第10話:歴史認識
「――ふうむ、なんとももっとらしい事を言いよるのう。これ、サイラス!いつまでも呆けておらずに、わしらの話を良く聞いておくのじゃ」
ルーファスから叱責を受けサイラスは漸く我を取り戻した様で、ビクリと反応した後は背筋を正していた。
おれは異世界云々にサイラスを巻き込みたく無いと考えていたが、どうやら大先生はおれとは違う考えを有しているらしい。
明日から王都へ行くのであれば、その旅路の中で大先生と語らう時間は幾らでも確保できるので話題を逸らす事も出来るが……。
「リョウスケよ……お主の懸念は分からんでもない。しかし、わしは対話の中で生れるお主の発想を直接サイラスに聞かせてやりたいと思うておる。それゆえ、今は制限なく思うままに語ってくれぬか?」
少々表情が露骨だったみたいだ。
一方ルーファスの表情にはいつに無く熱い想いが滲み出ていた。
恐らく大先生は……宮廷魔導師の後任にサイラスを据えようと考えているのではなかろうか。
森林魔法の件しかり、今回の熱意しかり。
確かに懸念はあるが、おれとしても今後も世話になる大先生の想いは出来る限り酌みたい。
「――分かりました。では、この場に限り思うままに語る事にします。時空間魔法に関わる以外の質問は……いずれまたの機会に、でいいですか――サイラス?」
突然こんな話を振られても困るだろう、とは思ったがサイラスは緊張の面持ちのまま「ええ、はい、分かりました」と答えた。
「ふむ、では続けるぞ?リョウスケが申した通り、時間と空間を超えし者のみに桁外れの時空間魔力が具わるとみるべきかのう?」
唐突な再開だった。
大先生は時空間魔力の話がしたくてしたくて堪らない感じだ。
「いえ、それだけでは無いと思います。例えばですけど、時空間魔力がこの世界の時間と空間の中で長く存在することでより多く蓄積する魔力だったとしたら、千年、一万年と生きる様な長寿の種族は、総じて桁外れの時空間魔力を有していると思います」
例えばエルフとかドラゴンとかが、創作物通りに長寿種であればその可能性は大いにある。
ルーファスが六十代で時空間魔力が25と言う事は、六百歳の人が250を超えていても不思議では無いはずだ。
「いわゆる長寿種と呼ばれる種族じゃな。ふうむ、そうか……いや、少し別件になるがのう、実は若かりし頃に長寿種の研究をしていた事があってのう」
「その長寿種とはエルフのことですか?」
「エルフだけでは無く、その他の原住の民らもイセリア人やウリヤ、ササラに比べ比較的長寿と伝承にはあるのじゃ。中でもエルフは飛びぬけており、短くとも五百年は生き、長い者では千年二千年と生き永らえるらしいのじゃ。それに比べ我らイセリア人の寿命は短い。寿命の平均は五十に満たぬと言われておるし、長く生きても百年を超える事はほぼ無いからのう」
「そうですか……では、まずそれが現代の精霊魔法に時空間魔法が継承されて無い理由となりそうですね。イセリア人では短命過ぎて時空間魔法を習得できない。それは恐らくウリヤ人もササラ人も同じだと思います。そうなると太古の壁画や古文書に記されてある時空間魔法は、原住の民が使用していた痕跡になりますね。あの、ひとつ質問があります。イセリア人はこことは別の大陸から、この地へ移住して来たと言う認識で合ってますか?」
千年か二千年か、それよりも前の事かは分からないが、元々この地には原住の民が住んでいて、そこに後から来たイセリア人らが乗っ取り、原住の民らを北の大地に追いやった……これは以前ソフィアと話した時に、あらましを聞いた覚えがある。
「――うむ、イセリア人の祖先はおよそ千五百年から二千年前に、遥か西方の海の彼方から漂流したと伝承にある」
「それで漂流したイセリア人たちは、原住の民らと戦争をして打ち勝ち、この大陸に版図を広げたという事ですよね?」
「そうじゃ。現在、大陸の西方域はイセリア文明圏の版図となっておる」
「では、イセリア人の祖先は、恐らく時空間魔法を操るであろう原住の民に打ち勝ったと言う解釈になりますが、一体どのようにして勝利を得たのでしょう?」
時空間魔力だけでは無く、恐らく他の属性魔力も長寿である原住の民たちの方が強力であろうと思う。
それに打ち勝てる何かをイセリア人が兼ね備えている筈だが、果たして……。
「ふうむ、それはのう……詳細は分からぬ、のじゃ。我らの先祖が如何にして原住の民らに打ち勝ったのか。ヴァース教の聖典には現在では神として崇められておる六名の英雄の導きにより、原住の民に打ち勝ったと記されておるがのう。大まかな流れしか記述に無く、そこから具体的な戦術や戦略を読み取るのは不可能じゃ。しかし、お主が言いたい事は理解出来る。魔法だけでは無く、恐らく文明的にも優れていたであろう原住の民を、余所から流れ着いた発展途上のイセリアやウリヤがどの様にして撃退したのか」
例えば南米大陸でインカ帝国を滅ぼしたスペイン人は、大砲を使ってあっと言う間に制圧してしまったと、学生の頃に世界史の授業で習った記憶がある。
しかしこれは原住民族よりも征服者の方が遥かに強力な武器や武力を有しているからこそ為し得る事で、強者としての立場が入れ替わった場合にそんな荒業が為し得るのだろうか?
この世界であれば、超絶強力なギフトを有した者が大勢現れたら不可能では無いと思うが……。
ここで再び石板へと視線を移した。
そのタイミングでルーファスの能力値は音も無く消えてしまう。
「――あの、そもそもその天啓の石板って原住の民の技術なのですか?」
ふと思い浮かんだ疑問。
今までの流れからすると、この問いに対しても曖昧な返答しか得られないだろうと予測はあった。
「そうじゃのう。確証は無いが、わしはそうであろうと考えておる」
「だとすると、石板の文字は魔方陣と同系統なので、イセリア人が使っている精霊魔法は原住の民たちから継承した事になりますよね?歴史上ではどの様な認識なのですか?」
舌鋒鋭く問い質した訳では無い。
今までと変わらぬ口調で問い掛けていた。
しかし、これに対してルーファスとサイラスは閉口し沈黙となってしまった。
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