第5話:逃れられぬ運命
ルーファスからしてみれば、余計な事を言うな!……と言ったところだろうか。
サイラスは閉口していたが、雑に淹れられた茶を一口飲み細く長い息を吐いていた。
明らかに反省の色は見えるが、しかしそこまで思いつめた空気感では無かった。
思えば偏屈な大先生と長く付き合っているサイラスが、この程度の事で怯まないのは当然と言えば当然の話だ。
ここでルーファスは再び会話の主導権を握るべく、喉を鳴らし咳払いをひとつした。
「――さて、能力値に関して、今日のところはこの程度にしておこうかのう。先にしておかなければならぬ話が他にもあるゆえ」
話しつつ大先生はおれの事をじいっと見据えた。
鋭い眼光だった。
老いてはいても、気力は充実しており気概も強い。
何か言葉を返そうと思ったが、この場は頷くに留まってしまった。
「わしはのう、一度決めた事を曲げるのは好かぬ性分じゃがな、今回ばかりは致し方ないわい。当初の予定を変え、明日は……リョウスケを伴い王都へ出立する事とする」
ルーファスはそう言い切り、引き続きおれの事を見据えていた。
サイラスは特に反応を見せなかった。
「今までは……判断をおれに委ねる様な発言が多かったと思いますが、今回は王都へ連れてゆくと明言するのですね?これは宮廷魔導師として、おれ個人に対する命令として受け取れば良いですか?」
反論したり駄々を捏ねるつもりは無かったが、これをすんなりと受け入れてはならないのでは?という感覚が頭にあった。
今後のおれとルーファスの関係性に置いて、この瞬間が
「お主は我が国のどの組織にも属しておらぬから、わしの有する権限で命令を下す事は出来ぬ。よってこれは命令では無い。しかし何処の国にも籍を置かず、その上危険な能力を有する者を処罰するか拘束し連行するか捨て置くかを、独断で決める権限をわしは有しておるのじゃ。ここはサリィズ王国じゃからな。要するにこれは国家権力の執行になる訳じゃ」
返す刀で、おれは何も悪い事はしてない……と言いそうになってしまったが、不法でサリィズ王国内に入り込んでしまってる時点で、犯罪者として扱われても仕方ない状況である事に気が付いた。
これは異世界転生と転移との大きな差だな、と今更ながらに思い知るのだ。
「では、犯罪者……もしくは危険人物として、王都へ連行されると理解すれば良いですか?」
「気分を害するとは思うが、現状はそれ以上も以下も無いのう。【言語理解】を有していただけの過去と、新たな能力を得てしまった現在とで扱いが変わるのは、お主なら理解出来よう。今すぐ何が出来るかは分からぬが、特異過ぎ、得体が知れな過ぎるのじゃお主は……」
その理解は出来ている。
それを考えるとサイラスがおれのギフトを申し出なければ、今回のタイミングで天啓の石板に触れる事は無かったかも知れないので、王都行きの話しも無かった可能性があったという事か。
タラレバの話ばかりをしても仕方ないけれど、おれの境遇上今後も大きな分岐点はいくつも通過する事になるだろうから、安易な行動は出来るだけ避けなければと教訓を得た。
慎重に行動して今回の王都行きが避けられたかどうかは別にして。
「――では、王都へついてからのおれの処遇はどうなりますか?牢獄に幽閉されるか、警備の厳しい建屋に軟禁状態になりますか?」
もう少し明るい提案もしたかったが、話の流れからどうしてもネガティブな発言が先行してしまう。
どうせなら可愛くておっちょこちょいなメイドさんを付けてくれれば、楽しい異世界軟禁ライフが送れると思うけれど。
「ふぉっふぉっふぉっ……、無限に命があるかも知れぬ者を幽閉してなんになるのじゃ?幽閉とは命が有限の罪人に対しては
「そうですか、それを聞いて少し安心しました。では以前話して頂いた様に、宮廷内で若者たちと語らう様な役割は変わらず、ということですか?」
「それは……お主が宮廷に参れば自ずとそうなるであろうよ。何れにせよ、わしは早々に国王と謁見し王家とお主との養子縁組を上奏するつもりじゃ」
それを聞き、おれは口にしていた茶を思わず吹き出してしまった。
これにはサイラスも驚いたのか、彼はテーブルに手を着き立ち上がっていた。
「す、すみません。あまりにも想定外でしたので、思わず吹いてしまいました。おれを王家の養子に……という事は、サリィズ王国の王族になるのですか?ササラ人のおれが?」
要するに完全完璧に王家派として取り込む気だと思うが、話が突飛過ぎて素直に受け取る事は出来なかった。
「庶民が貴族の養子に入る事は通常ではあり得ぬがな。ただ例外は幾つかあるのじゃ。今回は些末な事例の説明は省くが、幾つかの例外の内の大半が庶民が伝説級か類稀なギフトを複数有した場合になる。お主はササラ人ゆえに、如何に伝説級とは言え【言語理解】だけでは推しに欠けると思うておったがのう、【不朽不滅】なる未知のギフトまで会得したとなると、これは最早考える余地はあるまい」
「ちょ、ちょっと待って下さい。その、王族になるという事は……例えば王位継承権などが発生して、今よりも余計に企みや謀略に巻き込まれる事になるのでは無いですか?」
「その心配は無用じゃ。王侯貴族がその継承で一番重要視するのは血縁じゃからのう。その為、貴族の養子には継承権が発生しないと、貴族法典にきっちりと明記してある。これは絶対に揺るがぬよ。それ故に、お主が王位継承騒動に巻き込まれる事は無い。王家と養子縁組を為せば王領内のいずれかに爵位領地を与えられるであろうし、これによりササラ人であってもサリィズ王国内であれば何処でも出入り自由になる筈じゃ」
文字通り垂涎ものの提案だった。
異世界転移をしたおれからすれば、これ以上の厚遇は無いのでは?と思えるほどだ。
旨い話には裏があるものだし、老獪なルーファスの事だから今は明らかにしない算段もある事だろう。
そう、何か思惑や謀略はあるかも知れない……けれど、長い目で見るとこの提案には乗っておいた方が良いのでは?という思いが沸々と湧いてきてしまう。
おれは陽キャでは無いけれどお調子者なのは間違い無いから、これは逃れられぬ運命なのか……。
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