情へと転じていた。

そしてサイラスは「はい、ルーファス先生……聞き漏らさぬ様、心して拝聴いたします」と言い、僅かに頭を垂れていた。

「ふむ、ではリョウスケよ、基本的にはお主からの質問に答えるという形式をとるとする。思いの限り問うが良い」

大先生が自発的に語らないのは、せめてもの防衛線と言ったところだろうか。


「では、諸説のその他をお聞かせ下さい。恐らくはウリヤとイセリアで精霊魔法の成り立ちに関する伝承が違うのだろうと、予測は付きますが……」

「さすが察しが良いのう。まさしくウリヤ文明圏……こちらはミロク教の教典においてじゃが、そこに記されておるのは、ウリヤ人は原住の民ノームから神聖魔法を継承し、イセリア人は原住の民エルフから精霊魔法を継承したとあるのじゃ。これをヴァース教は真向から否定しておってのう。昔からヴァース教はミロク教を邪教と認定し唯一神ミロクを邪神として忌み嫌っておる。それこそヴァース教原理主義者や異端審問官の最大の敵はミロク教となる訳じゃ」

民族や宗教間の争いが根深く深刻なのはどこの世界も同様ということか。

イセリアとウリヤは全く違う文明なので民族性が異って当然だが、ここまで歴史認識が違うと、どちらかの歴史は都合良く脚色されてあるのだろうと思うしかない。

「では、諸説あると仰っていたので、これ以外にも成立説があるのですか?もしかしてササラ文明圏にも別の説があるとか?」

「いや、ササラの民がこの大陸に流れついたのは、およそ八百年前とされておるゆえ、精霊魔法の成り立ちについて記された文献は無かろう。我らと別の歴史認識を有しておるのは……森の民シンアじゃ。シンアの継承によると、六大英雄とはイセリア人では無く、原住の民であったとされておるのじゃ」

「え?シンアの伝承通りだとしたら、原住の民である六大英雄がイセリア人を率いてその他の原住の民と戦った、という事ですか?」

事実はさて置き、シンアの伝承はどちらかと言えばウリヤの伝承に近しい。

正しい歴史を多数決で判断する事は出来ないと思うが、全く無視する事は出来ないとは思う。

だからこそ大先生は今こうして、おれとサイラスに語ってくれているのだろうし。


「シンアの伝承によると、イセリア人がこの地に流れ着いた当初は亜人種や魔獣に対抗する手段を有しておらず、滅亡の一途を辿っていたそうじゃ。それを見るに見かねた原住の民の若者らがイセリア人に亜人種及び魔獣に対抗する手段を与えた。エルフは精霊魔法を、ノームは神聖魔法を、ドワーフは鉄器の精錬技術を、ホビットは集団戦闘を……。それらの技術を以ってして、イセリア人は亜人種を駆逐しこの地に文明を切り拓いた。イセリア人が原住の民と戦い北の大地に追いやったとされるのは、これよりも後の時代という事になる」

「要するに、原住の民らから得た技術を吸収してイセリア人の中で技術革新を起こし、原住の民を文明的に上回ったという事ですか?」

「それが森の民シンアに伝わる伝承と言う事じゃな。どの歴史認識が正しいかは、今はまだ誰にも分からぬ。しかし、そのシンアの伝承はヴァース教からすれば異端極まり無いであろう?」

今になって大先生が精霊魔法の成り立ち以外に伝えようとしてる事に気が付いた。

思わず息を飲む瞬間だった。

恐らく、これはサイラスも同じ心持ちだったと思う。

「もしかしてですけど、森林戦争の真因とは歴史認識の食い違いが発端ですか?要するに、これは領土問題と言うよりも宗教戦争としての特色が……」

「宗教戦争だからこそ、クロウサス一門のわしが戦争の素人にも関わらず重用されたのじゃよ。師匠からすれば、森林戦争で適当に活躍させて鳴り物入りでヴァース教の高位に据えいずれは大司教に……という腹積もりがあった筈じゃ。しかし結果として、わしは多大なる戦果を上げ過ぎたゆえに、サリィズ王家が手放すのを惜しんでくれたという事になるのう。まあ、そもそもわしはヴァース教に信仰対象として興味は無かったゆえ、師匠の期待に応える事は出来んかったとは思うが――」

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