第9話:大先生の能力値

天啓の石板上に浮かぶサイラスの能力値が消えた。

ルーファスは無表示となった盤面に目を落とし、細く長く息を吐いていた。

思えば大先生は宮廷魔導師であり、時空間魔法に関わるであろう遺跡の研究をしている研究者でもあるのだ。

今の心情は逸る気持ちもあり、躊躇う心もありと言ったところだろうか。

おれと同じく大先生を見守っているサイラスだったが、間が開くにつれ落ち着きを失っていた。

空になった茶を何度も啜っていたし、どんどん前のめりになっているし……。

ここでふと思いつきを得た。

「――もしかして、ルーファスの能力値を見るのはこれが初めてですか?」

あとで聞けばいい話だったが、思わず口から零れ落ちてしまった。

敢えて空気を読まないスキルが自動発動したみたいだ。

サイラスは目を見開いておれの事を見ていた。

彼からすれば、おれはもう少し空気を読むべきなんだろうと思う。

文句のひとつも投げつけられるかと思ったが、サイラスが言葉を発するより前に大先生が口を開いた。


「――わしが前回他者に対し能力値を開示したのは宮廷魔導師になった時のことじゃ。今から二十年ほど前になるかのう。その時に開示した相手はサリィズ王国の現国王ただ一人。軍属であった頃や、修行で旅をしていた頃は日銭を稼ぐ為に冒険者をしておったゆえに幾度か能力の開示はしたがのう。それゆえサイラスはわしの能力値はこれが初見となる。なに、それほど大したものではない。リョウスケの能力値と比べれば平凡の極みと言えよう」

そこで言葉を切り、大先生は意を決した様子だった。

右手を石板の上へと乗せる。

直ぐに青白い光が溢れ、能力値が浮かび上がった。

すると大先生は勿体付ける事無く手を離し、石板をテーブルの中央へ移してくれた。

まずは他よりフォントが大きいギフトが先に視界に映り込んだ。

光耀こうよう】と【精彩せいさい】と表示してある。

サイラスもそれを先に見たのか、彼は椅子を後ろに倒してしまう程の勢いで立ち上がっていた。

「【光耀】の所持者と、噂は耳にしてましたが……まさか【精彩】までお持ちとは――」

なんとなくレアギフトっぽい名称だったが、この説明は後から聞く事にして、能力値へと目を向ける。

まずは心身能力から。


筋 力      55

耐久力      73

知 能      94

精神力      96

敏捷性      50

器用さ      84

魅 力      77

生命力      60

知覚力      75

意志力      89

心身評価    753


これの何処が平凡の極みなんだ?と、思わず声を上げそうになってしまったが、ここは堪えて引き続き魔力側へと視線を移した。


光属性魔力   935

闇属性魔力    25

火属性魔力   225

水属性魔力    50

土属性魔力   185

風属性魔力    50

時空間魔力    25

空間属性魔力   25

魔力操作    259

魔力耐性    754

魔力評価   2533


能力値に関して素人のおれでも思わず息を飲むハイスペックだった。

心身も魔力も凄いが……今までの話の流れから、一番目を引いたのは時空間魔力だ。

双方とも25で、これはサイラスと比べると高い数値だと思う。

あとは心身評価が700オーバーで老齢だがかなり優秀ということ。

その他で言うとギフト【光耀】は光属性魔力に影響を及ぼし、【精彩】の方は恐らく魔力の耐性や操作に関連してる様な感じがした。

魔力評価はサイラスと比べると……二倍以上ある。

宮廷魔導師であればこのくらいは当然の評価なのだろうか?

他に二人いると言う宮廷魔導師たちの能力値も是非見てみたいものだ。


「ふむ、ふむ……25とな。わしも0では無かったのう。そして今回も時間と空間は同数か。これはもしかしたら生き永らえた長さに関連しておるのかもしれんのう」

思った通り今回も注目は時空間魔力だが……サイラスはそれに対して反応を示さずに、未だ食い入るように石板上を見詰めている。

偉大なる宮廷魔導師様の能力値なので夢中になるのは分かる気もするが、このまま大先生のお言葉をスルーするのはそれこそ不敬だよな、と思った。

逆に言うと、普段大先生に対しては礼節を重んじるサイラスがこの有様なのだから、それ程の驚き様と見るべきなのか。

それはさて置き、ここは大先生を独占するチャンス到来だ。

「――あの、ルーファス?時間と空間の魔力に関して、少し思った事があるのですが、話しても宜しいですか?」

そう語り掛けると、大先生はこちらへ視線を向けた。

「ふむ、申してみよ。いや、そもそもわしはお主の考察や知見が聞きたいのじゃ」

「はい、では、考察と言うか考察しながらと言うか。これは最早憶測に近いですけど、取りあえずお聞きください。まず時間ですけど、これは過去から未来に止めどなく流れています。この時間の流れの速さは過去も未来も一定で、それは全ての生物や物体に平等であると考えられます。そして空間に関しても、全ての生物と物体が同じ空間に存在してると考えられますよね?例えば今現在、ソフィアやギルは別の家に居ますが、空間というひとつの括りの中では、一緒の……同一の空間に存在してることになります。それを踏まえると、時間属性と空間属性の魔力は全ての生物や物体に平等に影響を及ぼすと、考えられませんか?その為、この世界に生まれついてから時間と空間を体感した分だけ、時空間魔力は全ての生物と物体に平等に蓄積される、と考えるべきなのでは?と……」

何故かすらすらと口が動く。

考察しながら語り始めた筈だったのに、もっともらしい言葉が次から次にあふれ出す感じだった。


その時間と空間に関する考察を聞いたルーファスは、驚きの表情を見せていたが直ぐに言葉を返して来た。

「全ての生物と物体に平等に……であれば、お主の時空間魔力に関してはどう説明するのじゃ?ギフト【不朽不滅】の効果で片付けるか?」

確かに、現状はそれで片付けるのが簡単だと思う。

単なる棚上げでしか無いが、それが真因である可能性も間違い無くあるから。

けど、この談義をそれで終わらせては面白くないな、と思った。

「そうですね……個人に他者と比べ逸脱した時空間魔力がそなわる要素として、ギフト以外に可能性があるとしたら、時間か空間もしくはその双方を超えた場合があるのではないでしょうか?」

若干暴論めいているが、これも可能性のひとつとして消す事が出来ない。

要するにその条件のひとつとして異世界転移や転生が入るのでは?という事だ。

その事情を知ってくれているルーファスになら、これで伝わるだろうと考えていた。

「それは……いや、そうか。確かにその可能性は消せぬな。しかし、では、何故前回の測定時に時空間魔力は石板に表示され無かったのじゃ?」

「おれの時空間魔力は、たしか1580でしたよね?」

「うむ、それで合っておる」

「では、ギフト【不朽不滅】の能力値反映が無ければ恐らくおれの時空間魔力は500程度なのかも知れません。そして天啓の石板の更新に必要な時空間魔力が、そうですね、例えば1000以上必要だとしたら……。それで前回の測定時に、時空間魔力が検知されなかった説明になると思いますが、どうでしょう?」

時系列的にはそれで間違いない。

数値に関しては適当だが、これに関してもそれほど的外れでは無い様な気がしていた。

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