第7話:明日からの旅路の話
サイラスを異世界転移云々に巻き込みたくないと言う思いを、ルーファスは察してくれた様で、大先生はこのタイミングで茶を淹れ直してくれた。
こう言う気遣いを感じると、ただの偏屈じいさんでは無いよな、と感謝の念すら湧いてくる。
それぞれが大体同じタイミングで喉を潤し、テーブルに器を置くとルーファスは語り掛けてきた。
「――では、そろそろ明日からの旅路の話に移っても良いかのう?」
ああ、そうか……おれの王都行きはもう決定事項なのだ、と遅ればせながら理解を得る。
「ええ、はい。地名は全く分からないに等しいので、地図があればそれで説明して頂きたいです。いつまでも知らない分からないでは情けないですので」
そう告げると、ルーファスが動くより先にサイラスが席を立った。
彼は本棚から四つ折りとなった紙を取り出し、それをテーブルの上へと広げた。
それは使い古された簡易的な地図だった。
殴り書きの様な文字でトリス街など幾つか地名が記されてあるので、この地方のもので間違いないだろう。
「この地図はのう、王領とアードモア公爵領の主要地点が記されてある。少々草臥れてはおるが長年使っておるので、これが一番使い良くてのう」
海岸線と陸地の境界と、王領と公爵領の領境はなんとなく見て取れた。
地名としては、トリス街、マグダフ街と幾つかの港……あとは王都グレングラッサなど。
地名が無い所に幾つも点が打ってあるので、これらも著名な地点と言う事か。
ルーファスは何処からか細長い木の枝を取り出し、トリス街の左……恐らく西側を枝先で指した。
「この辺りがゾルアン大森林でのう、今居る集落もこの中にある。わしとアランだけであれば、集落を出て岩塩街道へと入りカン砦トク砦を経て陸路で王都を目指す予定じゃった。トク砦の先にはベルタ城砦があり、そのまま岩塩街道を歩けばノックドゥ街へ到達する。そこまで行けば後はリズモア川を船で下るだけで王都グレングラッサへ到着するからの。かなりの強行軍となるが十日もあれば王都へ達する算段じゃった」
大先生が枝先で指し示した経路は集落王都間の直線距離からすると、かなり回り道をしてる様に見えた。
「今説明のあった経路は少し遠回りをしてる様に見えましたが、何か理由が?」
どこまで問いに答えてくれるか分からなかったが、取りあえず気になる点は質問してみる。
「カン砦とトク砦は改修の際にわしが図面を引いた砦でのう。内陸部の重要拠点ゆえに度々監査する事にしておる。ベルタ城砦は内陸部の最重要拠点となり、これを治める城砦伯は古い知人でのう。年に一度は顔を出す様にしておるのじゃ。お互いもう老いぼれておるゆえ、生きてる内になんとやらじゃな」
要するに地方巡察を兼ねての旅路という事だったのか。
内陸部の重要拠点を巡りながらの街道旅は楽しそうだ……と思うけれど、予定だったと前置きが有ったので明日からはこれとは別経路をとるみたいだ。
「では、実際に明日からはどの様な経路を使うのですか?」
「うむ、明日からは集落を出て東へ行き、まずはトリス街へと入る。それを経てマグダフ街へ入り、そこからは船旅となる。マグダフ街の港から王領のレンキ港へ向かい、レンキ港で船を乗り換え王都へ直行という経路じゃ。アランには陸路で先行して貰い、行く先々でお主の受け入れ準備を整えて貰う事になるのう。あやつであれば早馬を乗り継ぎ駆って、船よりも早く王都へ辿り着けるゆえ」
「えーっと、すみません……アランの警護対象ってルーファスやサイラスですよね?彼が警護対象から離れて行動するのは許されるものなのですか?」
ルーファスが立てた計画を変更出来るとは思って無かったが、おれを王都へ連れて行く為にアランの仕事に影響が出るのであれば、旅立ちの前に彼に声を掛けておきたかった。
粛々と職務を遂行するであろう彼に対し謝辞を述べるのは少し違うと思うが、感謝の意は伝えておくべきだ。
「岩塩街道を行くのであれば警護は必要になるがのう、トリス街やマグダフ街を行くのであれば問題あるまいて。王都と副都を結ぶ草笛街道は、王国内で一番の通行量を誇るゆえに警備が万全なのじゃ。それと比べ岩塩街道は山賊やら盗賊の被害が通年多いゆえ、この度は回避する事とする」
「なるほど、山賊や盗賊の被害ですか。海路となると海賊に襲われる可能性は否めませんよね?」
「ふむ、近年は海賊の被害も年々増加しておるが、我が国は他国に比べるとまだ少ないと言えようか。サリィズ王国の海軍はイセリア文化圏では最強と呼び声が高いからのう。さしもの海賊らも、わざわざ沈められにサリィズ王国近海にまで出張って来ぬのじゃ」
強い海軍の保有は強国の証と言ったところだろうか。
それにしても……おれとしてはアランの騎士としての務めに差障り無いのか?と問い掛けたつもりだったが、ルーファス的には特に気に掛けて無い様子だった。
そして。
「――それでは、そろそろ話し合いの場を閉じようと思うが、どうかのう?」
と、思いの外早く終局を迎えてしまった。
まだ外は明るそうだが……明日は日の出前から行動となれば、いつまでもお喋りに興じる訳にはいかないか。
少し名残惜しい感じもあったが、明日からはルーファスと二人旅になるので、話す機会は幾らでもある。
今日はこの辺りで諦めるか……と思いつつ茶を一口啜った。
その時に天啓の石板が視界に映り込む。
文字が見えなくなっていたので、いつの間にかおれのデータ表示は消えてしまったみたいだ。
そこで、ふと頭に思い浮かんだ事を口走ってみた。
「――ところで、ルーファスやサイラスは天啓の石板の結果を見なくていいんですか?自分の時空間魔力がどの程度あるのか興味ありませんか?」
アップデートされた石板で自身の測定結果は見てない筈なので、おれなら興味津々になるけどな、と思い。
問い掛けつつ、ルーファスとサイラスへ代わる代わる視線を送る。
二人とも似た様な……バツの悪そうな表情を浮かべていた。
「あ、もしかして、おれが居ない所で確認するつもりでした?宮廷魔法使いは軽々しく石板の結果を他人に見せてはならない、みたいな決まり事とかあったりします?」
二人の様子から察するに、これは聞くまでも無い事だったかも知れない。
これに答えたのはサイラスだった。
「決まり事と申しますか、そうですね……私の場合は宮廷魔法使いになる際に、魔導師の先生方には石板の測定結果を見て頂きました。それ以外でとなると……両親や魔法の師匠などに見せる程度なのです。騎士の場合は剣を捧げる相手に見せる風習があります。王国軍では徴兵時に石板測定をして配属先を選定する事もあります。しかしながら、誰にでも安々と見せるものでは無いと認識下さい。石板の測定結果とは己の弱点を晒すのと同意ですので――」
サイラスは若干堅苦しい口調で、ルーファスの事をチラチラと見ていた。
要するに大先生に測定結果を見せて欲しいなど恐れ多い!と言いたいのだと思う。
そうとは知らずに安々と晒してしまったおれからすれば、先にそれを言えよとなるのだが……さて、ルーファス大先生はどう答えるのか。
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