第6話:器用貧乏感

「――【不朽不滅】でありながら、王家に組み込まれるという事は、この世にサリィズ王国がある限り王家の一員として生きてゆく、という事になりますよね?」

ルーファスの提案は、今の状況を鑑みるに引き受けるしかないと考えていた。

しかし丸飲みするだけでは不安や懸念を払拭出来ないので、ここは言葉を尽くしてみるしか無いと思い至った訳だ。

「そうなるであろうな。老い先短いわしは疎か、そこにおる若いサイラスがこの世を去ったその後も、サリィズ王家は継承を連綿と続けるであろうから」

「ルーファスの意向としては、おれは将来的に王家と関わり続けサリィズ王国の繁栄に寄与してくれ、という事ですか?」

それはそれで面白そうだと思わなくも無いが、永遠にそれをしたいか?と問われると、迷いは生じるし約束も出来ない。

「いや、未来永劫とは考えておらぬ。サリィズ王国よ永遠なれと思いはするが、ひとつの国家が永遠で無い事は歴史を見れば明らかじゃ。しかしお主の存在がサリィズ王国に有れば……その存続が長引く可能性がある。ひとつの大きな国が有り続ければ、その分民草は平和を享受出来る。大国が乱れれば、それだけ多くの無辜むこの民が生まれるだけじゃからな」


大先生の話を聞く限り、大義名分はサリィズ王家の存続では無く民の平和の為と言う事らしい。

そもそも貴族の出では無い彼がそう願うのは不思議では無いし、それこそが彼がこの国の柱石として働いた原動力だったのかも知れない。

「ギフトのお陰で誰よりも生き永らえるみたいですけど、国政には関与せずに堕落した日々を過ごすだけかも知れませんよ?」

「お主がそれで良いのであれば、わしからは何も言う事は無い。しかしのう、出会ってからまだ幾ばくも時は過ぎておらぬが、その間言葉を交わしてみて、お主は堕落を貪る人間では無いとわしは評価したのじゃ」

「過分な評価だと思いますが、有難く頂戴します。では、これまでとは逆の視点で、もうひとつ話しておきたい事があります」

「ふむ、申してみよ」

「おれが野心を抱く可能性についてです。誰よりも長く生きるので、誰よりも能力を高め誰よりも富を築き上げる可能性があります。今はまだ野心など微塵も無いと断言出来ますが、百年後、二百年後にどの様な思いを抱いているかは分かりません。不敬を承知で言いますが、王位を簒奪さんだつし実権を握るか……新たな国家を興す可能性は否定出来ません」


そう、これはあくまで可能性の話だ。

【言語理解】と【不朽不滅】の後に更に他者を支配したり、能力上昇系のギフトを会得してしまったら、平々凡々が信条のおれでも野望を抱いてしまうかも知れない。

例えば次の世代の王が余りにも愚鈍で悪政を敷いていたり、王位継承が上手く行かずに国が乱れてしまったりしたら……その時のおれがどう思い、どの様に動くのかは今はまだ分からないから。

気の早い話と受け取られるとは思うが、度々老い先短いと口にするルーファスの見地は聞ける時に聞いておかねば、後々後悔するのは目に見えている。

「わしはのう――」ルーファスはそう呟いてから、いまだ席から立ち上がったままのサイラスへ視線を向けた。

「サイラスよ、これより先は聞かなかったものとしてくれるかのう。それが出来ぬのなら退室してくれても良いが……」

穏やかな口振りだった。

残るも出るも強制力は無く、サイラス自身に判断を委ねている様に感じる。

「それは……いや、あの、私は、許されるのであれば、この場に残ります。勿論、一切他言し無いと誓いますので」

サイラスは語り出しこそ震えて響いた声だったが、次第に震えは消えしっかりとした口調となっていた。


「ふむ、では一旦腰を掛けよ。今からするのは全て可能性の話じゃ。わしの思惑や謀心は孕んでおらぬと、先に明言しておく」

ルーファスはそう宣言し、茶で喉を潤していた。

サイラスは言われるがままに腰を下ろし、一口二口と茶を飲んでいた。

そして改めてルーファスはおれへと視線を向けた。

「将来、お主が周りを見渡した時に、施政者として己より相応しい者が

おらぬと感じた時は、誰に断りを入れる事無くその力を存分に発揮すれば良い、とわしは思うておる。王侯貴族は血縁での支配を望むが、支配される側からすれば施政者は優秀であるに越したことは無いのじゃ。それにサリィズ王家も元を辿れば地方の豪族のひとつに過ぎぬからのう。長き歴史の中で見ればその繁栄は一瞬と言えよう。百年後に没落しておってもなんら不思議は無い。これは先に言うておくがのう、わしは若かりし頃に現国王の気高さと行動力に心酔し、騎士では無いが心の剣を捧げたゆえ、この身が朽ち果てるまで忠誠を誓うと決めておるが、それをリョウスケに押し付けようとは微塵も考えておらぬ」

「それを聞いて安心しました。将来的に大した束縛も無く、明確な活用方法も提示出来ないとなると、まずは他国への流出を防ぐ意味合いが強い、ということですよね?」

悪く言えば扱いに困るから取りあえず飼殺す……と言ったところか。

これをこのまま口にするのは、少し気が引けるので止めておこう。

さすがに言葉に棘が有り過ぎる。


「そうじゃのう。お主の様な規格外の存在は、他国は疎か国内でも他の派閥には渡したく無い。王家との養子縁組が済んだ後は、暫くは宮廷内に居場所を設けるゆえ、宮廷書庫に山積してある古書や古文書の翻訳を手伝ってくれれば良い。宮廷で過ごす内に、お主は自分なりに出来る事を見つけるであろうし、わしらもお主に出来そうな仕事を依頼する。それこそ料理が得意と言うのであれば、宮廷料理人に紹介するのもやぶさかではないしのう」

それを聞き良くも悪くも気が抜けてしまった。

椅子の背もたれに身体を預け、改めて自分自身の境遇を思い知り溜め息を吐く。

規格外のギフトと飛びぬけた能力値を有してるけれど、それにも関わらず器用貧乏感があると言うか、イマイチ決め手に欠けると言うか……。

「要するに、宮廷にて肩肘を張らずに自分探しをしてくれ、という事ですか?」

「ふぉっふぉっふぉっ、自分探しとは言い得て妙じゃな。しかし、正しく文字通りと言えようか。処遇に関して多少の不満はあるかも知れぬが、お主の場合は何処の誰に拾われてもその扱いは余り変わらぬであろう、とわしは思うておる」

不満を抱いていると思われても仕方ない態度である事に気が付き、ここで姿勢を正した。

「すみません、失礼な態度を取ってしまい。ルーファスから提示して頂いた内容に関して、不満は何一つありません。何か不満があるとすれば、己の境遇についてです。何故おれは、この様な能力を有してこの地に居るのか……」

思わず異世界転移の件を話してしまいそうになってしまったが、サイラスの存在に気が付き思い止まった。

彼は信用に足る人物だと思うが……いや、だからこそ今はまだ巻き込みたく無いと言う思いがあったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る